生贄を喰らう
「うぃ~。酒に向かえばまさに歌うべし」
爽やかな風に身をまかせ、馬車に揺られながら酒を飲む、五十鈴はたいそうご機嫌であった。
「うぃ~。向いのまさまさくうべしなのです」
「すづ、酒を飲んだら、また熱が出るぞ」
「五十鈴さん、朝から飲んでるのかい?」
「しかたないだろ、酒とスルメしかないんだから」
「朝から、飲んでると血圧が上がるよ」
「いや、大丈夫、錬金術師の所から降圧剤も手に入れて来たからな」
「それは、ポックリ行っちゃうパターンだよ」
「ウっ……、先に見える山に着いたら、何か捕まえるよ……」
山道に差し掛かると、馬車を止めた五十鈴は、獣を捕まえに生い茂る木々の中へと踏み込んで行った。
「この辺りの獣道に罠を仕掛ければいいか……しかし、もう少し手早く捕まえる方法はないかな?」
「……もぐもぐ……五十鈴さん、ご飯は取れたですか?」
「すづ、何を食っているんだ、どこから獲って来た」
「あそこの樹になってるのです。鳥も食べているのです」
(あんなところに果物が! すづの奴め、俺がこんなに苦労しているのに易々と食料を手に入れるとは……ならば、俺は、鳥を捕まえて焼き鳥を食ってやる!)
五十鈴は、木によじ登り、枝で羽を休める野鳥を捕らえようとするが、ひらりと舞って枝から枝へと、飛び移る鳥に翻弄されるだけであった。
(素手で鳥を捕まえられる筈が無いんだ……そもそも、野鳥何てどうやって捕まえるんだ?)
「……ポリポリ……五十鈴さん、これも食べるです」
すづは、柔らかそうな緑色の茎をかじりながら、木の下から手を振っていた。
(なぜ、すづはあんなに簡単に食えるものを見つけられるのだ……次こそは、何としても先に食料を見つけなければ……)
「これもおいしいのです……もぐもぐ……」
草むらから小さな実を取り、頬張っている。
「何故だ! なぜ、すづに勝てない!」
「五十鈴さん……」
「何だ! 次は何を食っている!」
「向こうに家が建っているのです」
指差された方向の木々の間から、僅かに見えるのは、山間の小さな村であるのか、木造の小さな建物が疎らに立っていた。
「しめた、村があれば、何か食料にありつけるぞ」
「ご飯なのです」
辺鄙な所にあるだけはあって、随分と寂れた村だった。
しかし、それでも人が住んで居るのだ、食料くらいは分けてもらえるだろうと、端にある一軒の家へと向かって行った。
「ごめんください」
声を掛けるも返事が無い、留守なのかと思い強めにドアを叩くと、立て付けの悪い扉は、ギィと音を立てて開いた。
「ひぃ、どうか、あと少しの猶予を……」
悲鳴を上げたのは、老夫婦と、二人の間で怯えたように身を縮めた美しい娘だった。
みすぼらしいと言えるほど質素な老夫婦の格好と不釣り合いなほど着飾った娘であったが、幸せとは程遠い真っ青な表情で、メソメソと泣き崩れていた。
「何もそんなに怯えなくとも。俺は、通りすがりの旅の者だが」
「そうでしたか、てっきり、お迎えが来たのかと……、旅の方ですか、見ての通り立て込んでいまして……」
「なるほど、盗賊でもでるのか? いや、俺も少しは腕に覚えがある。もし厄介事なら、力になれるかもしれんぞ」
「それが、実は、この村では、山の神に毎年捧げものをしているのですが、今年は家の娘を生贄に差し出せと、仰せつかりまして……うぅ、両親にも先立たれ、この娘があまりにも不憫で……」
「ほう、それはまた随分無茶な事を言う神だな。その山の神は、どんな姿をしているんだ?」
「姿は、誰も見たことがありません、山の神の祠に、捧げものを納めて置くといつの間にか、無くなっているのです」
「姿も分からぬ神に、生贄の娘か……こいつは怪しいな。まぁ、例え山の神だろうと、娘を要求するような邪神は、捨て置けんな……俺に任して置け……」
――ドンドン。
荒っぽく叩かれた扉が、返事を待たずに開かれた。
