(最終話)お墓参り、そして……
翌日、私は母のお墓へと向かった。
今日が命日だったこともあるし、母に報告しなければならないこともあったからだ。
お供えの花を墓前に手向け、まずは母の隣に新しく立てられたお墓に手を合わせた。
じっと目をつぶっていると、後ろから声を掛けてくる人がいた。
「ちょっと、縁起でもないことをしないでよ!」
そう述べたのはネリ公国の聖女、ミレーヌだった。
「私はこうしてまだ生きているのだから、変なことはやめてよね」
ミレーヌは、私の悪い冗談を分かってくれた様子で、怒りながらも笑顔を見せている。
ビッグラプチャーを修復し、力尽きて倒れてしまったミレーヌだったが、その後彼女は奇跡的に命を取り留めていた。そして、今ではすっかり元気になっている。
「きっとソフィアが助けてくれたのよ」
ことあるごとに、ミレーヌはそう言っていた。
そんな彼女は、母にお礼を言うため、命日に合わせて私と一緒に墓参りをすることとなったのだ。
ちなみに、母の横にある新しいお墓は、九死に一生を得たミレーヌがいつ亡くなってもいいようにと、自分で事前に建てたものだった。
「さあ、ソフィアにちゃんと手を合わすのよ」
ミレーヌに促され、私は母の墓前にひざまずいた。
母に報告をしなければ……。
目をつぶり、じっと心のなかでこう伝えた。
『お母さん……、私、お母さんが願ってくれた幸せな道を歩めないかもしれません。お母さんはきっと、私が大聖女としてではなく、平凡な女性として、幸せに結婚をすることを願ってくれていたのだと思います。けれど、今の私は皆から大聖女だと崇め奉られ、時に命をかけて結界を修復しなければならない立場になっています。ですから、おそらく私は、お母さんのように早死にする運命にあると思います。それに私は、お母さんが望んでいた幸せな結婚にも縁がありません。昨日も素敵な男性から結婚を申し込まれましたが、断ってしまいました。私にはどうしても気になる人がいるからです。そんな自分の気持ちに嘘をついてまで、他の人と結婚する気にはなれないのです。でも、その気になる人は、私のことなどなんとも思っていません。そんなつらい状況から逃れるため、私はある場所で暮らすことに決めました。そのことをご報告したくて、今日はこの場所に参りました。お母さんは、私が修道院へ行くことに賛成してくれますか?』
そう念じていると、後ろに人の気配を感じた。
そっと目を開けて後ろを振り向いた。
するとそこには、母の墓前で私が頭に思い浮かべていた男性が立っていた。
一つ大きく息を吸い、やっと言葉を発することができた。
「アレクシオ王子、どうしてここにおられるのですか?」
「アメリアの母上にお願いしたいことがあって来たんだ」
「お母さんに、お願いしたいこと?」
「私がアメリアにどうしても会いたくなってしまい、まずは母上にその許しを頂こうと思って……」
王子はそう述べてから付け足した。
「それに、アメリアに対する非礼の数々を……、君の幸せを天から願っている母上にしっかりと謝りたくてここへ来たんだ。すると、偶然ここで君に会ってしまった……」
「偶然……」
「ね、私は前に言ったでしょ」
口を開いたのは、ミレーヌ聖女だった。
「ソフィアはこんな偶然をよく起こしてくれるのよ。ほんと、娘思いなんだから」
そう言われても、私は何も答えることなどできずにいた。
じっと固まったまま、目の前に立つ男性を見つめ続けた。
「君は変装をし、危険を冒してまで、王妃の命を救ってくれた。そして、こんな私を何度も救ってくれた……」
「……」
「最後に私は、君から呪いを解くおまじないを受けた。変わった指輪をはめた時、頭の中を電流が駆け巡った。その後、どうしてだか分からないが、私の呪いは解けてしまっていた」
やはり……。
少しセレナのことを憐れんだが、これで良かったのだと思い直した。
「いったいアメリアは、何をして私の呪いを解いてくれたのだ?」
「それは……」
自分の身代わりで誰かが死んだなんて知ったら、良い気がしないに決まっている。
「私がしたのは、単なるおまじないです。だから、もし呪いが解けたのであれば、それは私の力ではなく、神様が導いてくれた結果だと思います」
