きょうだい その1
この日の午後、陽平おじちゃんのお見舞いを終えた芽衣ちゃんたちが、家族揃ってうちに遊びにやって来た。のだけど……。
「岡崎さんっ! 渚さんっ! どうしようっ!」
これが、我が家の玄関の戸を力任せに開けて最初に放った、芽衣ちゃんの第一声だった。しかも呼び鈴を押すことを忘れ、ごめんくださいなどの最初の言葉も忘れて。
来訪を告げる騒々しいその物音と声に、お母さんが表情を曇らせて、慌てて玄関へと急ぐ。私とお父さんはというと、そう慌てることなくやや遅れて玄関へと向かった。こういった感じの登場シーンは、昨夜の一家団らんの中で想定されていたからなんだけど、そこにはお母さんも居たはず。なのに一人だけ反応が違うのは、もしかしたら別のことで大変な事があったのかもしれないと本気で心配したから。
ホントお母さんは、心配性というか優しいというか純真というか。
そして、一足先に玄関に着いたお母さんが尋ねた。
「芽衣ちゃん! どうかしましたかっ!」
で、返ってきた答えは、動揺のほどがはっきりと分かる、日本語になっていない言葉。
「渚さんっ! お兄ちゃんが彼女で会社の人なんですっ!」
一瞬、芽衣ちゃんの勢いに釣られるようにしてお母さんが「えっ!?」と驚いてしまっていたけど、さすがに驚き続けるようなことはしなかった。ただし、再び喋るまでに、僅かに遅れて玄関に顔を出した私とお父さんは芽衣ちゃんたちへの挨拶をすませていたけど。
「え……、と? あの、もう少し分かりやすく話して頂かないと」
「だから彼女がお兄ちゃんと会社なんですよおっ!」
う~ん、ここまで本気で取り乱す芽衣ちゃん、初めて見た。それほど、陽平おじちゃんに御久島さんのような彼女が出来たことが衝撃的だったということなんだろうけど、ひょっとしてお母さんが心配するように、私たちが想像しているものとは違う理由で動揺しているとか?
と思っていると、お父さんが芽衣ちゃんに「とりあえず落ち着けって。後ろの三人が困ってるだろ」と、微塵の不安も感じていないような口ぶりで言った。まあ、お父さんだからね。
「これが落ち着いていられますかっ!」
「んじゃあ、芽衣ちゃんはここにいて好きなだけ興奮してていいから、そっちはとりあえず上がってくれ。このまま玄関に立たせっぱなしってわけにいかないし。汐、居間まで案内頼むな。渚はお茶を出してくれ。芽衣ちゃんの相手は俺がするから」
「うん。わかった。けど、いつもみたいに悪ふざけしてコントなんかしたら駄目だよ?」
「するか」
「どうだか」
私は念のためにとお父さんに釘を刺し、豊治おじさんにマリアちゃん、タケルくんの三人に「さ、どうぞ」と声を掛け、二つの元気な返事と一つの控えめな返事を受けて居間へと案内した。案内と言っても、たかだか数メートルの距離でしかないけど。
居間に入ると、途端に三者三様の声が上がった。何に対してかというと、テレビの周辺を所狭しと陣取り、しかも、ささやかな庭に面する壁一面のガラス戸を死守しようとしているかのように並んでいる、十七個のだんご大家族のお出迎えに対して。
「わあっ! だんご大家族がいっぱあいっ! ねえ、全部で何個あるの?」と目を輝かせて最初に私に質問したのは、元気印のマリアちゃん。
その質問に、部屋の戸を閉めてから「十七個だよ」と答えると、感心した様子で眺めていたタケルくんが次いで質問してきた。ちなみにタケルくんも元気印。
「これ以外にもあるの?」
「ううん。我が家のだんご大家族はこれで全部。でも、今年のクリスマスにまた一つ増えると思うよ」
最後に、どちらかというと大人しい性格の豊治おじさんから、他の大人の人と同じような一言が。
