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第八十二話 家族愛

「ひまりちゃん。きみに、伝えたいことがあって来たんだ」


「何も、聞きたくないです。出ていって、ください」


 ひまりは顔を伏せたまま、冷たく言い捨てた。


「やだよ、ここまで来んのにどんだけ命張ったと思ってんだ。伝えるまで出ない! あ、やっぱりここって精神世界? っつっても、家賃は払わないから! タダで居座らせてもらいます!」


 む! とアイスケは口を尖らせ、家にいる時みたいに踏ん反り返って座った。


「だから、早めに折れた方がきみのためだと思うけど?」


 片目だけ閉じ、皮肉を込めた言葉を投げて、わざとらしくも圧をかける。


「……………………」


「……………………」


 沈黙は、続けば続くほど空気が重くなっていく。

 頭のヒマワリは、満開に咲いているのに、彼女自身は、萎れた花のように縮こまっていた。

 まるで、咲くのを諦め、水も光も拒み、誰も知らない道端で枯れゆくことを選んだ、哀れで臆病な一輪の花。


 あんなにたくさん咲いた笑顔も、全部なかったことにするのか。


 そんなの、認めるものか。


「ひまりちゃん、勇者になる夢、諦めちゃったの?」


 ひまりは、黙っている。


「パパみたいな、強くて優しくて立派な勇者になるんじゃなかったの?」


 ひまりは、ずっと黙っている。


「月降ろし、できるようになるんじゃなかったの?」


 ひまりは、ずっとずっと黙り込んでいる。


 ガラスの向こうでひまりの母が手を振り、アイスケはひらひらと振り返した。


 覚悟はしていたが、全く攻撃性を感じない。


 悪魔の幻術とはいえ、ここはひまりの理想の世界。


 言っていた通り、彼女の母は心優しい性格の持ち主なのだろう。


「夢より、ここを選ぶの? ニセモノのママと一生を過ごすことが、ひまりちゃんの望んだ道なの?」


 ぴくっ、と、それもかすかに頭が揺れて、ひまりは反応を示した。



「ひまりちゃん、気付いてないの? ここにいるママは、ひまりちゃんの尊敬するママとは別人なんだよ?」



「…………かっ、てる」


 ひまりの口から、聞いたこともない鋭く尖った声が絞り出た。


「そんなのっ!! 分かってるよっ!! 幻だってっ!! ほんとのママじゃないって!! 分かってるよぉっ!!」


 振り上げた顔は、何日間も泣き明かしたやつれた乙女ように、ボロボロに、濡れて。


「………でも、だっこ、してくれた………」


 言葉を覚えたばかりの、幼い子供のような、辿々しい潤み声で、また、濡れて。


「キスをして、だっこをして、おはようって、おやすみって、そっと、囁いて……それ、だけ、なのに……凛さんもしてくれた、それ、なのに………はじめて、震え、が、止まった………ずっと、止まらなかった………ひまりの、訳のわからない、弱くて、情けなくて、恥ずかしい、苦しくて、呪いみたいな、震えが…………初めて、止まった」


 ぽろり、ぽろり、と、壊れた蛇口みたいにしずくはこぼれて、それと一緒に、ぽつり、ぽつり、と、少女は淡々と言葉をなぞるように吐き出した。


「だから、それは、…………出来損ないのひまりに、意味を、くれた………初めて、大声で泣いても………勇者の娘として、あるまじき言葉を叫んでも……何もかも、だっこして、受け止めてくれた………出来損ないのひまりを、出来損ないでいいって、言ってくれた、弱い弱いひまりに………それでも、いいって、そのままで、いいって………ひまりの………ひまりの、一番欲しかった言葉を……ママは、簡単に、魔法みたいに、くれた……」


「その魔法は、幻術だよ」


 くっ、と歯噛みして、ひまりは立ち上がった。


「分かったようなこと、言わないでッ!! ひまりのママのこと、何にも知らないくせにッ!! ひまりの気持ちも、何にも分からないくせにッ!!」


 ひまりの張り詰めた叫び声を真正面で浴びながら、アイスケもそれに応えるように、立ち上がった。


「ずっと怖かった! 勇者の娘だからって、周りから期待の目で見られて、パパとの訓練も厳しくて! 凛さんの監視にもうんざりで! でもそんなことよりも、ずっと、ずっと怖かった!!」