そして、手に長い棒を持った男が遠慮もなく押し入って来る。
「生贄の娘はどこだ!」
脅すように声を荒げる男たちに、老夫婦は押し黙ったが、その間には美しく着飾った娘がいた。
「お爺さん、お婆さん、お世話になりました。どうか悲しまないで私は山の神の元へといってきます」
「あぁ……」
しおらしく別れの挨拶を済ます娘に、老人は、悲しみのためか口数も少なく、娘から視線を逸らす。
「さぁ、私を山の神の元に連れて行きなさい」
娘の毅然とした態度に、恥じ入ったのか、武器を手にした男たちも床に目を伏せた。
「さぁ!」
娘が前に詰め寄り、男の眼前に逞しい胸板が迫る……。
「おい、爺さん、娘はどこだ!」
「目の前にいるだろう、なんで、お前は目を反らすんだ?」
娘の逞しい腕に両肩を掴まれた男は、助けを求めて仲間を見回していたが、視線をそらされ観念したのか、恐る恐る、顔を上げた。
そこには、美しい衣装から肩の筋肉がはみ出し、呪いの面のように化粧を施された、五十鈴の姿があった。
「お前のような娘が居るか!」
「どこからどう見ても、生贄の娘だろう! さぁ、早く連れて行くんだ」
「爺さん、お前もこれが娘だというのか!」
「え……あっ……まぁ……」
老人は歯切れも悪く、視線をそらしていた。
「生贄なのです。娘なのです。すづもお化粧を手伝ったのです」
男たちの視線が一斉にすづに向けられていた。
頭が引っ付くほど寄り合って、こそこそと話し出す男達。
「どうする? あれは連れて行ってもな……」
「少し小さいが、これでいいんじゃないか?」
「そうだな、とりあえず何も見なかった事にして……」
話のまとまった男たちは、胸を張って並び、一息つくと、仰々しい態度で話し始めた。
「我らが、山の神の生贄となる娘を連れて行く。では、ついて参れ!」
「やっと出発か、待ちわびたぞ」
こうして、五十鈴とすづは、村の中心を通る道を歩き、山の神の祠へと連れていかれたが、生贄の娘のあまりにもの幼さに、同情を禁じ得ない言葉が方々から漏れていた。
「あのような幼い娘が生贄とは……」
「歌まで歌って……生贄の意味も分からぬ幼子に、何と不憫な……」
だが、例えどれ程胸を締め付けられようとも、彼らにそれを止める術は無かったのだ……。
そして、その後ろを歩く五十鈴の姿を目にして、言葉を失っていた。
「おかーちゃん、あれ、なに~?」
「しっ! 見ちゃだめよ……」
人々に見送られ、山道を登り祠まで来ると、武器を持った男たちも、落ち着かない様子でソワソワとしはじめ、五十鈴達と供え物を狭い建物の中へ押し込めると、急いで村へと引き返して行った。
「いけーにえー、いけにえーにえにえ、にえたかどうだかたべてみよー、……もぐもぐもぐ……」
「すづ、山の神がいつ出て来るのか分からんのに、その緊張感の無い歌はやめてくれ」
「……モグモグ…………はっ……」
お供え物を端から食べている、すづの手が急に止まった。
山の神が姿を現したのかと身構えるも、辺りには何もいない。周囲を警戒しつつも、そっと、すづに問いかけた。
「どうした、すづ?」
「おかわりが来るのですか! 急いで食べてしまわないといけないのです」
「おかわりじゃない! 生贄を食べに山の神がくるんだよ」
「すづの生贄が食べられてしまうのです! 今のうちに全部食べてしまうのです」
(結局食うのか、この際、生贄はすづの方だとかはどうでもいいな、全部食うと、山の神が出てこなくなるんじゃないのか? ……ほっとくと本当に全部食べてしまいそうだしな)
「なぁ、リエナにも持って帰ってやらないといけないから、全部食べるんじゃないぞ」
「はい、袋に詰めておくのです」
どこから持って来たのか、大きな袋に御供え物を詰め込んでいたが、半分は自分の胃袋に詰め込んでいるようであった。
(まぁ、良しとするか……)
しかし、安心したのもつかの間、どこからか麝香の様な臭いが漂ってくる……。