「これだけあると、圧巻だね」
まあ、そうだよね。そんな気持ちで苦笑いをすると、豊治おじさんがこう続けた。「でも、なんだかみんな楽しそうだね」
「やっぱりそう思います?」思わず声を弾ませてしまったけど、それだけ嬉しい言葉だったんだからしかたない。ついつい興奮気味に「私、みんな集まったこの光景を最初に見たとき、ほんと感動したんです。これで家族全員揃ったんだーって! きっとこの子たちも喜んでるに違いないって!」と言い、はたと我に帰ると子供っぽい今の言動が恥ずかしくなってしまい、取り繕うように「ところで、芽衣ちゃんが言おうとしてたことなんですけど」と言葉を繋ぐ。でもその前に言わなければいけないことがある。
「とその前に、どうぞ座ってください」
豊治おじさんは、それじゃと言って座り、「あんなに驚かなくたっていいのにね」と苦笑いしながら話し始めた。
「お義兄さんのお見舞いに行ったら、病室に若い女の子がいてね。その子がなんと、お義兄さんの彼女だったんだ。まあ、お義兄さんは明るくて楽しい人だから、彼女がいたって不思議じゃないんだろうけど、お義兄さんにそういう人がいるだなんて聞いていなかったから、本当に驚いたよ。お相手は同じ会社の子で、しかも十二歳も年下だって言うし」
あんまり関係ないけど豊治おじさんは芽衣ちゃんより二つ下。
とここで、マリアちゃんと一緒にだんご大家族と戯れていたタケルくんが「でもさあ、しおちゃんのパパが前に言ってたよ。陽平おじちゃんに彼女ができたら、世界が破滅しちゃうって」と割って入った。
お父さん、タケルくん相手になんてこと言うの。
と思ったらマリアちゃんまで「だから陽平おじちゃんには、一生彼女ができないんだって言ってた」と付け加えてきた。
「それじゃあ、世界は破滅しちゃうの?」
「そんなわけないよ」
心配そうに聞いてきたタケルくんに、笑顔でそう答える裏側で、いらないところで子供っぽさを発揮するお父さんの所業に頭痛がしていた。そしてそれはお母さんも同じだった。ちょうど、全員分のお茶とジュースを載せたお盆を持って部屋に入ってきたお母さんが「もうっ。パパったら」と少し眉をつり上げていた。
まったく、うちのお父さんは。
まあそれはさておき。
「それで、他には何かありましたか?」
「他と言うと、そうだね。芽衣さん、これはお義兄さんと岡崎さんの企みだろうとか言って、最初は信じようとしなくてさ。それで、やっと信じたと思ったらいきなり錯乱状態に陥って。あそこまで壊れた芽衣さんを見たのは初めてだったから、ほんとビックリしたよ。なあ。お前たち?」
二人はごくごくと飲んでいたジュースからいったん口を離して、声を揃えて「うん」と答え、でもすごく面白かったと満面の笑みで感想を述べた。どこがどんな感じで面白かったのかという詮索は、あえて放棄しておこう。
「そんな場面に看護師さんが来ちゃったもんだから、いくら実の妹とその家族とはいえ、このまま病室にいさせるわけにはいかないってなって、追い出されてしまったんだ。だもんだから、行ってすぐにお見舞いが終わってしまって、何しに行ったんだろうって気分さ。まあ、看護師さんの判断は正しいと思うから、文句なんて言うつもりないけどね」
「陽平おじちゃんのいるところ、必ず騒がしくなるんだね……」
「ははっ。お義兄さんの彼女さんも同じようなこと言ってたね。えっと、何て言ったっけか。彼女の名前」
「御久島さんです。御久島朝子さん」
「そうそう。そういう名前だった。……って、汐さんも知ってるんだ。てことは、お義兄さんと御久島の話は本当だったんだ」
うん? 陽平おじちゃんは何を話したの?
