第4話 地図あるところに、道あり
それから、三日が経った。
トオルとリリエンは毎日のように別の下級ダンジョンを渡り歩いていた。F級『粘液の洞窟』、E級『土竜の巣穴』、そしてもう一つ別のF級『小石の迷宮』。
「よし、今日はここで試すか」
リリエンが立ち止まったのは、『小石の迷宮』の第二層。通路は細く、天井は低い。壁はごつごつとした岩で、足元には小石が散らばっている。
「ここなら人も来ないしな」
「そうですね」
トオルはスケッチブックを開き、これまでに描いた地図を確認する。このダンジョンは単純な構造で、迷路とは言っても行き止まりがいくつかある程度だ。
「まずは……壁作成はもう大丈夫な。次は何を試す?」
リリエンの猫耳がぴくぴくと動く。彼女はこの実験を心から楽しんでいるようだった。
「そうですね……例えば、通路を塞いだり」
「塞ぐ?」
「壁を作るのではなく、既存の通路を『なかったこと』にする」
トオルは地図の一点を指さした。そこは、今いる通路の先にある分岐点。三方向に分かれたうちの、右の通路だ。
「この通路を『行き止まり』に書き換えてみます」
鉛筆が走る。書き足すのではなく、既存の線を消すように――実際には新しい線で上書きする。
「この先は、行き止まりだったことにする」
呟いた瞬間、だった。
ゴゴゴ……という低い音と共に、右の通路の奥から岩壁がせり出してきた。いや、せり出してきたのではない。“最初からそこにあった”かのように、自然に。
「おお!」
リリエンが駆け出し、新しく現れた壁を叩く。固い。本物の岩壁だ。
「すげえ……壁を作るどころか、通路を塞ぐことさえできるのか」
「みたいです。でも……」
トオルはスケッチブックを見つめた。書き換えた線は、確かに残っている。しかし、他の線と比べて少しだけ薄い気がした。
「どうした?」
「いえ……もう一つ、試したいことがあります」
「何だ?」
「道を……移動させてみようと思います」
二人は別の場所へ移動した。そこは、分岐点になっていて、それぞれの先が両方とも行き止まりになっている。
トオルは、片方の行き止まりへと足を進める。
「ここの行き止まりAと、あっち側の行き止まりB。この二つを繋ぐ通路を――ここに作ります」
トオルはスケッチブックに、二点を結ぶ一本の線を書き足した。直線ではなく、わずかにカーブした曲線だ。
「ここに、通路があったことにする」
瞬間、ガラガラガラ……という音と共に、岩壁が左右に割れた。いや、割れたのではない。そこに最初から通路があったかのように、暗がりが広がっている。
「できた……!」
リリエンが新しい通路に飛び込む。十数メートル進むと、確かに元々あった行き止まりBの空間に到達した。
「本当に繋がった! これで近道が作れるな!」
「はい。でも、気をつけないと」
トオルはスケッチブックを見つめた。先ほどの通路を塞ぐ実験の時と同じように、書き足した線はあるが、他の線よりわずかに薄い。
「どうやら、書き換えには『精度』が関係しているみたいです」
「精度?」
「正確に測量した場所ほど、大きく、細かい改変ができる。逆に、適当に描くと……」
トオルは試しに、適当な近くの場所に「ここに階段があったことにする」と書き込んでみた。特に寸法も指定せず、ただ「階段」とだけ。
……何も起こらなかった。
「あれ?」
「どうした?」
「何も……起きませんね。やっぱり、適当だとダメみたいです」
トオルは今度は、正確に階段の構造を描き込んだ。一段一段の高さ、幅、奥行き。手すりの位置まで。
すると――
ガコン、という音と共に、壁の一部が抉れ、そこに石の階段が現れた。
「うわっ!」
リリエンが目を丸くする。
「今のは……さっきのよりはっきり現れたな」
「はい。どうやら、細かく正確に描くほど『最初からあった』感が強くなるみたいです」
さらに実験は続いた。
「次は……床を変えてみよう」
トオルは床の一部をぬかるみに書き換える。これはこの前もしたので、上手く出来た。
