幼き神
PCのモニターが立てる音がジジジーンと耳に残り、頬にはキーボードの跡がくっきりと残っていた。
「またやっちまった……」
いつの間にか寝落ちしていたらしい、PCの電源を落として一眠りするかと、欠伸をしながらモニターに目を向けると、見慣れないウインドウが開いてあった。
『貴方が何も望まないなら、世界を救ってください』
その文字の側に派手な衣装の女の子のイラストが描かれている。
「広告か? こんな物クリックする程、暇ではない」
ウインドウ事消してしまおうとしたが、イラストの女の子の懇願するような表情が、妙に引っかかる……。
「広告とはそう言う物だ、誰が押すものか……」
消してしまえば済む事だと、カーソルを動かしていたが、軌跡の重なる『はい』のボタンを知らぬ間に押してしまっていた。
――その瞬間、世界が入れ替わった。
テーブルの上に置かれたモニターも、見慣れた部屋の壁も無い。
そこは冷たい床と暗い空の広がる何もない空間だった。
「よくぞ来てくれました……」
目の前に不意に姿を現したのは、広告の側で祈るようなポーズを取っていた女の子であった。イラストで見るよりも随分幼く見える少女は、見た目とは裏腹に大人びた声で語り始めた。
「私の名はエディシア。この世界の……、かつて、この世界の神でした。人々は幸せに、安寧と安らぎの元で暮らしていましたが、……ある時、この世界に人々を堕落させる邪神が現れたのです」
「人々の心は荒み、大地は荒廃し、この世界は今滅びようとしているのです」
「……どうか、この世界を救ってください」
少女は跪き、祈る様に手を組み合わせて懇願していた。
「力になってあげたいけど、俺に、邪神を倒すのは無理だと思うし……他を当たってくれるかな?」
「……どうか、世界を救ってください」
「えーっと、だから、俺はただの人間で、世界は救えないと思うけど……」
「……どうか、世界を救ってください」
「ごめんなさい、無理です」
「……どうか、世界を救ってください」
「あの……聞いてる?」
「……どうか、世界を救ってください」
「出来れば家に帰りたいんだけど、ここどこかな?」
「……どうか、世界を救ってください」
「いや、ほんと無理だし、帰るから」
「……どうか、世界を救ってください」
その言葉だけを繰り返す、少女の瞳は、深い憂いを秘めて、真直ぐに彼を見つめていた。
ひたすら懇願するしか出来ぬ彼女の背負った宿命に、深い悲しみの宿る瞳に、背を向ける事など出来なかった。
「……あぁ、わかったよ」
「ありがとうございます!」
飛び跳ねて喜ぶ彼女の瞳に希望の光がきらめく。
「私には、何も出来ませんが、せめてこの羽織を持っていってください」
手渡された布を受け取ると、突然、床が抜けたように、体か宙に浮く。
「……この世界を頼みます…………」
ゆっくりと落ちて行く耳に、彼女の言葉が残っていた。




