第一話 静かな旅の始まり
春。
観光学科へ入学した
佐久間義弘は
大学のキャンパスで履修登録に苦戦していた。
大学の最初のガイダンスを受け終えると、
気づけば
周りではもう友達同士の輪が出来始めていた。
周囲では同じ新入生達が、
「どこ遊びに行く?」
「旅行とか大学生だし、やりたいよな」
「うっわディズニーとか行きてぇ」
など盛り上がっている。
義弘も旅行が好きだが、
会話には入らない。
理由は高校時代。
修学旅行で同じグループの人達から、
「お前の行く場所、全部じじぃ臭いしおもんなくね?」
「それな、普通こんな寺とか神社とか行かねぇよwww」
「義弘って変わってるよねw」
と言われ、
自分の趣味は同じ新入生の
人達とは合わないと引きずっていた。
初の大学はガイダンスだけで終わったので、そそくさと帰路へと着く。
大学を出た義弘は、
駅前へ向かう人混みから少し外れ、
一本裏の通りへ入った。
新歓帰りの学生達が、
居酒屋やカラオケの話で盛り上がっている。
「大学デビュー成功じゃね?」
「とりあえずインスタ交換しよ」
そんな声を横目に、
義弘はリュックの肩紐を軽く握り直した。
別に羨ましくない、
……と言えば嘘になる。
けれど、
無理に輪へ入ろうとは思えなかった。
「腹減ったな……」
独り言を漏らしながら、
義弘はスマホを取り出す。
開いていたのはSNSではなく、
今期アニメのまとめサイトだった。
昨夜リアタイ出来なかった作品の感想を流し見しながら、
ふと関連リンクに表示された記事へ目を止める。
『埼玉県秩父市 アニメ聖地巡礼マップ』
「……あ、秩父だ」
その名前を見ただけで、
頭の中に景色が浮かぶ。
山に囲まれた町。
ローカル線。
昔ながらの商店街。
少し歩けば川と自然。
アニメの聖地としても有名だが、
義弘にとってはそれだけじゃない。
キャンプ場も多いし、
川釣りも出来る。
神社やお寺、温泉だってある。
「西武線で行けるし、意外と安く回れるんだよな……」
自然と頬が緩む。
さっきまで大学で感じていた居心地の悪さが、
少しだけ薄れていく。
そのまま義弘は、
帰路の大型ショッピングモールの中にある
アウトドアショップへ足を向けた。
店内へ入ると、
壁には寝袋。
棚にはランタンや調理道具。
中央には大きくテントが張ってある。
高校時代から何度も通っている、
義弘にとって落ち着く場所だった。
「お、可愛いランタンだ」
小さく呟きながら、
手に取って眺める。
隣にはソロ用コンパクトチェア。
軽量、
持ち運び特化、
ゆったりと出来る形状。
そんな説明文を読むだけで、
何故かワクワクする。
大学の講義より、
よっぽど真剣に見ていた。
「春なら秩父でも夜いけるか……」
頭の中では、
もう次の旅が始まっている。
昼は聖地巡礼をして、
夕方には温泉に入り、
夜はキャンプ場で焚き火を眺めながら、
カップ麺を食べる。
朝になったらまた温泉に入って、
西武線のラビューで帰る。
誰かと騒ぐわけじゃない。
自分を写真に撮って映えを気にする訳でもない。
でも義弘にとっては、
それが最高に楽しい時間だった。
店を出る頃には、
空は少し赤く染まり始めていた。
義弘はリュックから小さなノートを取り出す。
そこには今まで行った場所や、
行きたい場所がびっしり書き込まれている。
『秩父市 キャンプ』
『フェリー旅』
『城巡り』
『温泉街食べ歩き』
ページをめくりながら、
義弘は小さく笑った。
「……大学生になったし、もっと遠く行けるな」
その目は、
少しだけ期待に輝いていた。
日曜日。
まだ空も薄暗い早朝。
佐久間義弘は、
静かな最寄り駅のホームに立っていた。
時刻は朝五時過ぎ。
通勤時間にはまだ早く、
ホームにいる人影は少ない。
ベンチではサラリーマンが一人、
缶コーヒーを飲んでいるだけだった。
義弘はリュックを足元へ置き、
小さく息を吐く。
リュックの中には、
・着替え
・一眼レフカメラ
・モバイルバッテリー
・テント
・ランタン
・シングルバーナー
・寝袋
・マット
必要最低限の荷物だけ。
大学生になって初めての、
本格的な一人旅だった。
「……なんか、修学旅行よりワクワクするな」
誰にも聞こえないように呟く。
やがて、
電車が静かにホームへ滑り込んできた。
ドアが開く。
義弘はそのまま車内へ乗り込んだ。
早朝の電車独特の静けさ。
窓の外では、
春の朝焼けが少しずつ広がっていく。
子供みたいに少しテンションが上がる。
窓の大きな車両へ乗り込み、
窓際へ座る。
発車ベル。
静かな加速。
都会の景色が、
少しずつ後ろへ流れていく。
義弘はスマホで、
今日回る場所を再確認する。
午前は三峰神社。
昼は聖地巡礼。
夕方は温泉。
夜はキャンプ場。
完璧だった。
「こういう予定考えてる時間、
一番楽しいんだよな……」
自然と笑みが漏れる。
その時。
前の席に座っていた女子二人組の会話が、
ふと耳へ入った。
「秩父って何あるんだろ」
「長瀞のライン下りだけじゃない?」
「まあ、日帰りなら十分っしょ」
悪気のない会話。
でも義弘は、
心の中で小さく反論する。
違う。
秩父にはもっと色々ある。
山の空気。
静かな神社。
温泉。
芝桜。
ローカル線。
それに――
“何もない感じ”がいい。
そう思っている自分に気付き、
義弘は少しだけ笑った。
昔なら、
「変なのかな」と気にしていた。
けれど今は、
そこまで嫌じゃない。
むしろ、
自分だけが知ってる楽しさみたいで、
少し誇らしかった。
窓の外。
ビル群は消え、
山の景色が近付いてくる。
春の光に照らされた景色を見ながら、
義弘はカメラを構えた。
「……よし」
大学生活最初の一人旅が、
今始まる。
最近は異世界系の作品が多いですが、
「異世界へ行かなくても、この世界にはまだまだ楽しい場所がたくさんあるんじゃないか」
そんなことを思いながら、この作品を書き始めました。
山や温泉、ローカル線、静かな街並み。
何気ない景色の中にも、きっと“旅の楽しさ”はあると思っています。
少しでも「こういう旅いいな」と感じてもらえたら嬉しいです。
面白いと思っていただけた方は、
評価やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!




