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第十一話 ダークヒーローで悪いかっ!

 覚悟を飲み込んだその一刹那、風を切る音が鼓膜を叩いた。



「え?」


 切れたのは、魔獣の首だった。


 まだ受け身を取っていない。


 牙に触れられてすらいない。


 待ち構えた激痛も、皆無。



「遅くなってごめんね、アイちゃん」



 触れたのは魔獣でも地面でもなく、兄ユウキの温かな腕の中だった。



「にい、ちゃん…………来てくれたのか!」



 ユウキは二人を両手に抱き上げ、優しい笑みを浮かべている。


「俺だけじゃないよ」


  辺りをゆっくりと見回すと、目を瞠った。


  黒野家の十人兄弟が、ファミリーズのメンバーが、全員集合していたのだ。


「ラムにいから、アイちゃんがまた無茶しようとしてるって家族のグループメッセが来たから、みんなで探し回ったんだよ? ヘルハウンドの群れぶっ倒して、やっと駄菓子屋に着いたと思ったらアイちゃんいなくて、守さんがこっちの方向まで走って行ったって聞いてね。まさかこんな大群の相手をしてるとは思わなかったよ」


  ユウキは言って、アルゴスを見上げた。


「おいアイスケ! テメェ弱っちーくせに意地張ってんじゃねーよ!! ったく、最初から素直に泣きついてくりゃ余計な手間も省けたってのに」


「そーゆーフウちゃんも泣きそうなツラで探し回ってたなぁ〜うぎゃっ!!」


「うっせ黙ってろコウガ!!」


  双子の兄のコントのような会話に、思わず唇が綻びる。


(ああ、そうか)


  アイスケはふと、当たり前のことを思い出した。


(ヒーローは、一人じゃねーんだ)


  この十人の悪魔が、世界を救う。


  そんな狂詩曲を作ったのは、紛れもない自分だったのだ、と。


「リーダー! 指示を!」


  ボディスーツの袖を引き締めて、ベリーが大声を放つ。


  にっしっし~、とアイスケは息を漏らして笑った。


「まずはこの元凶の巨獣アルゴスをうちのエースに討伐してもらう! それから」


  ズドォン!! 黒い雷が目前で降り落ちて、瞬きする間もなくアルゴスは黒焦げの死骸になった。


「………………」


「で、それから?」


 うちのエースは言うまでもなく、兄弟最強の男、鬼畜王子こと四男のバニラだ。


  土手の上で棒付きキャンディーを舐めながら、少し気怠そうな顔でこちらを見下ろしていた。

  そういえば昼間もこいつに殺されかけたんだったと、封じ込めていたトラウマが今の雷鳴で蘇った。


「お、お、お仕事早いのはいいことだねぇ~、でも今のは危うく可愛い弟も死体にしちゃうところだっかなぁ~?」


「んなヘマはしねーよ。俺の命中率ナメてんのか?」


「いや今日駅前で思いっきり電撃ぶっ飛んできたんだけど!? ギリッギリのカッスカスだったんだけど!?」


  あ? と殺気の孕んだ目で睨まれ、びくっ! と体が縮こまった。


「え、えーと、それじゃあ……」


 ビクつきながらも、指示を続ける。


「今のバニラ兄ちゃんの一撃で、魔獣どもの催眠術も解けたはずだ! たぶん、混乱して逃げ出すヤツもいると思う。絶対に移動させずに、この河原を完全包囲したうえで討伐してほしい。仕切りを作んのはユメカとユウキに任せた」


「は~い!」


「アイちゃんとその子の護衛は?」


「それはうちのエースに………ひっ!」


 神速で目の前まで迫り来たバニラの威圧感に、またビクついた。


「て、空間移動テレポート………相変わらずお仕事がお早いことで……」


「チョロチョロ動いたら殺すぞボケェ」


「はぃ………」


  魔獣より護衛の方が怖いな、とアイスケは心の中で呟く。


「う………」


  女の子がゆっくりと目を開いた。


  両方の瞳にも黄金の輝きを取り戻している。


「大丈夫?」


「は、はい………」


  呆けたように口を半開きにしているが、ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、ひゃい! と肩が跳ねて大きな返事をした。


「兄ちゃん、ありがとう。下ろしてくれ」


  ユウキがそっとしゃがんで、アイスケは地面に足をつき、女の子の体を支えながら下ろした。


「あ、ありがとうございます。あの、アルゴスは……?」


「後ろ。もう倒したよ」


「ひぇっ!」


  女の子は後ろの黒焦げになった巨獣の死骸に身震いし、さらにに悪魔の姿の十人を見て小鳥のような悲鳴を上げた。


「ふ、ぇ? 何で……何が……だれぇ?」


  小動物のようなリアクションに、アイスケはクスクスと笑った。


「大丈夫。みんな俺の兄弟だから」


「きょう、だい。じゃあ、この人たちも、魔王の子………?」


「そ。俺と違って最強無双の、魔王の子さ」





「ユメカ、準備はいい?」


「おっけーだよ~!」


  河原の土手の上で、ユウキがユメカを赤ん坊のように縦抱きした。


「しゅっぱ~つ!!」


  掛け声のあとに、ユメカは口内を噛んで、頬を膨らまし、ブシュッ! と墨色のスライムを地面にめがけて噴き出した。

  同時にユウキが地を蹴ると、疾風の如くスピードで、円を描くように駆けていく。


  一瞬の間に、河原を囲む黒血の沼が完成した。


  錯乱状態のヘルハウンドが、河原を飛び越えようと沼を踏むと、その足に黒血が絡み付く。次々と沼に踏み落ちる逃亡者たちは、蟻地獄に嵌った蟻のように、粘着質な泥に飲まれて地中に沈められていった。


