第九話 鬼の焦燥
カツカツ、カツカツ、来客室の中、荒々しい足音で幾度も往復する女がいた。
ピチッとしたジャケットに尾状のテールもピンと張った燕尾服を着て、背中には二メートルもの大太刀を苦とも思わないような颯爽とした動きで背負っている。
煌家に仕える鬼執事の名で恐れられる、霧崎 凛だ。
シンプルなインテリアに飾られた安らぎの感じさせる部屋の中、彼女の表情は今にも豪雨が降りそうな黒雲の如く曇っている。ゴゴゴ、と空が鳴く音が聞こえそうなほど、殺気立つオーラを放っている。
時計を見ると、十二時前。そろそろ三時間目の授業が終わる頃だろうか。
声一つない、潮が引いたような静寂。
唯一鳴るのは、時計の音。
チクタク、チクタク、針は整列に回って────
「あ〜〜〜っ!! じっとなどしていられるか──っ!」
副担任の百合子からは、授業が終わるまではこちらでお寛ぎくださいと言われた。ご丁寧に緑茶と和菓子まで用意されて。
だが思えば、いたずらな脱走を除いて、ひまりお嬢様と行動を別にするなど、今までにない体験だ。彼女が幼い頃から当然のように、食事も、入浴も、時には眠る時も一緒。凛にとってお嬢様は、唯一無二の存在だ。
いくら学校の校則だろうと、己の命よりも大事なお嬢様と、六時間以上も引き離されるとは耐え難い生き地獄だった。
無論、彼女の決心を聞いた時は涙腺も崩壊して、身を粉にしてでも力添えしたいと誓った。が、学校に行くとなると、怒涛のように不安も押し寄せる。
自分にも要因はあるだろうが、お嬢様は無知で無垢な、世間知らずのお嬢様。何より世界一、いや宇宙一の美少女だ。
そんな彼女が、こんな広大な校舎の中、それも狼同然の不良も含まれた中高生の集団に放り込まれるなど、従者としては用心堅固。
「私がしっかりしなくては………!」
そう壁を睨んで拳を握った時、チャイムが鳴った。
廊下から生徒の声が沸き出てくる。
「今日のアニ研、楽しみですな〜」
「うんうん、劇場版ホシキュラのDVD観賞ですぞ〜」
何やら小太りの男子生徒が二人、ニタニタと怪しい笑みを張り付けている。高校生だろうか。
「早期予約特典にはキュラピンクの限定フィギュア付きでしたぞ〜」
「ふっふっふっ、僕はキュライエローですぞ」
「おおっ! 推しキャラですな!」
「ふふふ、これで嫁のフィギュアは二十七体目!」
「尊いっ! 尊死っ!」
(何語を話してるんだこいつらは………)
「やっぱり! ツインテールロリっ娘はたまらんですな!」
思考回路が一時停止していた凛も、この言葉には強く反応を示した。
「ツインテールはマジ神っ! 幼女だからこそ光る萌えの武器ですぞ〜!!」
「分かる〜! ツインテールロリっ娘マジ天使! 欲を言えば中身はお嬢様な清純派で辿々しい敬語で喋るとなおよし!」
「敬語ロリっ娘!! ギャップ萌え〜!!」
「「萌え〜!!」」
二人の生徒の前に、電光の如く速さで、鬼の執事が大太刀を振りかざした。
「よく分からんが貴様らはお嬢様を狙う害虫だァッ!! 斬るッ!!」
「「ギヤァァァアアアアアアアアアッ!!」」
「霧崎さん、新しいお茶をお待ちしました……って何事ですの────!?」
戦々慄々に逃げる生徒たち、刀を振り回す鬼の眼光の執事。衝撃の光景に、百合子は今日で二度目にすっ転んだ。