 ひまりの声は張り上げるほど、軸が震えていく。


 握りしめた拳も、ふるふると力が抜ける。


「ママに会いたい…………そう言っちゃいけない現実が、しっかりしなきゃって、無理やり押し込んだ痛みが、怖かった! だって、そんなこと言ったら、勇者の娘として失格だから………何より、パパも凛さんも悲しむから! ずっと言えなかった………!!」


 また、目の縁から涙が溢れ出た。


「でも、本当は………ママに会いたかった………ずっとずっと、会いたかった………我も忘れて、甘えたかった………小さな子供みたいに、抱きしめてほしかったの………」


 嵐の夜のように、涙は降り続けた。


 小さな水たまりを作るほど、涙は広がり続けた。


 それを拭ってあげられるほど、まだ距離は許されていないけど───アイスケは、ただ素直に、頷いた。


「うん、分かるよ」


「簡単に言わないで!!」


「俺もだから」


 迷いもないアイスケの強い言葉に、ひまりの泣き顔が、凍りついた。


「俺も母ちゃんに会いたい。まだ顔も、名前も、声も知らない母ちゃんに会いたい。兄ちゃんたちが嫌がるから言えないけど、父ちゃんにだって会いてえよ。この世界では宿敵だって言われるけど、俺にとっちゃ一人だけの父ちゃんだ。会いたい………会ってみてえよ! 俺も、親が恋しくて恋しくてたまらねえんだ!!」


 それは、幼き頃から抱えていた嘆き。

 吐き出したくても吐き出せなくて、ぶつけどころを見失った迷子の気持ち。


「親がいる子が羨ましい。親の悪口言ってる子が妬ましい。親に抱かれてる子に替わってみたい…………そうだよ、本音を言っちまえばないものねだりで、いつまでも駄々こねてる、俺も、ひまりちゃんも、そんな哀れな子供だよ………」


 アイスケは悲しくとも笑った。

 ひまりの涙目が、少しでも乾いてほしくて不器用に笑いかけた。


「だめ、なの………?」


 ひまりは泣きながら、問うた。


「ママに会いたいって思う、この気持ちは………だめなの? ママの夢を見ていたいって思うひまりの願いは、いけないものなの?」


 親に尋ねる子供のように混じり気のない眼差しで、問うた。


 アイスケは首を横に振る。


「だめじゃない、いけなくもない。言ってもいいんだ。甘えてもいいんだ。小さな子供になってもいい。だから、ママを思うその気持ちは、そのままでいい。ありのままでいいんだ」


 アイスケは両手を広げて、言った。


「でもさ、ひまりちゃん。よく周りを見てみろよ、よく耳を澄ませてごらんよ」


 そう言って、アイスケは、高らかな歌声を響かせる。


 すると、背景に色がついて、線が動き、シルエットが浮かび上った。


 ひまりは目を瞠る。


 凛が、大地を駆けている。


 痛ましいほど、傷だらけの凛。だけど、いつもと変わらぬ鬼の眼光で風を駆け抜け、大太刀を振るい、獣を薙ぎ払っていた。


 また、悪魔の兄弟たちも重ね重ねに映り、戦場で荒れ狂った姿を見せていた。


 皆、血を浴び、汗に塗れ、呼吸が乱れ、それでも、骨が軋む足を止めない。



「きみは、一人じゃない」



 仲間に背中を預けたアイスケは、今度は胸の方を、前へと、進み出す。


 鼓動に合わせて、ひまりの方へと歩み出す。


「きみのために、命を張ってでも戦おうとしてくれる人がいる。きみには、尊敬しているパパがいる。言ってただろ? 凛さんは、きみにとってお姉ちゃんみたいな存在だって。凛さんに聞いてみたら、ひまりちゃんは家族以上だ! 半端な風に言うな! って俺怒られちゃったよ」


 はっ、とひまりが息を呑む。


「みんなきみの家族なんだ。ひまりちゃんはひとりぼっちじゃない。いつでも、どんな時でも、見えない時でも、守られている。ほら見ろよあんな必死な凛さん。ひまりちゃんのためなら、どんな敵だって立ち向かえる。怖いとも思ってないんだ。ひまりちゃんは、こんなにも愛されてんだよ。ママだけが、家族じゃない」


