第二十話 ラブラブコンビの逆襲
「ふぎゃっ!」
一瞬、風にビンタされたと思うくらい頬肉が歪んで、視界が竜巻の如く暴走する。うぇっ、と吐き気が催した。ピタッ、と、激しい揺れも突として止まって、アイスケは気付いたらキッチンの隅っこまで移動していた。
どうやらユウキに抱えられたまま神速で逃げ切ったようだ。
見上げると、目を瞠った。
天井が、ない。
隕石が降り落ちたかのようにぽっかりと穴が空いて、バラバラになった木材やガラスの破片が床に散乱している。
そして。
「………え? 何これどういう状況」
ちょうど上の階にいたミントが瓦礫の山に落っこちてきた。首にはおやすみシロクマちゃんのアイマスクがずり落ちている。きっと爆睡中だったのだろう。その割にはだいぶ反応が薄いが。
「なっ………!」
アイスケはさらに驚異の目を瞠った。
瓦礫の中に、昨日の夜に買ったばかりのちゃぶ台が乾物の如くぺちゃんこに潰れていたのだ。
「八十三代目のちゃぶ台があああああああああっ!」
「えっ、そっち? 二階から落っこちてきたお兄ちゃんよりちゃぶ台の心配?」
八十三代目は、たった一日で寿命を迎えてしまった。まだ、一家団欒の景色すら見ることもできずに。こんな残酷な最期を遂げるなんて。アイスケは唾を飲んで、バニラを見る。
今のはきっと、威嚇だ。奴が本気を出せばこの程度の被害では収まらない。鬼畜王子の脅威を知らしめて、完全に屈服させようとしているのだ。次は、どこに風穴を空けようか、そんな虫をいたぶるような目で嗤っている。
(あれ?)
だがアイスケは、ある違和感に気付く。リビング全体は足の踏み場も危険するほどの惨状だ。
ただ、テレビの周辺を除いて。
そういえば、バニラは最初のテレポート連打の時もあの辺りには飛ばなかった。ライゴウを放つ時も、あえて反対方向のベランダ側に矛先を向けていた。
わざとだ。
彼が今唯一、恐れているものがある。
にやり、とアイスケは口端を歪ませた。
「兄ちゃん、俺にいい考えがあんだけど………」
こっそりとユウキに耳打ちする。うん、うん、と兄は弟の言葉を逃すことなく聞き入れると、やがてイタズラを思いついた子供のように笑った。
「仲良く作戦会議か? 懲りねえガキどもだな」
バニラは鼻を鳴らして、電気網を張る。
攻守一体の黒魔法。
アレを突き破る力は二人にはないし、死ぬ気にだってなれない。
だけど、二人の少年は不敵に笑った。
バニラが眉をひそめる。
「何企んでんのか知らねーが、これ以上抵抗すんなら俺も手加減できねーぞ? ガキなら可愛く泣きついて命乞いの一つでもしてみろ」
「そうだね…………いくらあがいたって、俺とアイちゃんのラブラブコンビじゃ大悪魔様には敵わない。自慢の速さでも勝てないし、攻撃一発当てることもできない」
この状況、バニラの言うことが正論だ。
これ以上争っても、時間も命も縮めるだけ。今ならまだ、鬼畜王子の逆鱗に触れずに済む。
「だけど」
「だけど! 俺たちぁバカなガキだから、やられっ放しなんて面白くねー生き方、性に合わねーんだよ!!」
「!」
駆けた。
ユウキの風のような走りで、風圧に髪を逆立てながら、最後の抵抗に賭けた。
男には、意地でも負けられない戦いがあるから!
「ねえお兄ちゃん! こーゆーのは、ゾクゾクしない?」
テレビの前からUターンしたユウキが手にチラつかせたのは、ゲームソフト。
確か、新作のゾンビパーティー、とか言っただろうか?
「クソガキがッ!!」
鬼畜王子の顔に初めて狼狽の色が滲み、弟二人はニヤニヤと笑った。
殺意のスイッチを踏まれたバニラは、空間移動で飛ばしてユウキの背後に迫り、容赦なく首を腕で締め上げた。
「くっ………うっ………へへっ」
頸動脈を締め付けられ、息苦しさに喘ぎながらも、ユウキは僅かな笑みを口に浮かべる。
「ねーねーお兄ちゃぁーん!!」
テレビの前から、歌うような愛らしい声。
食いつく眼差しで振り向くと、バニラは顎が落ち、目を見開いた。
「こーゆーのは、も〜っとゾクゾクしなぁい?」
天真爛漫を絵に描いたように、ぴょんぴょんとアホ毛を揺らして飛び跳ねる末っ子。
その傍らには、強靭なオーラを放つ新勢力、VRマシン。
刃の切っ先の如く閃く尾がゆらゆらと接近する。
「テメェッ!!」
「ちょっと行かないでよお兄ちゃ〜ん」
「どけッ!」
激しい剣幕で身を乗り出すバニラに、解いた腕をじゃれつくように引っ捕えるユウキ。
「構ってくれないなら、俺が先にこのソフトで遊んじゃうよぉ?」
「!」
「でも俺遊び方分からないから、間違って壊しちゃうかもねぇ? イヒヒッ」
「チッ!」
捕らえる側が、捕らわれる側へと形勢逆転した瞬間。
「わぁ、これがVRゴーグルかぁ! かっけーっ!」
アイスケは素知らぬ顔をして、ゴーグルを目の位置まで持ってきた。小さな顔にはフィットせず、両手でつかみながら体ごと回すようにして視線を走らせる。
「よっ、と」
ゴーグルを当てたまま、ベルトコンベア状の踏み台に飛び乗った。
ほっ、ほっ、ほっ、とランニングマシンの上を駆けるように大げさに足踏みする。
「三百六十度全方位に走って、リアルに迫り来るゾンビを撃ち殺す! だっけぇ?」
「おいクソチビ!! 殺すぞ!!」
「えー違うでしょぉ? 殺すのはゾンビでしょぉ? バカんなっちゃったのお兄ちゃぁん?」
アイスケの煽り性能は爆発的に上昇していた。
「ヘイ、ゾンビはっけーん! 部屋はざつぜーん! アイちゃん銃は使えませーん! ヘイ第八王子の必殺技はぁ?」
ラップを口ずさみながら、バネのように跳ね上る。
ぐるんぐるん! と背を丸めて高速回転し、小さな悪魔は尻尾を鞭にして振るい落とした。
「にっしゃ────────!!」
金属音が地をつんざき、新勢力が真っ二つ割れる。
機械の断面が露わになり、まるでまな板の上で削がれた生肉のように脆く崩れ落ちた。




