ネリ公国
ネリ城に着くと、白髪混じりの男が私たちを出迎えてくれた。
男はこの国の宰相で、アブドルと名乗った。
「ロンスター王は公務で不在のため、代わりにファン王子がお会いになられます。あと、マリアーヌ様もご一緒の謁見になりますが、よろしいですか?」
アブドルの言葉に、ミレーヌ聖女はわずかだが表情を曇らせた。
「まあ、マリアーヌが帰ってきたのね」
「はい、先ほど戻られたばかりです」
私は気になって尋ねた。
「マリアーヌさんとは、どういう方なのですか?」
「治癒魔法使いよ」
そう答えると、ミレーヌはアブドルに顔を向けた。
「確かマリアーヌは、他国で魔法を学んできたのよね」
「さようでございます」
長い廊下を歩き、突き当たりの部屋で足を止めた。
「しばらくこちらでお待ちいただけますか。ファン王子がお見えになりますので」
私とミレーヌは、言われた通り扉の前に並んで立っていた。
「ファン王子と会うなんて、なんだか緊張します」
私は正直に気持ちを伝えた。
「大丈夫よ。噂ほど悪い人ではないから」
そんな話をしていると、私たちのそばに一人の女性が近寄ってきた。
女性が赤いドレスを着ていたので、一瞬聖女セレナかと思い、心臓が飛び出しそうなくらいに驚いてしまった。
けれど顔をよく見ると、別人だったのでほっと胸をなで下ろした。
「まあ、ミレーヌ聖女ではありませんか。お久しぶりです」
「マリアーヌ、元気だった?」
「はい。3ヶ月も他国へやられて大変でしたわ」
「それだけ期待されているのよ。で、目的の治癒魔法は習得できたの?」
「ええ、もちろん」
「それは……、ファン王子もお喜びになるわね」
「でも心配ですわ。このままでは、私がこの国で一番偉い魔法使いになってしまいそうですもの」
「そうね、私も歳だし、聖女の座はあなたに早く譲りたいわ」
「まあ、聖女だなんて。聖女はミレーヌ様にお任せしますわ。私は今のまま、楽なポジションでいたいですから」
マリアーヌはそう言うと、視線を私に向けてきた。
「この人は誰?」
「友人のアリアよ。エルフィンド王国から来たの」
「エルフィンド王国……」
マリアーヌは、品定めするように私を見ている。
「あなた、魔法使いなの?」
私はそっと左手小指の指輪を触りながら答えた。
「いえ、魔法は使えません」
母の教えを守り、今は魔法を封じている。
ひっそりと生きることが、私の生命をつなぐことになるのだから……。
「魔法が使えないなんて、さぞかしファン王子はがっかりするでしょうね」
どうして魔法が使えないと、ファン王子はがっかりするのだろうか?
聞いてみたかったが、マリアーヌの態度がどことなく高圧的に感じられたので、黙っていることにした。
するとマリアーヌは、じろじろと私の服を見ながらこう付け加えてきた。
「アリアさんと言いましたね、良いことを教えてあげますね。いくら大国のエルフィンドから来たといっても、そんな格好でファン王子に会うのはたいへん失礼なことですよ」
私はできるだけ荷物を少なくするため、服は動きやすい質素なものしか持って来ていない。
「申し訳ありません」
小さな声でそう答えた時、宰相のアブドルが改めて姿を見せた。。
「ファン王子がお見えになりました」
扉が開かれると、マリアーヌが一番に部屋に入り、私たちはその後に続いた。
部屋の奥を見ると、1人の男性が椅子に腰掛けている。
色黒で、精悍な顔をした青年だった。年はまだ二十代前半か……。
おそらく、あれがファン王子に違いない。
あまり良い噂を聞かないファン王子とは、どんな人物なのだろうか。
はじめに挨拶をしたのは、私たちの前に立つマリアーヌだった。
「ファン王子、ただいま戻りました」
「よく戻った」
低くて高圧的な声色だった。
「ところで、俺が要請した例の治癒魔法の件はうまくいったのか?」
「はい。ご期待に添えると思います」
「そうか! では早速この後、試してもらうぞ!」
「はい、喜んで」
「で、その後ろの女は誰だ?」
ファン王子が鋭い視線を私に向けてきた。
私は焦りながら自己紹介しようとしたが、その前にミレーヌ聖女が口を開いた。
「アリアと申します。私の友人でエルフィンド王国から連れてまいりました」
「ほう、ミレーヌの友人か……、ならばお前も、相当の魔法使いなのだろうな?」
私は、ファン王子の傲慢な言葉遣いに萎縮しながら答えた。
「……いえ、魔法は使えません」
「使えないのか……。ミレーヌ、俺が治癒魔法使いだけを探していることはよく知っているだろう。なぜ魔法が使えない女などを連れてきたんだ」
「はい……」
ミレーヌ聖女は言葉に詰まった。
「で、お前」
ファン王子は私を見た。
「お前は、いったい何ができる?」
「……料理少々と、掃除が得意です」
それを聞いたマリアーヌが高笑いをはじめた。
「まったく役に立ちそうにない女ね」
私が黙っていると、ミレーヌ聖女が助け舟を出してくれた。
「王子、アリアは私の大切な友人です。どうか私に免じて、この国に置いていただけませんでしょうか?」
「まあよかろう。好きにしろ」
ファン王子はあまり興味がなさそうに答えた。
王子の態度から、私などどうでもいい存在だと思っていることが、ありありと感じ取れる。
「ではマリアーヌ、さっそくだが習得した治癒魔法を施行してもらうぞ」
「わかりました」
「お前たち2人は、もうさがっていい」
私は焦った。
ファン王子と話す機会など、そうはないはずだ。
もしかすると、今後二度と話などできないかもしれない。
なので、こわごわだったが思い切って尋ねた。
「ファン王子は『呪いの橋渡し』という魔道具をお持ちだと聞きました。できればそれをお譲りいただけないでしょうか?」
「なんだと? 俺の魔道具を譲れだと?」
王子の顔が明らかに不機嫌になった。
「まあ、なんと図々しい女でしょう」
マリアーヌも同調してきた。
「ただでとは申しません。相応のお代金は支払わせていただきます」
もちろん、アレクシオ王子に払ってもらうつもりでそう言った。
「ふざけるな! 俺様の大切なコレクションを渡せるわけなどないだろうが!」
「そうよ! 強欲にも程があるわ!」
「そうですか……。大変失礼なことを言い、申し訳ありませんでした」
「さあ、お前たちはもうさがれ! これからマリアーヌと大事な用事がある。邪魔をするな!」
追い立てられるような言葉を受けながら、私たちは部屋を出た。
やはり、そう簡単には『呪いの橋渡し』を手に入れられそうにはない……。
しかも、仮に魔道具を手に入れたとしても、それでアレクシオ王子を救えるかどうかも定かではない。
なにしろ、『呪いの橋渡し』を使って王子の呪を解くには、他人の命を犠牲にしなければならないのだから……。
「うわさ通りの王子でしたね」
廊下を歩きながら、私はミレーヌ聖女にそっとつぶやいた。
「いつもあんなに偉そうな感じなのですか?」
「まあ、そうね。でも、あれでもなかなか人に優しいところもあるのよ」
「そうですか? まったくそんなふうには見えませんでしたが」
ミレーヌ聖女は私の答えに微笑むと、こんなことを述べてきた。
「私はこれから、お城で用事があるの。3時間ほどかかるので、その間ゆっくり待ってもらってもいいかしら」
「分かりました」
蔵書がたくさん並ぶ図書室に案内され、私はそこで1人、時間を潰すことになった。