「凛、さん………何で………?」


 ひまりはガラス越しの凛を見て、小首を傾げる。


「ひまり………あんなにひどいこと、言ったのに………たくさん、傷つけたのに…………」


 伸ばしかけた手を、ひまりは躊躇いの表情を見せて止めた。


 アイスケは、柔らかく微笑む。


「そりゃあ、ママに勝てる存在なんてこの世にいないかもしんねえ。どう考えたって、代わりなんていねえ。母親はこの世でたった一つの愛だ。俺だって、そう思ってるよ」


 でも、と続ける。


「その代わりになろうとしてくれる人たちがいる。こっちがどれだけボロクソ言って、八つ当たりして、逃げて………それでも笑顔で帰りを待ってくれる人たちが、ひまりちゃんにはいる。俺にだっている」


 アイスケは顔だけ振り返って、ガラスに映る兄弟を見た。


「俺にとって、兄ちゃんと姉ちゃんがそうだった。俺のほしがる母ちゃんの愛をくれて、俺の憧れる父ちゃんの背中を見せてくれた。喧嘩もする。殴り合いだってする。家もめちゃめちゃだ。崩壊しちゃったことも数え切れねーくらいだよ………っていうか今も」


 にしし、と自嘲めいた笑みを零す。


「でも、周りに後ろ指さされても、陰口叩かれても、痛くても、苦しくても、涙が出ても、俺のここにはいつだって愛がある。だから怖いものなんて何もない。何を失っても、絶対に失わないものがあるから」


 とん、と自分の胸を軽く叩き、目に強い光を宿して、アイスケは言い張った。


 やりどころの失った手を困ったように見つめるひまりに、今度はアイスケが問いかける。


「ひまりちゃんは、まだ怖い?」


 その揺れる瞳を覗いて、問いかける。


 ひまりは、中途半端に伸ばした右手の手首を、左手で掴んで引き戻した。


「こわ、い」


 淡々と、答えた。

 震える掌で、震える手首を弱々しく握って。


「凛さんが、大好き。パパが、大好き。みんなも、アイスケくんも、こんなにも、私を大切に思ってくれることが、とても嬉しい。涙が出るくらい、嬉しい」


 笑っているのに、心から笑えていない。

 引きつった笑みを見て、アイスケは思った。


「でも、ママを………ママの夢から離れていくのが、こわい。今感じる、ママの温もりが、消えて、いなくなって、ママが、ひまりのママが! 遠くへ行ってしまうのがこわくてたまらない! だからひまりは、ママを選ぶ! ママを選びたい! 例えニセモノでも、ひまりの頭に残るママを離したくない!!」


 うん、とアイスケはにこにこと頷く。


 その手を、震える左手を、そっ、と、優しく、でもしっかりと、握った。


 びく、とひまりは小さく跳ねる。


 こんなに温かい部屋なのに、彼女の白い手は積もったばかりの雪のように冷たかった。


「大丈夫、離さなくていい。ひまりちゃんのこの手は、ずっとママと繋いでいこう」


 へ? とひまりは首を傾げた。


「消えないよ。いなくなったりしない。ママの温もりは、この手の中にずっとある」


 ぎゅ、と左手に温もりを与える。

 でも、言葉の通り、この手はこの子のママのものでもあるから。

 彼女の後ろで儚げに見つめる母にも笑みを見せて、アイスケはもう一度頷き、手を離した。


「だから、こっちの手も忘れないで」


 あの時伸ばしかけた右手を、アイスケは握った。


「こっちの手には、あの怪力な凛さんがギュッと痛いくらい握りしめている。英雄のきみのパパも握りしめている。きみを思うたくさんの人たちが、握りしめている。今、俺も、加わって、握りしめている」


