↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙の境界に 君の名を  作者: 南馬一六三


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/7

序幕  届かない返事

 西暦2156年の秋、渡部夏世奈(わたなべかよな)は自宅の寝室で、静かに人生の終わりを迎えようとしていた。

 81歳になった彼女の髪はすっかり白くなり、かつて望遠鏡を操り、数え切れないほどの数式を書き連ねた指は、今では薄い掛け布団の上で小さく震えている。頬は痩せ、深い皺が刻まれていた。それでも、窓の向こうに星を見つけたときの眼差しには、幼い頃から変わらない好奇心が残っていた。

 枕元には、長年使い続けてきた通信端末が置かれている。

 夏世奈(かよな)はゆっくりと手を伸ばし、受信履歴を確かめた。最後の通信から、すでに何年もの月日が過ぎている。かつては数日で交わせた手紙も、やがて数週間、数か月、そして数年を要するようになった。今では、返事が届く頃まで自分が生きていられるかもわからない。それでも、端末を手放そうとは思わなかった。


「返事は……まだ来ていないよね」


 夏世奈は、決して不幸な人生を送ったわけではなかった。

 幼い頃から夢中になった宇宙の研究に生涯を捧げ、多くの仲間と出会い、幾度となく未知の発見に胸を躍らせた。自分が解けなかった問題に若い研究者たちが挑み、新しい答えを見つけていく姿も見届けた。

 まだ知りたいことは尽きない。けれど、自分の知らない未来にも、研究を続ける誰かがいる。そのことを、彼女は嬉しく思っていた。

 人の命には限りがあり、科学の営みには終わりがない。

 長い研究生活のなかで、夏世奈はそのことを誰よりもよく理解していた。


 ただ、あと1通だけ、読んでみたい手紙があった。


 窓の向こうには、秋の星空が広がっていた。

 夏世奈は枕に頭を預け、静かに瞬く星々を眺める。幼い頃、星の名前を教えてくれたのは父だった。庭に古い望遠鏡を持ち出し、冷たい夜気のなかで熱いコーヒーを飲みながら、どんな質問にも辛抱強く答えてくれた。

 父の声も、手の温もりも、今では遠い記憶のなかにある。それでも、あの夜に見上げた星空だけは、少しも色褪せていなかった。


「やっぱり、時間は待ってくれないね。私、一足先に星になっているからね。陽呂(ひろ)」


 人類は長いあいだ、あの光の向こうに誰かがいるのかを問い続けてきた。

 1977年、アメリカの電波望遠鏡が、いて座の方向から強い電波信号を捉えた。記録を調べた天文学者が余白に書き残した「Wow!」という驚きの言葉から、のちに「ワオ!シグナル」と呼ばれるようになった電波である。

 ただ1度の記録から、その正体を突き止めることはできなかった。

 それでも人類は観測を続け、答えのない宇宙へ問いかけてきた。


 では、もしあなたが宇宙のどこかにいる誰かへ手紙を送れるとしたら、何を伝えるだろう。

 相手の姿も名前も知らず、返事が来る保証もない。それでも最初の1通を託せるなら、どんな言葉を選ぶだろうか。


 その問いに、迷うことなく答えた少女がいた。

 75年前、西暦2081年の秋。


 まだ6歳だった渡部夏世奈である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
返事が届くかもわからない手紙を、人生の最後まで待ち続けるところが切なかったです。宇宙への好奇心と、陽呂からの返事を待つ気持ちがどう結びついていくのか、6歳の夏世奈が何を送ったのか気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。