プリンを喰らう
「すづー!」
彼女の名を叫びながら五十鈴は何度も拳を石に打ち付けた。だが、廊下を埋め尽くす巨大な石の塊はびくともせず、彼の叫びが虚しく木霊するだけであった……。
「バナナ何て……、バナナ何て、食べねばよかったのだー!」
「そうですか? バナナおいしいのです。もしゃもしゃ」
「えっ? バナナ?……」
聞きなれた声に振り返ると、そこには、バナナを食べるすづの姿があった。
「すづ! なぜそこに居る! 無事だったのか!」
「そう無事なのです、すづは、……バナナを食べていたおかげで、食べきったバナナの皮を床に立てて、落ちてくる天上と床の間に隙間を作り脱出したのです」
「……そんなバナナ」
「ぷっ、五十鈴さん、前から言おうと思ってたけど、ぷっぷっ、今回のは、さらに親父度がましてるよ、ぷっぷっぷ」
「いや、そうじゃなくて……、すづが、無事ならいいか……」
――ゴゴゴゴゴ。
「今度は何の音だ? また罠なのか?」
五十鈴の拳でもピクリとも動かなかった石が、地響きを上げて動き出した。
廊下を埋め尽くすほどの巨大な石が、迫り来る壁となって、今度は彼らを押しつぶそうと迫って来る!
「これも、罠なのか? とりあえず走れ!」
「違います、こんな罠は仕掛けられていません」
「バナナなのです。バナナの皮を踏んで、滑って来ているのです」
すづは、また一つ食べ終わったバナナの皮を放り投げた。
それは、石の壁の下に吸い込まれるように消えて行くと、途端に、迫り来る壁の速度が上がった。
「バナナの皮で、滑りがよくなったのです」
「うおぉぉぉー、すづ、それ以上バナナを食うんじゃない」
「もしゃもしゃ―! バナナは、おいしいのです」
「皮を廊下に捨てるなー!」
「皮も食べるのです」
いいのか? それでいいのか?
しかし、これ以上速度が上がらなくてもいづれは踏みつぶされてしまう、何とかしなければ……。
その時、廊下の先の壁に頑丈そうな扉がある事に気が付いた。
一か八か、あれに賭けるしかない!
「みんな、部屋の中に飛び込め!」
五十鈴は、反対側の壁を蹴って、体ごと扉にぶち当たる!
が、扉は普通に内向きに開いて、五十鈴の体は、部屋の中に転がって行った。
「みんな、無事か?」
五十鈴は、何事も無かったように立ち上がりながら振りむこうとすると、
「ずいぶん、荒っぽい登場のお客さんだね……」
部屋に置かれたベットの上から、若い男の落ち着き払った声が響いた。
こんな状況でも動じぬ並々ならぬ胆力、まさか、この男が……。
「ライトハルト兄さん! こんな所に捕まっていたのね!」
違った。
その男は、クリスティーナの兄、捕らわれのライトハルトだった。
「おお、妹よ! よく無事だったな。しかし、私は、ここを離れる訳にはいかないのだ」
「どうして兄さん? 一緒に法皇クライを倒しましょう、この屋敷のみんなを解放するのです」
「なぜなら、……ここで寝ていると、毎日ご飯を運んでくれるからだ! それに、もう直ぐおやつのプリンの時間だ!」
ダメだ、だめ兄貴だ……。
「すづも、プリンを食べるのです」
「そんな、引きこもりみたいなこと言わないで! 最高の騎士と呼ばれた兄さんにもどって!」
「なに、私も、ただ捕まっている訳ではない。こうして毎日剣の素振りをして、鍛えているのだ」
ライトハルトは、逞しい右腕で剣を振り始めた。
空を切り、唸りを上げる剣さばき! まさに、達人と呼ぶにふさわしい使い手!
「凄い! これほどの剣技は見た事が無い……」
だが、ベッドに寝たまま腕しか動かしていない。
ダメだ、やっぱこいつは使えそうにないな……。
「それに、この部屋の扉は、外から入るのは簡単だが、内側からは開けられない呪いがかけられている。食事は、その小さな窓から、届けられるのだ」
「なんだとっ!」
皆が一斉に扉へと目を向けると、小窓の位置にすづが張り付いていた。
「すづ、いくら小さくてもそこからは出られないぞ?」
「ここで、プリンを待ち構えるのです」
大きく口を開いたすづは、待ちきれないとばかりに、口から大量のよだれが溢れ出していた!
「なに! プリンは、私のおやつだぞ! 先に食われてなるものか……」
「ライトハルト兄さんが、ついにベッドから起き上がったわ!」
「うぅ……、久しぶり過ぎて、膝に力がはいらん……」
やっぱ、この兄貴、ここに置いていた方がよいのではないのか?
いや、そんな事よりどうやってこの部屋から脱出するかだ。
考えろ……、扉がダメなら……。
だが!
すづの口から溢れ出した大量のよだれで、扉が溶け始めている!
すづは、一体口から何を出しているのだ!
胃液なのか?
消化液か?
しかし、これで、戦いの準備は整った。
「よし、法皇クライの元へ乗り込むぞ!」