 ぐっ、と、力を込めた。


「ママの手も離さない。こっちの手も離さない。そりゃ離そうと思えば、いくらだって振り払えるよ。でもな、ひまりちゃん」


 また泣き出しそうに潤んだひまりの瞳を、射止めるように見た。


「家族の愛ってのは、クソうざいほどべったりくっついて離してくれねえんだよ、これが」


 にっしっし〜、と息を漏らして、我ながら生意気に笑う。


「バカヤローって、何百回叫んだって………ボロクソ吐いて、八つ当たりして、なりふり構わず逃げたって………そこに、いるんだよ。そこに、いるはずなんだよ、ひまりのちゃんの、家族の愛は、ひまりちゃんの、その、胸の真ん中に、ずっと、ずっと、根付くように、それこそ、呪いみたいに、咲いてるんだよ。潰したって、散らしたって、また芽吹くよ。クッソうっざいほど、そいつは、そいつらは、そいつらだけの、叫びが、永遠に咲いていくんだよ。どれだけ忘れようとしたって………何度も逃げようとしたって…………きみの、その、胸のどっくん、どっくん、ってした、大きな音が、命の音が、消えようとしたって…………消えてしまっても………その花だけは、消えない。消せないんだよ」


「そんな、わけ、が………」


「本当に消せないよ。だって、今のひまりちゃんを見てごらんよ、死んでるじゃないか」


「………え………」


「ひまりちゃんの心は、死んだはずだ。心は、心臓と同じ。もう抜け殻だよ。ひまりちゃんは、一度、死んじゃったんだ。シャドウに器を奪われて、ひまりちゃんっていう心まで、殺されてしまったんだよ」


「あ……あ……」


 ねえ? と、母が子に囁くように、アイスケは静かに言って、ひまりの焦点な合わぬ、ぐらぐらと揺れる眼差しの瞳を覗き込んだ。まるで、狂って回る月のようだった。


「ひまりちゃん、落ち着いて、ゆっくり、ゆっくり、落ち着いて」


 アイスケが、まるで背中をさするような優しい声で、ひまりの胸に呼びかける。


 はっ、はっ、と、苦しそうに上下する命。


 それは、触れられない。

 まだ、許されては、いない。


 だから──この手を、この手だけを強く握ろう。


「うん。大丈夫。大丈夫だよ。ひまりちゃんは、死んで、音が消えて、いなくなろうとして、それでも、それでも、消えなかったんだね? その声が、聞こえたんだね? 俺たちの叫ぶ、くっそうるせー声が、ひまりちゃんへの愛の叫び(ラブコール)が…………返事をしてくれたんだね、ありがとう」


 うん、うん、と、振りかける頷きは、まるで母のように、優しく、父のように、強く。


 兄のように、姉のように、頼もしく────


 そんな「代わり」になれたら素敵だけど、


 でも、やっぱり、ふさわしいのは、


 とっておきの、一番は、


 この子の、ヒーロー、のように、


 いいや、ヒーローに──なるんだ。


「どうして………くれたの?」


 ひまりは、問う。


 不安定な眼差しが、ゆらゆらと、夜闇に這い上がる淡い色がつき始めた月のように。


 アイスケの、その後ろの、抗い続ける凛を見て、問いかける。


「どうして………そんな言葉をくれたの。どうして、みんなは………そうなれるの………だって………あり得ない。ひまりは………パパの手紙も無視して、凛さんの声も無視して、死んだママの幻に逃げようとしてる! 今も逃げようとしてる!! ひどいことも言った!! たくさんの人を傷つけた!! 裏切った!! いっぱい、いっぱい裏切ったっ!! 今も裏切ってるんだよぉっ!! そんなひまりを、みんな愛するわけがッ」


「愛するに決まってんだろバカ!!」


 悲しい叫びに返した、血が滲むよう怒声。

 びくっ、と震えるひまりに、それでも、絶対に離さないとばかりに右手を強く握る。


「家族の愛は、無償なんだ。何も持ってなくても、愛になる。背中を向けても、愛になる。裏切りなんてなんぼの話っての! 生きてるだけで裏切られまくってんの! それが、嫌だーっ! って、見ないふりして忘れたふりして逃げて! ヤケになって、もう愛さないんだって! 空睨んで神を恨んで!! 投げて潰して壊したボロっちい絆の!! その! カケラの中に………!! ちっぽけな愛の記憶が、しつこいってくらい、こびりついてんだよ」