「何だかお腹空いてきちゃった! 魔獣のお肉って、美味しいのかな?」


「こらこらダメだよユメカ。あんなの食べたらお腹壊しちゃう。帰ったらベリー兄の手料理が待ってるから、ね?」


「わ~い!! いっぱいお肉食べるぞ~!!」


  ユメカは抱きかかえられながらバンザイして、ユウキはクスッと笑みを漏らした。


「よし! 仕切りはできた!! 兄ちゃんたち!! あとは思う存分やってくれー!!」


  リーダーの合図に、悪魔たちは奮い立った。


「フウちゃんフウちゃん! どっちが多くぶっ倒せるか勝負しよーぜー!!」


「あ? 負けても後悔すんなよ?」


  双子は嗤って、両手の爪をかじった。


  根本から先にかけて、ぐわん! と長く湾曲な黒血の爪が伸びる。

  肉食獣をも上回る鉤爪を両手に、双子はヘルハウンドの大群に向かって走って、急所を切り裂いた。


  兄のフウガは、一撃の威力が強烈だった。

  心臓を的確に狙い、貫くと肘まで肉に食い込むほど、凄まじい腕力を持ち合わせている。


  弟のコウガは、とにかくすばしっこかった。

  一発の殺傷力は兄より欠けるものの、駆け回るチーターに匹敵する速さで、右、左、右、左と矢継ぎ早に引き裂き、上からの不意打ちには頭突きで返すほど獣じみた戦術が体に染み込んでいる。


「最後の一匹!! あれ倒せば俺の勝っち~!!」


「うっせーどの道俺の勝ちだ!! お前ちゃんと数えてねーだろ!!」


「数えたし!! 三までは数えたし!!」


「それ数えたことになんねーよバカ!!」


「バカ言うな!! フウちゃんのうんこ!!」


  ズコッ!! と地面を突き破るような爆音に、双子は振り返る。


  最後の一匹は、ココロの黒い鉄拳で沈められた。


「男って、マジでバカね………」


  そう言って颯爽に髪を掻き上げる妹に、二人の兄は返す言葉も出なかった。




「ヘルハウンド全滅!! ご苦労さん!! あとのケルベロスは年長組に任せたぜ!!」


「了解です」


  リーダーの指示に、長男のベリーが潔く返事をする。


  三頭犬の三倍の咆哮を浴びても、不敵に笑ってみせた。


「上級魔獣ケルベロスとご対面とは、随分と久方ぶりですね。せっかくなので自己紹介でもしておきましょう」


  ベリーは腰にぶら下げた黒漆の剣の柄に触れる。と思いきや、柄を手放して、親指を斜めに振ると、その手から黒血を圧縮させた細長い剣が生まれた。


「王族の威厳を示すためにも、今日はこちらで迎え撃ちましょうか」


  ドクドクと波打つほど黒血の漲った剣を構えて、ベリーは言った。


「ディアボロス家の長男、ですが今の名は黒野 ベリー。夢はギャルゲーの主人公になること。愛するものは美女、ハーレム、そして家族! ファミリーズの切り込み担当、いざ参ります!!」


