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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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なるべくしてなったとしか思えません



「……クリス?」

「あ、あぁ、何でもない。……気のせい、だと思う」


 イリスが声をかけるとそこでようやくこちらの存在に気が付いたようだったクリスの反応に、もう一度暖炉の上の鏡を見る。

 何の変哲もない鏡、のはずだ。


「どうやらこの部屋に鍵はないようだな」

 いつの間にやらテーブルの下に潜り込み、色々メモを見ていたレイヴンがテーブルクロスを押し上げるようにして出てくる。


「あったのは精々人間関係に亀裂が入りそうなメモばかりだ」

「Wが関わっているならここにいたであろう人達が死んだ可能性もあるけど、これはむしろその前に関係悪化してここを出て行ったかもしれない気がしてきたね」


 レイヴンがテーブルの上にメモをずらりと並べてみせる。

 そこには暖炉の中で拾ったメモも含まれているのだろう。焼け焦げた破片のようなものもあった。

 何となくそのメモを見ると、もう酷い事になっていた。

 ちょっと前まで見かけたメモやら日誌では考えられない程の罵詈雑言。お互いがお互いを罵り合い、ちょっとした修羅場となっている。


「最初から開いてた部屋で見かけたメモにもこれに近いのはいくつかあったけど……あれはまだ可愛いものだったね」

「恐らくは、メモだけで済んでいないだろうな、この様子だと」

 言って、クリスとレイヴン、二人そろってメモへと視線を落としたままだ。


「…………」

 その様子を少し離れてイリスが眺める。ちらっと見ただけで色々酷すぎる内容が目に入ってきたので、イリス本人はそこまで熱心にメモを見るという事はしなかった。

 正直な話、あまり見たいものでもない。




 ――同時刻。

 アーレンハイド城 琥珀騎士団団長執務室にて。


「唐突に押し掛ける形になってしまいましたね。ごめんなさい」

「いや……構わないが、何かあったのか?」


 普通の机よりも大きめに誂えてあるはずだがそれでも小さく見える机に、これでもかと書類が積まれているがその事態に本人は何一つ気にした風もなく、先程訪れたばかりの婚約者に視線を向けた。

 今の所訓練など合同で行うようなものはなかったはずだし、討伐遠征ももう少し先の話だ。彼女がそれ以外でここに来るような事はなかったので、本当にそれは唐突な訪問だった。


「私事で申し訳ないのですけれど、琥珀騎士団員の名簿を拝見させていただけないかしら?」

「……名簿を? それは構わないが……」

 一体何に、とグレンが言葉を続けるよりも先に、

「確認したい事があるのです。然程重要な事ではない、本当に瑣末な事なのですけれど。確認しておかないと何だか落ち着かなくて」

 頬に手を当てながらモニカが告げる。

 思い出せそうで思い出せない、といった雰囲気のモニカに、グレンは特に気にした風もなく引き出しから琥珀騎士団に所属している団員の名簿を取り出した。団員数が最も多い琥珀騎士団の名簿は、ちょっとした辞書並みの厚さを誇っている。

 ずしりとしたそれを受け取ると、モニカは申し訳無さそうではあるものの僅かに笑みを浮かべた。


「ごめんなさいね、なるべく早めにお返しします」

「構わない」

 大事そうに胸のあたりに抱えると、彼女の用件はそれで済んだのだろう。ぺこりと頭を下げてから、執務室を後にする。


「……一般名簿で良かったのだろうか……」

 特に気にするでもなく、普通の名簿を渡してしまったが琥珀騎士団の名簿は二種類ある。モニカに渡したのは隊長やらの役職についていない騎士団名簿なのだが……彼女がそれを知らないはずもない。何も言わずあれを受け取ったという事は、あれで良かったのだろう。きっと。




 ――数分後。

『狂人の館』一階 食堂にて。


「――つまり、纏めると、だ」

 メモを見ていたクリスとレイヴンだったが、醜く言い争う文面全てに目を通し終えたのだろう。心なしか疲れ果てたように見えるクリスが、ぴっと人差し指を立てる。


「まずマイクとジェシカは付き合っていた。ケインはかつてリリーと付き合っていたが、別れ、フローラと付き合う事になった。キースはフローラに想いを寄せていたが振られている。リリーはケインと付き合っていたが、どうも他の……この場合はマイクかキースのどちらかに実際は想いを寄せていたらしい。

 ジェシカは昔、キースと付き合っていた事がある――と。

 ……はぁ、そりゃ修羅場にもなるだろこれ」

「なるべくしてなったようなものだな」

 クリス以上に疲れた顔をして、レイヴンが言い捨てる。


「んー、でもさ、仕方ない部分もあったんじゃないの? だってこの人たち、事故か病気か生まれつきか身体弱かったり声でなかったりした人もいるんでしょ? で、こんな場所で働いてくしかなかったと。更に上司がWとかなら普通の人間と関わるのは王都に買い物に来た時だけだろうし。人間関係の境界線が恐ろしく狭いんだから、こうなるのも必然だったというべきか」