トオルは別の場所を指さした。
「今度はここを『凍った氷面』にしてみます」
鉛筆が走る。氷の質感、透明度、滑りやすさを細かく指定する。
床の一部がキラリと輝き、透明な氷に変わった。冷たい空気が足元から立ち上る。
「冷たっ!」
リリエンが足を滑らせ、尻餅をつく。
「いって……これは敵もビックリするぞ」
「ですね。ただ……」
トオルはスケッチブックを見つめ、首をかしげた。
「どうやら、一度に広範囲を変えようとすると、精度が落ちるみたいです」
「なるほど。だから少しずつ、狭い範囲から試してるのか」
「はい。まずは小さな場所から慣れていくのが良さそうです」
最後に、トオルはある実験をしてみた。
「リリエンさん、ちょっと離れていてください」
「ん? わかった」
リリエンが十メートルほど後ろに下がる。トオルはスケッチブックに、あるものを描き込んだ。
「ここに――宝箱があることにする」
トオルはイメージに集中する。ただの宝箱ではない。鍵はかかっていない。罠もない。中には少量の銅貨が入っているだけの、ごく普通の宝箱。
書き終わった瞬間、通路の隅に小さな木箱が現れた。
「おおっ!」
リリエンが駆け寄り、宝箱を開ける。中には確かに銅貨が数枚入っていた。
「すげえ……物も出せるのか」
「みたいです。でも、何でもではなくないでしょう。おそらく『ダンジョン内に自然にあるもの』に限定されていると思います」
「なるほど。金塊とかは無理ってことか」
「はい。少なくとも、このF級ダンジョンに金塊とか宝物があると『不自然』になりますからね。でも……」
トオルはそこまで言って、言葉を飲み込んだ。
でも――はるか上位のA級ダンジョンならどうだろう。あそこに金銀財宝の詰まった箱があるのは、ごく自然なことだ。ひょっとしたら――と思うが、黙っておく。期待外れに終わるだけかもしれないからだ。
一通り実験を終え、二人はダンジョンの入口付近で休憩する。
トオルはスケッチブックに、今日の結果をまとめている。
【能力の性質】
1. 壁を作れる(追加)
2. 通路を塞げる(削除/上書き)
3. 近道を作れる(新規通路の追加)
4. 床の状態を変えられる(ぬかるみ、氷など)
5. 小さな物を出せる(宝箱など、ダンジョン内に自然にあるもの限定)
6. 正確に描くほど「自然に」改変される
7. 適当だと発動しない、または効果が薄い
8. 広範囲は苦手(まだ要検証)
「どうだ? まとまったか?」
リリエンが隣に座り、トオルの手元を覗き込んでくる。
「はい。だいたい……」
「お前さ」
リリエンが真面目な顔で言う。
「この力、もしかしたらダンジョンだけじゃなくて、もっと色んな場所で使えるかもしれないぞ」
「え?」
「例えば、街の地図を書き換えたら、道が変わったりしないのか?」
トオルは考え込んだ。
「それは……試したことがありません。というより、試すのが怖いです」
「怖い?」
「もし間違えたら……誰かの家が消えたり、道がなくなったりするかもしれない」
リリエンはしばらく黙っていた。猫耳が時折ぴくぴくと動く。
「……そうだな。それはたしかに、うかつなことはできないな」
彼女は立ち上がり、トオルに手を差し伸べた。
「だから、当分はダンジョンの中だけで試そう。うちも協力する」
「……ありがとうございます」
トオルはその手を取って立ち上がった。
「さて、帰るか。今日はもう十分だ」
リリエンが先に立つ。トオルも後に続く。少し歩いたところで、トオルは振り返ってダンジョンを見つめた。
自分が書き換えた壁、通路、床、宝箱。それらは全て、確かにそこに存在している。
――この力で、何ができるのか。
まだわからないことだらけだ。しかし、一つだけ確かなことがある。
「僕は……戦えなくても、誰かの役に立てる」
そう呟いて、トオルとリリエンはダンジョンを後にした。
昼下がりの陽光が、二人の影を穏やかに映し出していた。




