なぜウソを?
本当はゼノンに『さよなら』と書いた置き手紙を残すつもりだった。
けれど、そう書くはずだった文字を別の内容に書き換えた。
『今から王宮に行ってきます。心配しないで待っていてください』と。
イザベラの話を聞き、どうしても本当のことが知りたくなってしまったのだ。
なぜ王子は、嘘をついてまで突然私と別れると言い出したのか……。
逃げ出すために準備していた荷物を一旦部屋の奥に戻し、私は出かける準備を始めた。
売ろうと思っていたルビーのネックレスを首に巻き、刺繍の施された上品な上着とスカートに着替えた。
そして意を決すると、私はそのままエルフィンド城へと向かった。
ゼノンの家から王宮までは、歩いて1時間以上かかる。
けれど私は、かなりの急ぎ足で歩いたため、40分ほどで城に着くことができた。
大きな城門の両脇には、門番が2人立っていた。
私は、前からカッコいいと思っていた右側に立つ門番にこうお願いした。
「ミランダ王妃に会わせてください」
「少々お待ちくださいアリア様。確認してまいります」
私はアレクシオ王子に、王宮の出入りを禁止されている身。
果たしてそんな私を、王妃は招き入れてくれるのだろうか。
時間が経過し、半ば諦めているところで、奥から一人の男が姿を見せた。
現れたのは、補佐官のシビルだった。
シビルは、唇を舐めながら私の顔を見回した。そしてこう言った。
「どうぞ、王妃が部屋でお待ちかねです」
あれほど毎日、私に花を持ってきたシビルだったが、アレクシオ王子にそのことを報告してからは、何も言ってこなくなった。
けれど……。
「お噂を聞きましたよ」
王宮の廊下を歩いている時、シビルが突然そんなことを言い出した。
「何の噂ですか?」
「あまり王子との仲がよろしくないと」
もうそんなことまで知っている……。
王宮は広いようで狭い世界……。
「これからは、もう王子のことを気にぜずにアリアさんと話ができますね」
「……」
シビルに目を合わせず、こう答えた。
「私もシビルさんの噂を聞きましたよ」
「ほう、どのような?」
「色々な女性に声をかけているそうじゃないですか」
「素敵な女性に声をかけるのは男の義務だと思っております」
「誰でもいいということですね? そのような男性を好まない女性も、世の中には多くいますわよ」
シビルは素っ気なく頷くと、思いもよらないことを言ってきた。
「今度、私と演劇を見に行きませんか? 今、町でたいへん流行している演劇があるのです」
……ごめんなさい、それならもう、王子と行ってきました……。
そう答えたかったが、もちろん我慢した。
代わりに、端的に答えた。
「行きません」
そして付け加えた。
「どうぞ私以外の素敵な女性と行ってきてください」
シビルは大げさにため息をついた。
おそらく私の返事にショックを受けたと表現したかったのだろう。
視線を前方に戻すと、奥から赤いドレスを着た女性が歩いてきた。
ひと目で誰だか分かる。
今一番会いたくない相手……。
姿を見せたのは聖女セレナだった。
セレナは私に気づくと不敵な笑みを浮かべ、そのまま無言で私の横を通り過ぎた。
ホッとしたのもつかの間、背後からセレナの声が聞こえてきた。
「アリアさんって、嘘がお上手なのね」
私はドキッとしながら後ろを振り向いた。
「あなたの弟、ゼノンさんと言いましたっけ」
「……」
「調べたところ、ゼノンさんには姉などいませんが……。不思議ね」
「……」
「しかもゼノンさん、グランデ公爵家の執事の息子だなんて」
聖女セレナは、どこまでのことを掴んでいるのだろうか……。
「アリアさんはグランデ公爵家のアメリアさんとも親しい間柄なのかしら?」
内心はとてもヒヤヒヤしていたが、動揺を悟られないように無表情で答えた。
「アメリア様とは何度かお会いしただけで、親しくはありません」
「ネリ公国から来たばかりのアリアさんが、すでに何度かアメリアさんと会っているのね」
セレナは嫌な笑顔を見せた。
「あなたの化けの皮が剥がれるのも、もうすぐね」
アメリアとは会ったことがないと言うべきだった……。
そう後悔していると……。
「ああ、そういえば……、アレクシオ王子に見放されたそうね。やっと王子も気づいたのね。あなたが容姿だけではなく、心も醜いということに」
そんなセレナの言葉に、つい反応してしまった。
「セレナ様も、最近アレクシオ王子とご一緒のところを見かけませんね。何か王子に嫌われるようなことでもあったのですか?」
セレナは眉間にシワを寄せ、キッと私を睨みつけてきた。怒りで顔を真っ赤にしている。
その姿を確認した私は、さっさと前を向き足を進めた。
そして、歩きながら反省した。
今の調子なら、セレナはそのうち私がアメリアだと気づいてしまうに違いない。
そんな彼女を刺激しても、私にとって良いことなど何もない。
セレナとはできるだけ関わらないこと。
今できることは、それくらいしかない。