  ベリーが地を蹴ると、ケルベロスの群れも攻勢をかける。明らかに多勢に無勢、魔獣の重なる影に埋め尽くされてしまった。


  ベリーは剣を上下左右に振るう。


  長さ一メートルの剣で、敵の喉にも届かないはずの距離だったが、振るった瞬間、ケルベロスの素っ首を次々と刎ねた。


  赤と黒の血飛沫が飛散する中で、ベリーが突き上げた剣は踊る大蛇の如く長く、太く、ゆらゆらとなびいていた。


  ゴロゴロと大量の首が転がり、仲間の死体を目の当たりにした残る魔獣は、背中を丸めて逃げ出した。


「仕切りはありますが、チョロチョロされると面倒ですねぇ。ラム!」


「分かってる」


  次男のラムが、白衣を翻して飛び跳ねた。


  空中から両手をかざすと、指の間から黒い針が高速に狙撃され、ケルベロスの背中を射抜いた。瞬間、嗚咽するような金切り声が数多の口から飛び出る。


 傷口から血気盛んな瘴気が噴き出ている。黒血を圧縮させた毒針は、魔獣の厚い皮膚さえも無惨に溶け崩した。


「えーと、ファミリーズの解析&発明担当、次男の黒野 ラムです。好きなものは研究、実験、巨乳、兄さんの手料理、あと家族でーす。って、これいる?」


  もう敵は完膚なきまで打ちのめし、名乗りを聞き入れる相手などいない。


 バサバサ、と草を揺らす音がするまでは、誰もがそう思っていた。


「うわぁ、しぶといねぇ」


  ケルベロスの鬣から離脱した、蛇たちだった。


  草むらの影から、獰猛な牙を剥き出しにして、瘴気玉を浮かべた。


「ミント、お前久しぶりの外出なんですから、少しは体を動かしなさい!」


  ベリーはずっと土手の坂に寝っ転がっている三男のミントに、強く言い放った。


「え~、やだ。めんどくさいよ」


「ダメです。行きなさい!」


「日光浴びすぎて動けないぁ~い。灰になっちゃ~う」


「ミィちゃぁん?」


「うぇっ………」


  ベリーの黒い笑みに、ミントは口がひくついた。


「今回もまた僕のカードで許可なく馬鹿高い金額で買い物しやがったそうじゃありませんかぁ。さてこの賠償はニートのお前にどう払えるものでしょうねぇ~」


「う~っ! 分かりましたぁ! やればいいんでしょやれば!」


 ミントは苦々しい顔をして、親指を手の中に入れ、軽く握った。


  パチン! とコインを投げるように親指を弾くと、放たれた黒血が空中で微細に散布され、霰の形態と化して蛇の口にめがけて降りかかった。


  ガラスの破片を混ぜるような金切り音と一緒に、瘴気玉もそれを勝る瘴気に押し潰され、蛇は黒血の雪に埋もれた。


「ファミリーズの自宅警備担当、三男の黒野 ミントで~す」


「自慢になってませんよ………」


「好きなものは昼寝、マッサージ、ラーメン、家族。あとバニちゃんと遊ぶこと!」


「チッ………」


  ミントのにっこり笑顔に、バニラは決まりが悪そうに顔を背けた。


「うっし!! ケルベロスも全滅ーっ!!」


「す、すごい………これほどの数を一気に………」


  ガッツポーズを取るアイスケと、目をぱちくりさせる少女。


  その小さな二人に、大きな影が覆った。


「え?」


  見上げると、見覚えのバッチリある目玉づくしの巨獣が…………。


「ぎゃああああああああああああああっ!!」


「あ、アルゴス!! に、二体もっ!?」


「ちょっ! 目ぇ見ちゃダメ!!」


「いやああああっ!」


「えっ、えっ、この位置目元で合ってる? 目瞑ってるから見えない!」


「あああなたが触ってるのは私の胸ですうううう!」


「えっごめん! あまりにぺったんこだったから………」


「し、し、失礼ですよぅーっ! 最近僅かな成長を迎えたばかりなのにーっ!!」


  あたふたとする二人に、バニラがキャンディーを吐き捨て、その背中を触れる。瞬間、虚空に消えたかと見せた三人は、五十メートル先の土手の坂まで移動した。人界、魔界とも使い手の限られた異能力、時空間魔法の空間移動テレポートだ。


「チョロチョロすんなっつったろバカヤロー」


  バニラは両手を広げると、十本の指から黒くて硬い糸状のものが突き出た。


  ワイヤーの形態をした黒血は、瞬時に敵の方へ伸びて、縛られたハムみたく巨体の肉に纏わりつく。


  巨獣アルゴスの百の目が、バニラ一点に向いた。


  キュッと瞳孔を開き、飛び出るくらい目を剥き出す。


「その程度の眼力、俺には効かねーよ雑魚が」


  バニラの瞳はアルゴスよりも濃く、紅く、煮えたぎるような血色に染まっていた。


「くたばれクソボケ」


  両手を交差させ、黒光りする十本のワイヤーが巨体を丸ごと引き裂いた。


  ボタボタと巨なる肉片が川に落下する。


  血塗れで瘴気塗れの戦場と化した河原。

  だがそこにはもう人ではない吠え声や、不穏な足音もなく、涼しい風と川のせせらぎだけが残る静寂感を取り戻した。


「やっ、と、終わった………」


  アイスケは力が抜けたように、草原の上で大の字に寝転がった。


 そして、遠くまで届くほどの声量で叫んだ。


「討伐完了!! みんなーっ! お疲れ様ーっ! マジでありがとなーっ!!」


  にかーっと笑ったあとに、ふわぁ、と大きなあくびをする。遊び疲れた子供のように。


「あ、あのぅ………」


  その横顔を呆然と眺めていた少女が、問うた。


「ん~?」


「あなたたちは、何者なんですか………?」


  とても聞き慣れていて、かつ全身が漲り渡るような言葉だった。


 にっしっし~と息を漏らして、少年は笑う。


「俺たちはファミリーズ」


  傷だらけの手を伸ばして言った。


「きみの、ヒーローさ」

お読みいただき、ありがとうございます。

 

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