表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/43

再会の大地 その3

 展望台に着いてみると、まだ誰も来ていなかった。とりあえず私たちは、糖分の補充という建前も付け加えて売店でソフトクリームを買い、滝壺へと流れ落ちていく迫力満点の光景に感動しながら食べた。

 私たちの次にこの展望台に辿り着いたのは、早苗さんだった。まさかとは思いつつも、あながち冗談ではなさそうな口調で、お父さんが「ここまで走って来たんですか?」と尋ねると、気が付いたらシャトルバスに乗っていて、仕方ないのでそのままここに来た、という至極真っ当な答えが返ってきた。まあ、そうだよね。

 続いてやってきたのはお母さん。もちろん、シャトルバスで。

 ということで、残るはあっきーなんだけど……。

「まさかオッサン、早苗さんを見失って、当て所なく彷徨い走りまくってんじゃ……」

 その可能性はなきにしもあらず。でもその不安は、お母さんがすぐに解消してくれた。途中で、車道脇の狭い歩道をよろよろと駆け上るあっきーの姿を、シャトルバスの中から確認していたのだ。つまり結果的に、あっきーは三つのコースのうちの中間のコースを取ったというわけ。ただし、“てくてく”じゃないけど。

 なんていうか、お約束?

 さすがに可哀想に感じたお母さんと、あまり可哀想に感じていない様子の早苗さんは、駐車場まであっきーを出迎えに行ってしまい、しばし、またも私とお父さんだけとなった。なんとも忙しない感じに、「なんつーか、ずいぶんと疲れる旅行になったもんだ」と呟くお父さん。

「そう? 私は楽しくていいけど」

「お前は気楽でいいよな」

「楽しめるときは思いっ切り楽しまなくちゃ」

「まあ……、そりゃそうだ」

 ただ、楽しもうにもしばらく楽しめそうにない人もいる。お母さんと早苗さんと一緒にようやく展望台へやってきた、汗だくでへろへろのあっきーとか。その疲労ぶりに、さすがのお父さんも同情の色を浮かべていた。結局、あっきーは疲れた身体を休めるばかりで、上からの眺めを堪能する時間は少ししかなかった。

 滝の見学が終わると、あとは今晩泊まる旅館『天馬の宿』に行き、お風呂に入って晩ご飯食べてまたお風呂に入って、明日に備えて寝るだけ。私たちはバスに乗り、さらに上流にある旅館へと向かった。

 バスの中ではみんな大人しく、楽しげにお喋りする声も、大人げない対抗心が張り上げられることもなかった。まあ、一番賑やかにしてくれる人が大人しいから、というのが要因の全てなんだけど、お食事処『つってけ』までの三十分、滝までの二十分、いずれも賑やかにしていただけに、なんだか小学校の遠足帰りのバスみたいで、あながちその表現は間違ってないなと、私は一人ほくそ笑んでいた。

 旅館へは二十分ほどで着いた。前回泊まった旅館と違うこの日本的な趣のある旅館は、四年ほど前に大改装したらしい。実は前回、この旅館も宿泊先として候補に挙がっていたんだけど、予約確認したときにはすでに満室で、その瞬間候補から落ちたという過去があった。

 私たちが泊まる部屋は六人部屋。最初は岡崎家と古河家で部屋を二つとるつもりだったそうだけど、どうせなら部屋は一つにしちゃいましょう、という早苗さんの提案でそうなった。お父さんがフロントで受付を済ませてキーを受け取り、旅館の人に案内してもらって部屋に入る。十三畳間の座敷に、テーブルとソファーのある四畳ほどの板の間、そして窓の向こうには、どこまでも見渡せる緑多き山々と、暮れゆく空が広がっている。この日何度目になるかわからない歓声が、みんなの口から一斉に漏れた。

 しばし、窓から見える壮大な風景に見入ると、このときを待ってましたとばかりに、急に元気を取り戻したあっきーが「さあて、てめえら。風呂に入るぞお!」と高らかに言った。汗もかいたし、滝でたくさん飛沫を浴びたし、このまま夕食というのでは折角の美味しいお料理がもったいないので、私も「おー」と拳をあげて同意した。もちろん、お母さんも早苗さんも同意。お父さんも同意しているようだけど、妙に表情が暗い。

 なぜに?

