王子と劇を観た帰りに
「そんなことよりアリアさん、これから私と一緒に出かけませんか?」
「……は、はい、どちらまで……」
「まあ、ついてきてください」
そう言うと王子は、私を残し奥の部屋へと移動した。そして、再び姿を見せた時、私は王子の格好を見て、唖然としてしまった。
「王子、そのお姿は?」
「うん、これなら街に出ても私だとわからないでしょう」
こんな服、どこで手に入れたのだろう。
王子の格好は町人そのもので、着古した地味な服に、帽子とメガネ、そして口には髭まで付けていた。
「さあ行きましょう」
なんだろうこれは……。
変装した2人が、町中を並んで歩くだなんて。
けれど、誰も私たちのことを変な目で見る人などいない。
完全に、どこにでもいる庶民として見られているようだ。
アレクシオ王子の落ち着きようを見れば、おそらくはこの姿で何度も町を訪れているに違いない。
「どちらへ行かれるのですか?」
「今流行りの演劇を見に行こうと思っています」
「演劇ですか」
「ええ」
「どんな劇なのですか?」
王子は劇の題名を伝えてきた。
その劇は、庶民の中でもっとも人気のあるもので、なかなかチケットが取れないことでも有名だった。
でも、あんな内容の劇を私に見せようとするなんて……。
というのも劇は、庶民の女性が王子に恋をし、最後は結ばれるという恋愛もの……。
薄暗い席につくと、ライトに照らされた舞台上でその恋愛劇が始まった。
なんとなく退屈するのではと思ったが、その予感は見事に外れてしまった。
始まるやいなや、主人公の女性の生き様に共感し、どっぷりと劇に浸ってしまったのだ。
あまりの面白さに、時間はあっという間に過ぎていく。
そして、最後のシーンがやってきた。
どんなシーンで終わるかは、評判の演劇なので、もうすでに噂で聞いて知っている。
二人がしっかりと抱き合いながら、キスをして終わるのだ。
不覚にも私はそのラストシーンで涙を流してしまった。
正直、老けメイクが落ちてしまわないかハラハラしたが、自然にこぼれてくる涙を止めることはできなかった。
変装用のメガネを外し、メイクが取れないよう注意しながら、ハンカチで涙を拭いている時だった。
左手の甲に何かが触れてきた。
その手はアレクシオ王子の右手に違いなかった。隣りにいるのは王子なので、あたり前のことなのだが……。
私の体は、自然と王子の側へと傾いた。
すると王子は右手を私の手の甲から話すと、そのまま背中に回し、肩を抱き寄せてきた。
私の体はさらに傾き、王子の体と触れ合った。
私の心臓が、飛び出てきそうなくらい激しく動いている。
鼓動が王子に伝わっているのでは……。
そう思うと、はずかしい気がした。
※ ※ ※
日も沈み、町中はすっかりと暗くなっていた。
この暗さなら大丈夫だと思ったのか、アレクシオ王子は、メガネや付け髭などの変装道具を取り外している。
劇を見終わった私は、まだふわふわとした夢心地な気分が続いていた。
劇の余韻もあるが、なんといっても私は今、推しの王子に手をつながれて歩いているのだから。
「素敵な劇でしたね」
王子が沈黙を破った。
「はい」
「また2人でいろんなところに行きましょう」
うれしい言葉だったが、複雑な思いもした。
こんなやさしい言葉、アメリアに対しては、いっさいかけてこなかったのだから。
「……」
「私と出かけるのは嫌ですか?」
「……いえ」
ひんやりとした夜風が心地よかった。
「もしかして、シビルのことを考えているのですか?」
王子の言葉でやっとシビルの存在を思い出した。
そういえば私、王子に「シビルさんが好き」と伝えてしまっている。
誤解を解いておかないと……。
そう考えると、妙案を思いついた。
「これからも、こうやって王子と出かけられるなら、とても幸せです……」
言葉選びが重要なので、少しの間考えてから話を続けた。
「シビルさんのことは好きなのですが、恋愛感情はありません。けれど……このところ毎日、シビルさんは私にお花を届けてくださるのです」
「毎日花を? そんなことを……」
「彼に非はないのです。私があんなことを言ってしまったので……。でも、断りにくくて……」
「ということは、アリアさんは迷惑しているのですね。わかりました。私に任せておいてください。もうシビルがアリアさんに付きまとわないようにきつく言っておきますので」
「ありがとうございます。けれど、きつくではなく、やさしく言ってあげてください……。私が誤解されるようなことを言ってしまいましたので……」
「シビルを傷つけるつもりはありません。けれど、アリアさんの迷惑にならないように、はっきりと言っておきます」
うまくいった。
これでもう、シビルに付きまとわれずにすむだろう。
私は夜空を見上げた。
「あー、お月さまがきれい」
「うん、きれいだ。ただ……」
王子はそう答えると、握っていた私の手を離した。
そして私の正面に立ってこう言った。
「ただ、あの月より、アリアさんのほうがずっときれいです」
王子に見つめられ、私は金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「そんな……、おばさんをからかわないでください」
「からかってなんかいません。本心です」
王子の両手が私の背中に回った。
そして、整った顔が私に近づいてくる。
抱きすくめられた私は、息をすることも忘れそうになっていた。
そんな中、王子の唇がそっと私の唇に触れた。
夜空の満月が、2人を照らしていた。




