王子の部屋で
王宮につくと、悪い予感が的中した。
門番からの知らせを聞き、私を迎えに出てきたのは、補佐官のシビルだったのだ。
シビルは、不思議そうな顔つきで聞いてきた。
「体調がお悪く、医者から人と会うのを禁じられていると聞きましたが……、大丈夫なのですか?」
「え、ええ。奇跡的に、回復いたしました……」
「そうですか、それは良かった。どれほど心配していたことか」
シビルが本当に心配しているような顔をしているので、嘘をついていることにうしろめたさを感じてしまった。
けれど、今の私にとって一番大切なことは、物語のストーリーを変えて、死刑を免れること。
シビルの迷惑な恋愛感情に付き合っている暇などない。
「アレクシオ王子にお会いしたいの。取り次いでいただけますでしょうか?」
「はい……。しかし、王子はお忙しい身で……」
「待たせていただきます」
私は、もう引き返すつもりなどなかった。
道は自分で切り開かなければ……、さもなければ、この先には最悪なシナリオが待ち構えているのだから。
「わかりました」
シビルはそう返事をすると、私を王宮一階にある謁見の間に案内した。
「ここで待っていてください」
言われるままに、私は薄暗い部屋で一人待っていた。
急な訪問なので、かなり待たなければと覚悟した。
もしかしたら、忙しくて、今日は会えないのかも……。相手は、一国の王子、その可能性だって充分に考えられる。
前もって謁見のお願いにあがるべきだった……。けれど、のんびりとはしていられないし……。
そんなことを考えているときだった。
アレクシオ王子がにこやかな顔で現れた。
私が謁見の間に入り、まだ5分も経たないうちにだ。
「アリアさん、あなたから来ていただけるなんて」
スラッとした体型に超絶イケメンな顔をした王子が、私を見つめてくる。
私はまともに目を合わすことができず、思わず視線をそらした。
やっぱり推しは尊い……。
「さあ、こんなところではなんですから、私の部屋で話しませんか?」
「王子のお部屋、ですか……」
「はい。どうぞこちらへ」
王子は私の返事を聞くまでもなく、さっと私の横に並ぶと、私の背中に手を添えながら歩き始めた。
王子が横にいることで、私の心臓は波打ってきた。しかも、背中に王子の手が触れている。
こんなこと、アメリアに対しては一度もしたことがない……。
最上階の赤い絨毯を二人で歩き、突き当りの部屋の扉の前まで来た。
王子の瘴気を浄化した寝室は予備的な室で、本来の王子の部屋はこちらになる。
そして、この部屋は、側近でさえそう簡単に立ち入ることのできない、プライベートルームになっている。
私の緊張が伝わったのだろう。
王子は眩しい笑顔を向けながらこう言った。
「大丈夫ですよ。取って食おうなんてことはしませんから」
「……はい」
私は小さな声で返事をすると、促されるままに王子の部屋へと足を進めた。
中に入ると、明るく、清潔そうな空間が広がっていた。おそらくは高級な家具なのだろうが、それらが主張することなく、地味に置かれている。派手な装飾はなく、落ち着いて過ごしやすい部屋……。
乳白色の低いテーブルに備えられているソファーに腰掛けると、王子が私と向かい合って座った。
「アリアさんに、あんな失礼なことを言ってしまったのに、あなたからこちらへ足を運んでくださるなんて、もう嬉しくて本当はここで飛び上がりたいほどですよ」
あんな失礼なこととは、なんだろう?
少し考えて、思い当たることといえば……。
「失礼なことというのは、アレクシオ王子が私に、その……」
「はい。婚約してほしいと言ってしまったことです」
「やはり、あれは冗談だったのですね」
「いえ、冗談なんかではありません。ただ、私があまりに一方的に先走りすぎたと反省しております」
王子の表情や仕草から、婚約話を断った私に立腹している様子はない。それどころか、まだまだ未練たっぷりな感じである。
私の目的は、王子から王妃毒殺を企てた真犯人の情報を聞き出すこと……。
そのためには、王子と今まで以上に親密になる必要が……。
「アレクシオ王子、実は……」
「なんですか?」
「実は、勝手なお願いなのですが……、その、王子とこれからも、良い関係でいたいと思っておりまして……」
「私も同感です。アリアさんとは、ずっと良い関係でいたい」
ずっと……。
「その、それでは、アレクシオ王子、私とお付き合いしていただくことは可能でしょうか?」
「ええ!」
「あ、年齢差も身分差もあることは充分承知しております。ですので、あくまでお友達ということで、私とお付き合いいただければうれしいのですが……」
「お友達ですか……」
王子は頭を垂れながら目を閉じた。その後、顔をあげると真剣な顔でこう述べた。
「もちろん、お友達からでも結構です。お友達から始めましょう」
お友達からでも……。ちゃんと私の言葉は伝わっているのだろうか……。
少し気になったが、もう進むしかない。
ここからは躊躇せずに本題に突入しなければ。
「それはそうとアレクシオ王子、王妃の体調はどうですか?」
「はい、アリアさんに解毒魔法を掛けてもらってから、すこぶる調子は良いみたいです」
「それは良かった」
私は息を呑み話を続けた。
「それで、王妃に毒を盛った人物というのが、グランデ公爵令嬢のアメリア様だと聞いておりますが、それは本当のことなのでしょうか?」
「ええ、間違いありません。アメリアが毒を盛ったのです」
「どうしてアメリア様だと?」
「目撃者がいるのです」
「目撃者? どなたですか?」
「それは……、まだ極秘事項なので言えません」
「そうですか……。実は、私はアメリア様が犯人ではないと考えているのです。ですので、できればいろいろな情報をいただければと思いまして……」
「アメリアが犯人ではない? なぜそう思うのですか?」
「解毒魔法を行っている際に分かったのですが、王妃に盛られた毒はかなり強力な魔法薬でした」
これに関して、嘘は言っていない。けれど、信じてもらえるのだろうか。
「魔法薬?」
「はい。アメリア様は魔法が使えないと聞いております。ですので、犯人は別にいるのではと」
アレクシオ王子はしばらく考え込むと口を開いた。
「いや、犯人はアメリアです。目撃情報は、間違いないものですから」
「どうして間違いないのでしょうか?」
「目撃者が見たことを、聖女セレナが水晶で映し出しています。水晶には、間違いなくアメリアが映っていました」
「水晶で……」
水晶を使い、人の記憶を鮮明に映し出す魔法がある。
その魔法では、真実しか映し出すことができず、間違った映像を流すことなどできない。
でも、なぜ……。
私は、毒など入れていない。
なのに、どうして水晶に私が映っているのだろうか。
「ですので、あとはアメリアを捕らえて、1日も早く刑に処するだけなのです。そうすれば王妃も、安心して暮らせるようになりますから」
「……」