「ということで小僧。てめえは一人寂しく男湯に入ってな。俺ぁ早苗と、いちゃいちゃしながら仲良く入るからよ」

「くっ……」

 お父さんが悔しげに呻く。そしてお母さんは、いったんぎょっと驚いてから「だ、駄目です! 女湯に入るなんて駄目です! お父さんが入ったら犯罪です!」とあたふたと指摘。早苗さんも、「ここで警察の方のお世話になるわけにはいきませんから」と笑顔で拒否。

 ま、まさかね。

「……誰が女湯に入るっつった。貸し切り露天風呂で混浴だ」

 ふう。ちょっとびっくりした。

 お母さんも早苗さんも理解したようで、ならば、と快諾。しかも早苗さんは、「秋生さんと一緒のお風呂に入るなんて、何十年ぶりかしら」とわくわくしている様子。うちの両親もらぶらぶだけど、あっきーと早苗さんもらぶらぶなんだなあと、改めてしみじみ思う。

 にしても、お父さんの表情はどういうことだろう。一人で入るから? でもそれが理由だとは到底考えられない。むしろ喜びそうなものだけど。

 ここでようやくお父さんの様子に気が付いたお母さんが「パパ? どうかしたんですか? 身体の具合でも悪くなったんですか?」と、ちょっと心配になった様子で声を掛ける。気付いていた私が最初に声を掛けるべきなんだろうけど、なんとなく、理由は健康面じゃないと断定していたので、成り行き任せでコトの真相を知ろうと黙っていた。そして私の判断は、やはり正しかった。

「気にするな渚」そうお母さんに言ったのは、お父さんではなくあっきー。

「己の無力さを呪ってるだけだ。ま、俺と勝負しようってえのが、そもそものお前の愚かさなんだよ」

「勝負? なんのことですか?」勝ち誇っているあっきーにきょとんとした顔で質問するお母さん。そしてその質問に、思わず私が答えてしまった。どうやら、黙って傍観していては勿体ないと衝動的に思ってしまったらしい。

「釣りでしょ」

「あ。そういえば、釣りで競ってましたけど……。それが元気のない理由なんですか?」今度はお父さんに質問。

「渚……。それ以上、何も言うな……」

「なんだ。そういうことだったんですか。びっくりさせないでください」

「でもさ、負けたにしても、ここまで落ち込むようなことかな。ひょっとして、罰ゲームがあるとか?」

 その質問に答えたのはあっきー。もはや回答者が誰になるかわからない状況になっている。

「鋭いな、汐よ。まあ、罰ゲームと言うよりは、勝者へのご褒美ってやつだがな」そう言うと、早苗さんをぐっと抱き寄せた。

「そのご褒美が、早苗さんと一緒にお風呂に入れるってこと?」

「おう。そうよ」

 なるほど。そういうことか。

 ……って、なるほどじゃなあいっ!

 お父さんがここまで悔しがっているのはつまり、お父さんも勝負に勝って早苗さんと一緒にお風呂に入りたかったからってこと? いやいやまさかっ! 普通に考えれば、お父さんのご褒美は違うものだよ。で、でも、早苗さんとっても美人で、魅力的だし、お父さんだって男の人だから……。う、なにこれ。私への罰ゲーム? 私が何をしたっていうの?

 などと私が動揺する中、お母さんがどこか不安そうな顔で、訴えるように巨大な爆弾を投げた。

「パパも……、そんなにお母さんとお風呂に入りたかったんですか!」

 言っちゃった……。案の定、あっきーは「なっ!? なななななななんだと小僧っ! 早苗の裸を見たいだとおっ! てめえっ! 図々しいにも程があるぞ! 早苗の裸を見ていいのは俺だけだ!」と激怒。対して早苗さんはと言うと、ちょっとだけ驚いた顔を見せてから、嬉しそうにこう言った。

