呪い
ステンドグラスが張り巡らされた廊下を抜けると、ミランダ王妃の部屋に到着した。
部屋のドアには、花と蔓があしらわれた繊細な彫刻が施されている。
そのドアをゼノンがノックすると、侍女のエミリーが姿を見せた。
「どうぞお入りください」
声に従い、シビルを残し、私だけが王妃の部屋に入った。
前を向くと、奥にあるもう一つの薄暗い部屋の壁際に、ミランダ王妃が座っていた。
「突然の訪問に、お時間をいただきありがとうございます」
私は頭を下げた。
「いえ、実を言うと、私もアリアさんとお会いしたかったの」
王妃の顔色は良くないように見えた。
「エミリー、席を外してくれる。アリアさんと2人っきで話したいの」
「しかし……」
「心配することないわ。アリアさんが私に毒を盛るような人に見えて?」
不満そうな顔をしたエミリーが部屋を退出すると、王妃は言葉を続けた。
「どうぞ、こちらへ来て」
近くでミランダ王妃を見ると、もっとよく分かった。
王妃の顔は、目の下にくまができており、涙で目を腫らしていた。
かなり憔悴しているようにも見える。
いつもにこやかに話してかけてくれる王妃だったが、今日に限っては言葉がなかなか出てこない。
なので私から話しかけた。
「アレクシオ王子に何かあったのですか?」
「どうして?」
「急に会いたくないと言われてしまいました」
「そう言えば……、他に好きな人ができたと言ってたわ」
「それは本当の話なのですか」
「本当よ」
王妃の声が、聞こえないくらいに小さくなっている。
「王子は、私と結婚まで考えていると言ってくださったのです。それが、急に好きな人ができたから別れてほしいだなんて……」
「……」
「アレクシオ王子は、そんないい加減なことを言う人ではありません。そのことはミランダ王妃が一番よくご存じなはずです」
「……よくわかっているわ。あの子は本当に優しい子なの。だから……」
王妃はそう話すと、その場で泣き崩れてしまった。
「何があったのか教えていただけませんか?」
王妃は涙を拭きながら、大きく深呼吸をした。
そして、声を震わせながら話し始めた。
「もうすぐアレクシオは死んでしまうの」
「どういうことですか」
私の質問に、王妃は冷静に答えられない様子だった。
「そして、このままではアリアさんも死んでしまうの。だからあの子はアリアさんと別れたのよ」
「どういうことでしょうか?」
「呪いよ」
それだけを話すと、王妃は身体を震わせながら泣き始め、もう会話するどころではなくなってしまった。
まだ、いろいろ聞きたいことがある。
だったらもう……。
「王妃、失礼します。詳しい話はアレクシオ王子から伺うことにします」
私はそう述べると、王妃の部屋を後にした。
※ ※ ※
王子の私室は、過去に一度訪れたことがあるので、場所は分かっている。
あの時、王子は私を部屋に招き入れ、町民に変装し、そして2人で演劇を観に行った……。
ついこの間のことなのに、かなり前の出来事に感じる……。
王子の部屋の前に立ち、恐る恐るドアをノックした。
もう会わないと約束したのに……。
会ってくれるのだろうか……。
そっとドアが開き、中から一人の男性が姿を見せた。
スラッと背が高く、精悍でいて吸い込まれてしまうような目をしている。
私の推し……、アレクシオ王子はいつ見ても輝いていた。
「アレクシオ王子、もしお時間がございましたらほんの少しで結構です。お話しさせていただけませんか?」
「少しの時間でしたらどうぞ」
門前払いもあり得ると思ったが、王子はすんなりと私を部屋に招き入れた。
「先ほど王妃から話を聞きました」
「……」
「王妃は、憔悴したご様子で、『呪いよ』と話されました。いったいどういうことでしょうか?」
アレクシオ王子は私を見つめるとこう答えた。
「私が呪いにかかっているのです」
「え?」
「この前、原因不明の瘴気に侵されてしまった時、原因を詳しく調べました。鑑定魔法で調べたら、私が呪われていると判明したのです」
「王子が呪われている……、どうして……」
「おそらく、魔の森で瘴気に侵された時、呪われてしまったのだと思います。魔界に接したのはあの時だけですので……」
瘴気だけではなく、呪まで……。
気づかなかった……。6歳の私では、そこまで気づくことができなかった……。
「呪いについては、たくさんの資料が残っています。私のように瘴気を繰り返す事例もありました」
不吉な予感しかしなかった。
「二度目の瘴気が現れると、その後も頻繁に瘴気に侵され、最後は必ず死ぬようです」
「そんな、それなら私が何度でも瘴気を浄化させます!」
「それが駄目なのです」
「どうして!」
「呪いに抵抗すると、その者も呪い殺されるのです。つまり、アリアさんがこれ以上私に関わると、あなたの命まで危なくなるのです」
「……」
王子の話で、やっと分かった。
王子が私と別れた理由……、それは私の命を守るためだった……。
「なのでもう、私たちはさよならするしかないのです」
そう言いながら王子は私に近づいてきた。
「最後に、お別れのキスをさせてください」
「え?」
「アリアさんのことが忘れられない。でも、あなたとこれ以上関わるわけにもいかない」
王子は私の背中に腕を回してきた。
そして、しっかりと抱きしめながらこうつぶやいた。
「ずっとこうしていられるなら、どれほど幸せだろうか」
「お別れのキスを……、させてください……」
私は顔を上げ、首を横に振った。
「お別れなんて、嫌です」
王子は返事をしなかった。
代わりに、私の顎に手を添えて、愛おしい目で見つめてきた。
王子の顔が接近し、私は目をつぶった。
唇にそっと何かが触れてきた。
王子のやわらかい唇……。
王子の腕に再び力が入り、私を強く抱きしめてきた。
体が密着している……。
ふと思った。
私がアメリアでなく、本当にアリアだったらよかったのに……。
それなら逃げる必要もなく、これからも王子を支えられるのに……。
王子の唇が私から離れ、腕の力が弱まった。
そして王子は最後にこう言った。
「アリアさんを忘れようとしても、忘れることなどできません。だから、これからもあなたのことを思い続けながら残りの人生を生きていきます。あなたと出会えてよかった。ありがとう……、さよなら」




