○花嫁 ー 10
よろしくお願いいたします!!
夕食を問題なく食べ終わって、私は私室のベッドにダイブした。
今でもはしゃぐ気持ちが抑えられない。
彼との婚約。
夢にまでみたことが、現実となっていることは、今でも信じ難い。
陛下の私室での一連の流れを思い出し、自然と笑みが漏れた。
⋯⋯と、そこで、私ははっとする。
思わず身を起こし、顔を手で覆った。
───キスを、してしまった。
もちろん先程も、キスしてしまったことへの恥ずかしさや嬉しさはあった。
しかし、そうではなくて。
何回もの軽い口付けと、一回の情熱的な口付け。
恐怖と気持ちよさから始まり、あまりの嬉しさに停止していた思考が、やっと動きはじめた気がした。
──淑女たるもの、あんなふうに声を上げてはならない。
──陛下を引き止めるのは、不敬である。
──抱きしめるなんて、もってのほかだ。
さぁっと、血の気が引くのが分かった。
⋯⋯どうしよう。
彼との婚約を破棄されたら。
この城に居るなと追い出されたら。
この国から出ていけと言われたら。
私は生きていけない。
慌てて身だしなみを整えた。
陛下に謝罪しなければ。
婚約はともかく、せめて国から追放されぬよう。
あわよくば、城に残らせてほしいと。
夕食の時の彼の様子は、どうだっただろう。
別段不機嫌な感じはしなかったけれど、実はとても怒っていたかもしれない。
「ローラ!」
名前を呼んですぐさまここに来てもらうと、早速、
「陛下に、これからお時間があるか、お聞きして」
そう言った。
「かしこまりました⋯⋯が、どうかしましたか?」
心配そうに首を傾げる彼女を見て、「ううん、謝罪をしたいだけ」。そう言い安心してもらおうとする。
しかし、それは逆効果だったようだ。
「しゃ、謝罪!?まさか、婚約を断ったり⋯⋯っ?」
そんなはずは、いやでも、とぶつぶつ言いながら、うろうろするローラはいつになく落ち着きがない。
「婚約、断わるわけないじゃない。逆だよ、逆」
苦笑しながら、そう言った。
「逆⋯⋯?」
ぽかんとした様子のローラは、瞳を揺らして、
「と、とりあえず、陛下にお伝えしてきますね」
駆け出していった。
⋯⋯城を追い出されて、もう二度と会えなくなるかもしれない。
寂しさを抱えて、またもやベッドに横になる。
こんなことも、淑女としてはいけないことなんだろうな、と思いながら。
*
────ダンダンダン、と、扉を叩く音がした。
「おい、入るからな」
そう言って入ってきたのは、まぎれもない王。
アルヴィルトだった。
「え⋯⋯っ!?」
ぱちくり、と瞬きをする。
なぜ、彼がここに?
私は単に、お時間があるかどうかを聞いてほしかっただけなのだが。
───もう、ローラ、どうしてここに陛下がきているの⋯⋯っ!?
ああぁ、と内心頭を抱えながら、
「陛下、お手間をとらせてしまい申し訳ありません。どうぞお座り下さい」
そう促した。
うんともすんとも言わずに、陛下はソファに座る。
心臓がばくばくと、うるさく鳴っていた。
まず、一日の会話量が、今日だけ尋常ではない。
陛下とはこの一年間、まともな会話をしていなかったというのに。
「なんの用だ」
そう言い私に向けられた目は、少々の不機嫌さを滲ませていた。
「も、申し訳ありません。謝罪を、させて頂きたく思い⋯⋯っ!?」
最後まで言い終わるのを待たず、陛下は私の腕を掴んで引き寄せた。
「なにについての謝罪だ?」
確かな苛立ちを隠そうとせず、眉間に皺を寄せる陛下は、それでも美しい顔をしている。
「そ、その、食事の前にありました、陛下の私室での行動につきまして⋯⋯」
おずおずと言うと、更に眉間の皺が濃くなっていた。
不機嫌さは増すばかりだ。
「それがなんだ。まさか、婚約を破棄したいなどとほざくわけではないだろうな?」
ぐ、と掴む手に力が入る。
痛みに顔を歪めれば、そのまま私を、自分の胸へと引き寄せた。
「おまえのことは離さないと、先も言っただろう。二度も言わせるつもりなのか」
耳元でそう言われると、息が耳にかかり、心地良い低音が直に聞こえる。
ぞくりと背筋を震わせると、面白そうにくつくつと笑った。
「なあ。おまえはこの城に、俺に縛られるんだ。逃げられると思うな」
首に熱いものが触れたと思いきや、ちりっとした痛みが走る。
「っ!」
その熱いものが、陛下の、彼の唇と気づいたのは、私が赤面すると同時。
真っ赤になった私を見て、もう一度彼は笑った。
そして、
「ゆっくり寝ろ。明日も食事は共にする」
その言葉を残して、部屋を出ていった。
⋯⋯信じられない。
あの、あの彼が。
私に無関心で、冷たかった彼が。
私にゆっくり寝ろだなんて。
それに、婚約も破棄されなかった。
『この城に、俺に縛られるんだ。逃げられると思うな』
縛られる?
とっくに縛られている。
逃げられると思うな?
逃げなどしない。
私はあなたから、離れられないから。
離れたら、生きていけないから。
涙が零れたのは、国から追い出されず安心したからだろうか。
それとも、この想いを彼がいまだ分かってくれず⋯⋯
哀しかったからだろうか。
ありがとうございました!!