「まあ、そうだったんですか。なら、朋也さんも一緒に入ります? 私はぜんぜん構いませんよ?」

 さすがはお母さんのお母さん。爆弾の大きさは本当に半端じゃない。

「さ、早苗~っ!」

「お母さんっ! それは駄目ですっ!」

 うん、それは駄目だよ。ていうか、早苗さんの目が本気に見えるのは錯覚だと誰か言ってください。

 そしてこの状況に、さすがにお父さんが叫んだ。

「んなわけあるかーっ! つうか早苗さんも変なこと言わないでください! 汐も俺をそんな目で見るな!」

 だ、だよね……。そりゃそうだよね。ところで、私はどんな目をしてたのだろうか。

「そ、そうなんですか? でも、ご褒美はお母さんとお風呂だって――」

「なんで早苗さん限定になるんだよっ! 俺は――っ!」とここで、お母さんへの弁明を突然止めた。当然、その先が気にならないはずはない。そんな雰囲気をひしひしと感じているお父さんは、しまったとばかりに口に手を当てて表情をひどく曇らせる。でももう遅い。お父さんに替わってあっきーがその先を続けた。みんなに聞こえないようにお父さんは必死に「てめふざけんじゃねえぞ余計なこと言ってんじゃねえよ!」と、息継ぎなしでまくし立てて邪魔したけど、残念ながら、出だしの「渚と汐と」という肝心な言葉を防ぐには間に合っていなかった。

 そしてお母さんがとどめの一言をお父さんに突き刺した。しかも、ちょっとだけ恥ずかしそうに、微塵も冗談を含ませず。

「それじゃあパパは、私としおちゃんと、三人で入りたかったんですか?」

 あ、お父さんが真っ白に固まった。

「なんだ、そんなことなら言ってくれれば良かったのに。ねえ、しおちゃん」

「へ? あ~……と、うん?」額面どおりに受け取れば素直に頷くだけでいいのだけど、意図が違うところにあるような気がして返答に戸惑ってしまい、さらなる爆弾が投下されることになってしまった。

「私としおちゃんは、お父さんと勝負してないから関係ないですよね。ということで、私たちも親子三人で入りましょうか」

 いやそれだと、お父さんとあっきーの勝負は何だったのかっていうことになっちゃうし、それ以前に、その、お母さんは良くても、私はやっぱり恥ずかしいし、お父さんのこと嫌いじゃないけど、っていうか好きだけど、ああそういう意味じゃなくて! つまり私はもう小学生じゃないんだし――!

 などと軽いパニックに陥ってしまっていると、早苗さんが助け船を出してくれた。

「渚、汐ちゃんはもうお年頃なんだから、いくらお父さんでも、一緒に入るのはちょっと恥ずかしいんじゃない?」

「言われてみれば、それもそうです。私も中学生のときには、お父さんと一緒にお風呂に入りたいとは思いませんでした」

 とりあえず私はその意見に賛成して首を縦に振った。ただし、お母さんの発言にショックを受けているあっきーと、寂しそうに私に目を向けている白く固まったままのお父さんの姿に、その同意は遠慮がちなものとなってしまった。

 という一幕を経て、夕食前にお風呂に入った。もちろんあっきーは早苗さんと貸し切り露天風呂に。私たちはというと、私的にさすがにお父さんと一緒というわけにはいかなかったので、お母さんと二人で女湯に、お父さんは一人で男湯に入った。その背中にほとんど力を感じられなかったけど、色彩はうっすらと戻っていたっぽいから、たぶん大丈夫でしょう。

 脱衣所でさっさと服を脱いだ私は、露天風呂へといざ突撃。戸を開けた途端、私は思わず盛大な歓声を上げてしまった。それほどお風呂が広くて、周囲はまるで庭園の中のような造りになっていて、頭上の空はなかなかに感動的な色合いを見せていて、それはそれは素晴らしい光景だったのだ。

 こうなると、夕食の時間ぎりぎりまでお風呂を堪能したくなる。許されれば、お風呂のお湯にぷかぷか身体を浮かべて、陽が完全に沈むまでぼんやり空を眺めていたい。

 たゆたう私の身体。

 心地よく火照る私の身体。

 視界をかすめる湯気。

 その先に広がるきれいな空。

 ゆらゆらと揺れ、心は星降る空へと駆け上り、静かに横たわる大地を見渡す。

 光が踊る、少女の居る大地を――。

「しおちゃん、お風呂に入らないの?」

 っといけない。

「あ、うん。入る。あんまりすごいお風呂だったから、ちょっと感動しちゃって」

 いつの間にかぼんやりと突っ立ってしまっていた私は、まずは身体にお湯を流すべくそそくさと洗い場へと移動した。お母さんも一緒に移動し、お湯を流す。そして二人して湯気の立つお風呂に入り、まるで息を合わせたように、定番中の定番である一言を意図せず二人同時に口にした。

「はあ~、気持ちいい~」

 そのユニゾンがあまりにも見事にぴったりだったので、二人ともツボに入ってしまい、笑い声はすぐには収まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