「そうか、言えない理由なのだな……。君は優しい女性だ……」
「そんなこと……」
「……どうか私に、償わせてほしい」
「え?」
「これまでの無礼を、私の一生をかけて、償わせてくれないか?」
「償いなんていりません」
「いや、一生をかけて償いたい……」
「一生だなんて……」
「一生だ……。だから……」
王子はここで言葉を止め、私を見つめてきた。
「だからアメリア、どうか私のそばに一生いてくれないか?」
「え?」
「一生をかけて君を守り抜く。大聖女は、人々の犠牲になり、不幸な人生を歩んでしまう人がほとんどだ。でも、そんな大聖女であるアメリアが、決して不幸にならないように、私は自分の立場を利用してでも⋯⋯、人から何と言われようが、王族の権力を使ってでも君を守り抜く。だからアメリア、私と結婚してほしい」
「償いだなんて……、私に恩返しなど必要ありません。王子は本当に好きな人と結婚してください」
「恩返しで結婚を申し込んでいるのではない。愛する人に対して、そんな失礼なことを私はしない」
「……」
「天国にいるアメリアのお母さんの前で誓う。何があっても必ず、私は君を守り続ける。だから私と結婚してほしい」
なんと答えればいいのだろう……。
アレクシオ王子が好きだったのはアリアであって、アメリアではないはず。
お母さん、どうしたらいい……。
すると、雲の間から太陽が姿を現し、明るい光が2人を照らし始めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと」
突然そう声を出したのはミレーヌ聖女だった。
あまりのことで、ミレーヌの存在を忘れてしまっていた。
「ちょっと、私、急用を思い出したので、先に……、帰ります!」
そう言うとミレーヌは、慌ただしくこの場を去っていった。
残された二人の間に、もう言葉はいらなかった。
私と王子は、自然と体を密着させると、お互いを強く抱きしめ合った。
そしてアレクシオ王子は、アリアにではなく、アメリアの唇に自分の唇を重ねたのだった。
※ ※ ※
私とアレクシオ王子は、大聖堂の扉の前に立ちながら、その時が来るのを待っていた。
やがて、扉が開くと、大歓声とともに大きな拍手が鳴り響いた。
沢山の人の姿が見える。
ミレーヌ聖女や、ネリ公国のファン王子の姿もあった。ファン王子の横にはロゼもいた。
そういえば、つい先程、ファン王子たちが挨拶に来た時、ロゼがこんなことを聞いてきた。
「アンコロさん、今日は神父様の前でキスするんだよね」
「うん。そうだよ」
「でも、お姉ちゃんたち、もうそれ以上のことをしているのでしょ」
「……、本当のことを言うと、実はまだしてないの……」
「まだしてないの?」
「してないよ」
「だったら、これからもしないの?」
「……す、するよ」
「いつするの?」
私は……、子供相手に何を言っているのだろうか……。
そう思いながらも、ちゃんと答えてしまった。
「たぶんだけど……、今晩するよ」
「きゃっ!」
ロゼは嬉しそうな悲鳴をあげた。
ふと見ると、ゼノンが不服そうな顔で私を見ていた。
まあ、出席してくれただけでもよしとしよう……。
ゼノンはあれだけの美男子なんだから、きっと素敵な女性がたくさん現れるはず……。
ゼノン……、たくさんの女性が寄ってくるだろうけど、幸せにする女性は、一人で充分なんだからね……。
あと……。
ゼノンの横には、もっと暗い顔をした男性が立っていた。
忘れかけていたため一瞬誰だか分からなかったが、よく見るとアレクシオ王子の補佐官、シビルだと思い出した。
シビルは唇を噛み締めながら、今にも泣き出しそうな辛い顔を私に向けていた。
彼に対しては……。
私から彼についての言葉など何もない。
あるとすれば、「どうかイザベラには付きまとわないでください」ということくらいだ……。
そんなことを頭に巡らせていると、大聖堂の鐘が鳴り始めた。
私はアレクシオ王子の腕に手を添え、練習した通りに足を合わせながら、赤い絨毯の上を歩き始めた。
私の左手の小指には、母の形見の指輪が輝いていた。
(終わり)
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