シビルが花束を持ってくる
部屋のカーテンを開け、そっと外を覗いた。
部屋にいるのは、私一人ではない。少し離れた場所にゼノンが立っている。
まあ、ゼノンの家だから、彼がどこに居ようが問題ないのだが、最近なぜか私の側にいることが多い気がする。
「あの人、今日も来ているのですか?」
ゼノンがあきれ顔で言った。
「会わなくても、いいのですか?」
「いいのよ。忙しいと言って帰ってもらって」
私が覗く窓の先には、補佐官のシビルが立っていた。
ただ立っているだけではない。手には花束を持っているのだ。
宮殿の補佐官という仕事は、結構暇なのかしら……。
シビルは、3日連続で私に会いに来ている。
王宮でアレクシオ王子の瘴気を浄化したのが4日前なので、次の日から毎日来ていることになる。
目的は大体のところ察しがつく。
私のことを恋愛の対象として見てしまっているのだろう。
まあ、王子の告白を断るために「シビルさんが好きです」なんて言ってしまった私が悪いのだけど……。
でも、これだけ会うことを拒んでいるのだから、早くあきらめてほしい。私の方は、まったくシビルに興味がないのだから。
3日前にシビルが会いに来た際に、ほんの少し玄関先で会い、花を受け取ってしまった。
その時、シビルはこんなことを言っていた。
「アレクシオ王子に気を使ってるんでしょうけど、王子は私たちの関係を認めてくれるはずです」
二人は両想いで、その関係を邪魔しているのが、アレクシオ王子だと考えているのだろうか。
もしそうだとしたら、最悪だ。
このままでは、これからもずっと私につきまとってくるかもしれない。
「はあー」
私はため息をついた。
「ここまでくると、ストーカーですね」
ゼノンも私のため息に同調してくれた。
「シビルが諦めてくれる方法はないのかしら」
カーテンの隙間から見ていると、シビルがこちらに近づいてくる。
門の前まで来たシビルは、呼び鈴を鳴らした。
「ゼノン、お願い。うまくお断りして」
「わかりました。今日はどんな理由で追い返しましょうか?」
「そうねえ、体調が悪くて、医者から人と会うのを禁止されている、とでも言っておいて」
「分かりました」
ゼノンはそう答え、玄関へと歩いていった。
私はそのまま聞き耳を立てながら、気配を消していた。
シビルの声が聞こえてくる。
「でしたら是非、お見舞いをさせてください。ひと目見たらすぐに帰りますので」
どうしよう。ベッドで寝ているフリまでしないといけないのかしら。
そう思っていると、ゼノンの声が聞こえてきた。
「どうかご理解ください。いま姉は、誰とも会いたくないのです。もちろんシビルさんとも会いたくないのです」
『シビルさんとも』という部分を強調して言ったゼノンに、私は陰ながら拍手を送った。
「かしこまりました。ではまた、日を改めて会いに参ります」
そんな言葉を残して、シビルは立ち去っていった。
玄関先から、花束を抱えたゼノンが戻ってきた。
「捨てておきますか?」
「だめよ。お花に罪はないわ」
「でも花瓶がありません」
確かに、男が一人で暮らしている家に、花瓶などある訳がない。
テーブルにはすでに花が2つ並んで置かれている。
一つは水差しに入れられ、もう一つは掃除用のバケツに入れて生けられている。
さて、何かいいものは?
「これなんか、どうでしょうか?」
ゼノンが、ある物を両手で持ってきた。
「それ?」
「はい、もうこれしか残っていません」
ゼノンがそう言い、手に持っているものは、部屋の隅に置いてあったゴミ箱だった。
もう準備も万端で、ゴミ箱には水も入れられている。
お花をゴミ箱に……。
少し抵抗があったが、かといってそれ以上の代案が思い浮かばない。
「じゃあ、とりあえずということで。あとで花瓶を買って来ましょう」
お金に困っていることが見破られてしまっているのか、ミランダ王妃から謝礼金をかなりいただいている。なので、今の私たちは花瓶ぐらいいくらでも買うことができる。
「今日の帰りにでも買ってくるわ」
私がそう言うと、ゼノンが真剣な目でこちらを向いた。
「やはり、今から出かけられるのですね」
「ええ、行くわ」
「でも、かなり危険だと思いますが……」
「分かっている。けれど、私は決めたの。自分の運命を変えるために、逃げてばかりはいられないと」
「それにしても、ご自分から王宮に入り込み、王妃を毒殺しようとした人物を探しだそうだなんて……」
「もう時間がないのよ。聖女セレナはあなたのことを調べると言っていたわ。そこから、アリアがアメリアだと気づかれるのなんて時間の問題よ」
「私があの時、アメリア様に付いていかなければ……、申し訳ございません」
「いいのよ。私を守ってくれようとしたのでしょう。うれしかったわ」
「でもどうやって、犯人を見つけ出すおつもりですか? 単に王宮に行くだけでは、何も手がかりなど得られないと思いますが」
「いい考えがあるのよ」
「いい考え?」
「アレクシオ王子は、アリアのことが好きでしょ。だから、その気持を利用して、王子から情報を引き出そうと思って……」
「そんなスパイのようなこと、うまくいくのでしょうか」
ゼノンは顔を横に振りながら、不安そうに私を見つめている。
「大丈夫よ。やるしかないから」
私はゼノンに計画を話し終えると、すぐさまエルフィンド城へと赴く準備を始めた。
情報を引き出すためには、アレクシオ王子の気を惹かなければならない。
私の首には、王子からもらったルビーのネックレスが巻かれていた。