終章 星空の向こうに
さて、ここまでお付き合いいただいた読者諸君には、まず感謝を申し上げたい。
6歳の少女が、見知らぬ誰かへ送った「おともだちになってください」という、たった一通の手紙。
それは、やがて二つの宇宙を結ぶ壮大な物語となった。言葉を知らなかった者同士が、数字を交わし、知識を分かち合い、互いの存在を理解していく。少女は成長して科学者となり、遠い宇宙に暮らす友人へ恋をした。
そして、彼女が贈った名前は、長い時を経て、星の彼方へと旅立った。
なんとも不思議な話である。
もっとも、この物語を荒唐無稽な空想だと笑うのは、少々早計かもしれない。
時は西暦2026年10月。
人類は今なお、地球外に知的生命体が存在するという確かな証拠を手にしていない。だが、それは存在しないことの証明ではない。単に、我々がまだ発見できていないだけなのかもしれないのである。
そもそも、人類は自分たちの常識を、宇宙の常識であるかのように考えがちだ。
例えば、呼吸。
我々人類にとっては、生きるために欠かせない行為である。しかし、どこかの系外惑星に暮らす知的生命体からすれば、我々が当たり前のように繰り返している呼吸という行為は、排泄行為と同じように見えているのかもしれない。
地球人という生物は、なんとまあ、四六時中そのような行為を人前で繰り返しているのか。
実に品のない生命体である。
などと、宇宙のどこかで学術論文が発表されている可能性だって、想像するだけなら自由なのである。
さらに言えば、文章を使って情報を伝達するという行為そのものが、彼らにとっては極めて原始的な通信手段なのかもしれない。
言葉を一文字ずつ並べなければ、相手の考えを理解できないとは。
地球文明も、まだまだ発展途上である。
などと評価されている可能性もある。
ただし、ここで誤解のないよう申し伝えておくが、筆者は決して文章という文化を否定しているわけではない。
何しろ、ここまでの物語も文章によってお届けしているのである。自らの商売道具を原始的だと断じてしまっては、いささか立場が危うい。
さて。
宇宙というものは、はっきり言って、よくわかっていない。
わかっていないことが、あまりにも多い。
我々が観測できる範囲の外側に何があるのか。宇宙はなぜ存在するのか。時間とは何なのか。そして、この広大な宇宙に、我々と同じように誰かを想い、言葉を交わそうとする存在がいるのか。
人類は数多くの理論を築き、観測を重ねてきた。それでも、答えの出ていない問いは山ほど残されている。
そんな宇宙を、今夜は少しだけ見上げてほしい。
もっとも、現代人には現代人なりの悩みがある。
やれ、星が欲しい。
やれ、PVが伸びない。
やれ、感想が来ない。
せっかく書いた小説に反応がなければ、誰だって落ち込むだろう。筆者とて、その気持ちを笑うつもりはない。
しかし、宇宙の広さを考えてみれば、どうだろう。
地球という小さな惑星の、そのまた小さな画面に表示された数字である。
いや、当人にとっては決して小さな問題ではないのだが、少なくとも宇宙の側は、PVが一つ増えたところで膨張速度を変えてはくれない。
「AIに感想を読ませました」
そんな感想をいただいたとしても、6個入りの一口アイスを頬張りながら、思わず笑い飛ばしてしまえるくらいの壮大さを、この星空は持っているのではなかろうか。
もっとも、アイスを吹き出すのはおすすめしない。宇宙の神秘を前にして、掃除の手間まで増やす必要はないのである。
だが、ここで一つだけ、忘れてはならないことがある。
「手紙は、返事がなくても手紙である」
あの6歳の少女は、相手が誰なのかも、返事が届くのかさえも知らずに、たった一通の手紙を送った。
それでも、その手紙は確かに存在した。
誰かと友達になりたいという、小さな願いが込められていた。
小説も、同じではないだろうか。
誰かに伝えたいことがある。見せたい景色がある。知ってほしい気持ちがある。だから、言葉を選び、文章を綴り、まだ見ぬ誰かへ送り出す。
読まれるかどうかは、わからない。
返事が来るとも限らない。
それでも、書いたことそのものが無意味になるわけではないのである。
ひょっとすると、その言葉は何十年も先の誰かへ届くかもしれない。あるいは、たった一人の心に残り、その人の人生をほんの少しだけ変えるかもしれない。
もちろん、何も起こらない可能性だってある。
それでも構わないではないか。
宇宙に向けて手紙を送った少女と同じように、我々もまた、誰かに届くことを願って言葉を送り出しているのだから。
さて、そろそろ筆を置くとしよう。
今夜、あなたが見上げる星空の向こうには、まだ誰も知らない物語が眠っているのかもしれない。
もしかしたら、どこかの誰かが、あなたからの手紙を待っているのかもしれない。
そして、その誰かもまた、返事が来ないことに少しだけ拗ねているのかもしれない。
なんとも、不思議な話である。
それでは読者諸君。
今宵も、よい星空を。