「いや、昨日のことを少しだけ聞いたんだけど、いまいち信じ切れなくて」
突然の御久島さんの告白っぽい言葉に、勢いにまかせた陽平おじちゃんの交際申込、そして彼女の即OK。しかもそれら全て私たちのいる目の前で行われた。ついでに言うと、お母さんたちは御久島さんの保護者になり、陽平おじちゃんに対する監督官になった。
これを素直に信じろというのは無理な話だと私も思う。
ただ、このうちのどこらへんまで聞いているか知らないし、陽平おじちゃんが変に脚色している可能性は決して低くない。念のため確認しておいた方が良いいかな。
「ん~と、どこまで聞きました? 昨日のこと」
豊治おじさんは、思い出そうとするかのように目を閉じて話してくれた。
要約すると二点。
交際を申し込んだのは陽平おじちゃんだけど、先に告白したのは御久島さんで、昨日からお付き合い始めた。
証人は、その場に立ち会った私たち。
細部の脚色はあったけど、本筋は間違っていない。きっと、御久島さんの補足や修正があったのだと思う。だって陽平おじちゃん、すぐ自分に都合の良いように言い換えようとするから。
「だいたいそんな感じです。それで、そのあとお母さんたちが御久島さんの保護者みたいになって、陽平おじちゃんの監視役にもなって」
「そんなおまけがあったんだ。いやあ~、芽衣さんには悪いけど、さすがお義兄さんとしか言い様がないな」
「ですよね。って、そういえば芽衣ちゃん」
すっかり芽衣ちゃんのことを忘れていた私は、閉められた部屋の戸へと視線を向け、聞こえてくるお父さんと芽衣ちゃんの声に耳を立てた。
「考えてもみろ。いくら自分より弱い奴にはSになるといっても、あいつは基本Mだしへたれだ。それに、もしかしたら彼女、ああ見えて本性はSかもしれないぞ? だとしたら、Sな彼女とMな春原で、それこそ相性ばっちりかもしれないじゃないか」
お、お父さん、玄関でなんて話してんのよ!
私は思わず、お母さんに先んじて脱兎の如く部屋を飛び出し、後ろ手に戸を閉めることを忘れずに玄関へと駆けた。そして、依然として同じ場所に立つお父さんのすぐ側で急ブレーキをかけて足を止めると、居間に響き渡らないよう声を押し殺すようにして怒鳴った。
「お父さんっ! そんなところでそんな話しないでよっ! 恥ずかしいじゃないっ!」
けど、「なに言ってンだお前は。それに、なにが恥ずかしいっていうんだ?」というお父さんのとぼけた台詞に、ついつい大声で返してしまった。
「そ、そんなこと言えるわけないでしょっ! なに考えてるのよっ! それに私、コントは駄目って言ったじゃない!」
「んなことしてないだろ。俺は真面目に、芽衣ちゃんを冷静に――」
「なんないっ!」
「そんなことはない。いつか俺の声が届く日が――」
「来ないし待ってらんないっ!」
「二段否定でくるとは。つか、おまえ声大きすぎだ」
「お父さんが変なこと言うからでしょっ!」
「まあ落ち着け。汐。芽衣ちゃんだってこのとおり、お前の声が大きすぎると抗議してるじゃないか」
両の耳を手のひらで押さえている芽衣ちゃんの姿が抗議のポーズかどうかは置いといて、これを見てしまっては、お父さんに対して癪な気もするけど音量を下げざるを得ない。
「とにかく、馬鹿なこと言ってないで、早くいつもの芽衣ちゃんに戻してあげてよねっ」
「だからその為にこうして俺が――」
「やってません! ああもうっ! やっぱり、お父さんに任せたのがいけなかったのかなあ」
ここで私は、ため息混じりで無理矢理気持ちを切り替えて、「あの、芽衣ちゃん? とにかく部屋で話し合おう?」と声を掛けた。すると、きょとんとした顔の芽衣ちゃんが困惑した様子で答えた。
「あ……れ? ここ、どこ……? 私は……」
え、なに? そのリアクションはなに?
まさか私の大声で、芽衣ちゃんが記憶喪失に……?
などと一瞬思ってしまったけど、そんなわけないよね。
「あ、そっか……。あんまりにもショッキングだったから、ちょっとパニクっちゃって、そのまま病院を出て、岡崎さんの家に来たんだっけ。こんにちは、岡崎さん。汐ちゃん。で、二人ともそんなところでぼーっと突っ立って、どうしたんですか?」
「誰のせいでこういう状況になったと思う?」とお父さんがやれやれと頭をかきながら質問すると、芽衣ちゃんは目を強く閉じ、腕組みをして考え始めた。そして数秒後、かっと目を見開いてこう答えた。
「私のお兄ちゃんですっ!」
元を辿れば、ということなんだろうけど、いくらなんでもそれは辿りすぎだし、可哀想だよ。