「そん、な……そんなっ………」


「あるんだよ。残ってるんだよ。ひまりちゃんのこの右手には、今も」


 脈打つように、ひまりの手を握ると、彼女の口はひゅっ、と短い息を呑んだ。


 でも、と、アイスケは続ける。


「そうやってさ、何もかも放り投げて逃げてるうちは、俺もきみも何一つ分からない子供だよ」


 何万回も家族に背を向けたら、何億回もキスれた。

 過去を振り返ると、自分は幼稚で、勝手で、聞かん坊で、恩知らずな悪ガキだ。今だって、無茶言って家族に頼ってばかりの甘やかされたクソガキだ。


「でもね、ふいに、自分から愛おしいと思えた時………初めて、家族の重みを感じるんだ。ありがとうって、ごめんなさいって、たくさん言えるようになるんだ。なぁんにも、いらない。なぁんにも、もらえなくったって、いい。好きだっ、大好きだっ、超好きだっ! ずっと、ずっと、ずぅーっと、そばにいたい! 一緒にいたいそれだけでいいそれだけでいいからっ! って、願って、寄り添って、ただ、ひたすら、愛したくなるんだ……」


「無償の、愛………」


 ひまりはゆっくりと呟いた。


 少し考えたような顔をして、おずおずとアイスケの方を見る。


「それ、は………アイスケ、くんも?」


「俺はね、波だらけだよ。大好きー! って縋ることもあれば、死ね! って悪態つくもある。バカな子供なんだ」


 情けないことに、自分でも、自分を嘲笑ってしまう。


「でもそんなバカを、バカな兄ちゃんと姉ちゃんは、愛してくれた。キスをしてくれた。何もかも許してくれた」


 兄が口付けした頬を、片手で撫でた。

 涙の跡はいずれか乾くけれど、この愛情の感触は一生消えない。死んでも消えない。


 死んでも、消えなかった。


 嫌だって時も、きっと消えてはくれないんだろう。

 

 今も鳴り響いている命たちのざわついた音が────ここに、ずっと。


「だから俺は、それを無償の愛だと信じてる。その世界一不格好で、ダサくて、ウザいくらいの愛こそが、無敵の家族愛なんだって」


 この温もりは消えないから、そっと手を下ろして、


「ひまりちゃんも一緒だよ」


 ぺちっ、とひまりの柔らかいほっぺたを、軽く叩いた。


 もう片方の手で、彼女の右手を握りしめた。


「例えきみがこのままシャドウに身を委ねても、真っ青になったきみを、きみの家族はキスして、その手を繋ぐよ。死んじゃったママも、嫌われた凛さんも、遠くにいるパパも、ずっと! 巻き込まれにやって来た大バカヒーローの俺たちもっ! もう共犯者だっ! ひまりちゃんがどんだけグレまくって反抗期ぶっ放そうが! 泣き叫んで罵倒して振り回そうが! もうこの手は、誰も離さないっ! だぁーれも離してくれねーよっ!! 何度死んだって、また死のうとしたって、何百回でも何千回でも何億回でもっ!! その腑抜けたからっぽな抜け殻に爆音の愛の叫び(ラブコール)鳴らし続けて叩き起こしてやんよっ!! 分かったかっ!! この幸せもんがぁっ!!」


 皮肉を込めて、意地悪く笑って、むにむにと頬を弄る。


 ふぇ、と嗚咽が漏れて、その頬に大粒の涙が伝った。


 その泣きじゃくる顔を、先に崩してしまおうと、くちゃくちゃに撫で回した。


 不細工になるまで弄くり回した。


 よく、兄にされたように。


 そんな兄のように、朗らかに笑ってみせた。


「きみがどうなろうと、きみは愛されてる。それだけ、きみに伝えたかった」


 ひまりの顔はすでに涙の雨で崩壊してしまい、元の可愛い顔に修復するまでは時間がかかりそうだ。


 アイスケは一筋の涙を指でなぞり上げ、顔から手を離す。


 そして、両手でひまりの右手を包み込んだ。


「ひまりちゃんは今、この手に何を感じる?」



 彼女の背後には、母が名前を呼ぶ。


 彼女の目前には、少年の温もりがある。


 少年の後ろには、家族と、仲間が駆け回っている。


 それぞれの声が、まるで断崖絶壁から呼びかけているようだった。



「何も、感じない? きみはまだ逃げられる?」


 アイスケは、躊躇なく両手を離した。


「今俺の言った言葉を、全部忘れてみる? それでもいいよ。これは、きみが決めることだ。きみしか、選べないルートだ」


 余すことなく言い切った。

 すべて、息と共に、吐き切った。



「今からきみがその手を、自分で、動かすんだ」


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