第二十話 お姫様ポジションも危険あり
ぐぅ〜ぎゅるるるぅ、と壊れたラッパのような凄まじい腹の音が鳴る。
黒野家の次女、腹ペコ悪魔のユメカは半泣きだった。
「もーっ!! 何でこんなについてくるのーっ!?」
彼女の背後には、ざっと五十を超える数のトカゲの大群が気味の悪い大合唱をぶちまけながら追駆していたのだ。
その腕の中に、ひゃいっ、と少女が小鳥のような声を上げた。
「おっ、おおおお姉さんっ! この体勢はそろそろ恥ずかしいのですぅ!」
勇者の一人娘のひまりは、魔王の娘のユメカにすっぽりとお姫様抱っこされるというカオスな逃避行をかれこれ十分以上は強いられていた。
その小さな顔は真っ赤に染まり、くすぐったいように唇がふにゃふにゃに緩んでいる。
「だってこの方が速いんだ………もんっ!」
クルッと軽やかにアクセルジャンプして、ユメカは歯噛みした口からスライム状の黒血を放つ。
ブチャ! と背後の大群を地へ縫い付けて、華麗に着地した。
ズサズサズサ、と砂を擦る足音。
そう、このリズミカルな抵抗をかれこれ二十回は繰り返しているのだ。
迫り来る新たな群れに、ユメカはい〜っ! と苛立たしげに歯を剥いて、また走り出した。
「変態ストーカーさん並みにしつこすぎるよ〜っ!」
「す、すみません………たぶん、私の体質の原因です………このファイアドレイクには、魔除けも効かないようで………」
と、ひまりは首にかけた薄緑色の翡翠を弱々しく握る。
魔獣に狙われやすい特殊体質のひまりにとって、強力な魔除けになるはずだった。
だが、運悪くこの襲撃者はまれの「例外」に当たるようだ。
「これらはすべて無限の分身です。尻尾に火が灯る『本体』を倒せば、すべて解除できるかと」
「本体ってどこにいるのぉ………匂いで分かるかなぁ? クンクン………」
走りながら、ユメカは犬のように鼻をひくつかせる。
クンクン、クンクン、小さな鼻は空気を思い存分吸ったあとに、徐々にひまりの方へ寄る。
「ひゃっ!」
鼻と鼻がくっついて、ユメカはペロリと舌なめずりした。
「んん〜? 何だかあなたいい匂い………美味しそぉ〜………」
ヨダレを垂らしながら犬歯をチロチロと舐めるユメカは、恍惚とした顔を寄せ付け、
ねろぉ、とひまりの細い首筋に舌を這わせた。
「ひゃぁぁぁぁぁぁ〜っ!! アイスケくぅぅぅぅんたすけてぇぇぇぇぇ!!」
ぴくり、とアイスケは耳を揺らす。
「何か………今、ひまりちゃんの悲鳴が聞こえたような………」
ズタボロになった食堂で、置き土産の分身どもと奮闘する脳筋チーム。
「バカね! あの子はとっくの前にユメカが避難させてるわ。そんな近くにいるわけないでしょ」
敵を鉄拳で吹っ飛ばしたあとに、ココロが呆れるように言った。
「んー…………でも何か嫌な予感が…………」
「ユメカの腕を信じなさいよ」
「いや、それは十分信じてるんだけど………」
「……………そういえばあの子、とんかつ食べ切れてなかったわね…………今頃お腹空かしてんじゃないかしら」
「やっぱ俺行ってくるっ!! めちゃくちゃ危険な想像が過った!!」
アイスケは踏み台代わりにトカゲを尻尾で弾いて出口の方まで一っ飛びし、食堂を抜け出た。
「ちょっと!! 一人で行ってどうすんのよ!? アンタは避難勧告対象でしょーが──────っ!!」




