第五十二話 未来の勇者様
「そういうひまりちゃんはどうなんだ?」
「へ?」
「未来の勇者様なんだろ?」
「………………」
ひまりの顔が、徐々に怪しげに曇っていく。
下手な作り笑いを浮かべて、クッキーをつまもうと伸ばした手を遠慮がちに引っ込めた。
さっきまであんなに無邪気に笑ってたのに、その笑顔も哀れなほどに強張っている。
「私には…………才能がないんです」
下を向きながら、ひまりはポツリと呟いた。
「幼い頃から、何をやってもダメでした。魔法も、剣術も、体術も、子供ができる護身術さえ、何度やってもダメダメなんです」
「幼い頃って………ひまりちゃん、今も幼いんだから、焦りすぎじゃ」
「私、アイスケくんと同い年ですよ?」
「はぁ!?」
腹の底から絶叫した。
身長百三十センチの自分より拳一個分小さいこのミニマムサイズの幼女が、同い年?
遠目で見たらマスコットなんかにも見える。
アイスケはここに来てから二度も現実を疑った。
「ちっちゃすぎるから………てっきり、ぴかぴかランドセルの一年生かと………」
「むぅ、失礼ですね! ちっちゃいなんてアイスケくんには言われたくありませんよぉっ」
「いやいや俺には大人顔負けの色気がありますから」
「いろ、け………? どんな色ですか?」
「あ、やっぱりいいです。話を続けましょう」
さっそく小汚いことを吹き込んでしまい、背後に鬼がいないことを確認してから、一息ついた。
「十三歳の勇者の娘が、月降ろしもできないんです」
「月降ろし………?」
「煌一族特有の聖魔法です。パパは、初等部に入ってすぐに習得したと聞きました」
「まぁ、魔法には個人差があるわけだし………それ言っちゃあ俺も魔王の子だけど黒血もマトモに使えねーよ?」
励ましの気持ちで言ったが、ひまりは辛そうに苦笑を浮かべた。
「いつか絶対に、パパのような強くて優しくて立派な勇者になるんだって!…………そう、口では言ってるんですけど………」
力強く上を見上げる視線は、途端に覇気をなくして下を向いた。
「現実を考えれば、無理だって…………心のどこかでは分かっているんです」
あどけない顔をして、大人のようなことを言って。
大人びているように見えて、精一杯背伸びしているのがバレバレで。
突いたら今にも壊れそうなガラス細工のような脆い眼差しの少女を覗き込んで、アイスケは言った。
「なれるよ」
清々しい口調で返す。
「だってひまりちゃん、走ったじゃないか。あの時」
初めて出会ったあの日の記憶が蘇る。
「たくさんの魔獣に囲まれて、騎士様に縋ることだってできたのに………ひまりちゃんは、自分の体質のせいだって全部抱え込んで、一人で走った。ほんっと、バカだよ。軽率すぎ。命知らずにもほどがあるっての」
「ううっ………」
重石のようにのしかかる罵倒に、ひまりは小さく呻く。
「でも、ひまりちゃんはそうやって、みんなを守ろうとしたんだろ?」
あの横目で見た、怯むことなく地の果てまで突き進む眼差しが忘れられない。
「魔法もろくに使えないのに、その小さな体を張って、止まることなく走った。町のみんなを守りたいっていう強い気持ちが、痛いくらいに伝わったよ」
あの隣で感じた、血湧き肉躍る鼓動が忘れられない。
「あの時のきみの目は、俺にとって、戦場を駆ける勇者みたいに見えた!」
ふぁ、とひまりは口を半開きして、満月の瞳に潤んだ底光りを見せた。
「だからきみはなれる。今がどうだから決まるわけじゃないよ。中学生なんてまだまだ成長途中だぜ? 胸と同じく」
「ひゃあぁぁぁぁっ! ああああの発言は忘れてくださいぃっ!」
「へへっ、むしろこれからだってことなんだよ。魔法も、剣術も、体術も。だからひまりちゃんは、ダメダメなんかじゃない! 魔王の子が言うんだから、間違いありませんっ!」
えっへん、と腰に手を当て胸を張るアイスケは女の子っぽく真似するにもわざとらしくて、ひまりはぷっと吹き出した。
「……………ありがとう。アイスケくん」
「のーぷろぶれむ! だぜ!」
二人は表情を崩して、弾けるように笑うのであった。