「まぁ、元々昔からの付き合いだったようだから、一応相手の良い部分悪い部分ある程度知ってはいただろうし、それなりに上手くやってはいたんだろうさ。ただ、積もり積もった不満鬱憤がここで一気に爆発したんだろうね。運悪くそうなったのか、それとも誰かに誘導されてそうなったかまではわからないけど」

「言い争うにしても、わざわざこんな風に紙に書いてやり取りをしてる時点で、まだ多少の冷静さは残っていたとは思う。……いや、あえて紙に書く事で最悪の事態に発展した可能性もあるが」


 お互い目を通し終え、読み終わったメモの事は既にどうでもいいようだった。

 レイヴンの言う最悪の事態、というのは何となくわからないでもない。

 口喧嘩でお互い言いたい事を一方的に言い合うような状況なら、いくつかの暴言は覚えていても流石に全部は覚えていない、というかこちらも相手に捲くし立てているだろうから小さな部分は頭に血が上っているせいもあって覚えていない部分もあるだろう。

 しかし紙に書かれているならば、全てがそこに残っているのだ。その時気にしなかった文でも次の瞬間許しがたいものに変わっているかもしれない。

 冷静であるが故のやり取りなのか、それとも最悪の結果を生み出してしまったやり取りなのか……恐らくは後者のような気がする。


「……次の部屋、行こうか」


 どのみちこれ以上この部屋にいたところで、意味などないのだろう。鍵もこの部屋にはないようだし。

 ここにいてもあるのはこの人間関係に亀裂どころか大穴開けたようなメモだけだ。早々に次の部屋の探索をした方が余程有意義と言えるだろう。


 何らかの手掛かりがあるかもしれないと思って目を通したクリスとレイヴンからしてみれば、無駄足もいいところだった、とは思うが。


 食堂を出てすぐ横の階段から二階へ向かう。

 前回ちょこちょこと姿を現していた魚は、今回はどこかでおとなしくしているのか出てくる気配もない。

 二階に到着してイリスが開けようとしたドアは、以前開けようと思ったものの隣の部屋から物音がしたため結局開ける事がなかった部屋だった。

 隣の部屋が寝室だった事を考えると、ここも恐らくは寝室なのかもしれない。


 そう思って開けたドアの向こうは、予想通りと言うべきか、隣の部屋と同じような構造の寝室だった。


 違うのはこちらの部屋はそこまでメモが散らかっていない事。壁に大きめの鏡がはめ込まれている事。

 それくらいだろうか。机とベッドと小さめのクローゼットの数は隣の部屋と同じく三つ。

 真っ先にレイヴンが足を踏み入れ、てきぱきとクローゼットの中やベッドの下、机の引き出しなどを開けてあっという間に鍵を発見した。あまりに手慣れたその動作に、イリスは何をするでもなく思わずその光景を眺め、そして渡された鍵にようやく我に返る。

 対するクリスはというと、何やら難しい顔をして壁にある鏡をじっと見ていた。鏡の真正面に立っているわけではないので、鏡に映る自分の顔を見ている、というわけではないようだ。何となくイリスもクリスの隣に立って同じような角度から鏡を見てみるが、室内が映っているだけで特に何の異常もない。


「……なぁイリス、この隣の部屋も確か寝室だって言ってたよな」

「え? あぁうん」

「隣も壁に鏡はあるのかい?」

「え? 隣の部屋で鏡見た覚えはないけど……」


 一体何が言いたいのだろうか。鏡の有無を聞いてどうするのだろう、と思いはしたものの隣の部屋で鏡を見た記憶は無いため素直にこたえる。

「壁にはめ込まれてはいなかったが、隣の部屋にも鏡はあったぞ。手鏡だったが」

 直後そう言ってきたのはレイヴンだった。

 その言葉にクリスの表情は僅かではあったが険しくなる。

「……これは、もしかするともしかするのか……?」

「え?」

「あぁいや、何でもない」

 ぽつりと零された呟きを聞き返すが、クリスは手を振って何事もなかったかのように鏡から視線を逸らした。


「レイヴンが一人で頑張ってくれたおかげで特に何をするでもなく鍵も見つかったし、他にめぼしいものは無さそうだし、次の部屋に行こうか」


 言うなりイリスの返事を待つ事もなく部屋から出て行く。


「……いや、うん、構わないけど……クリス鍵も持ってないのに先に行ってどうするんだろ……」

「さぁな、ただ……」

「ただ?」

「何かに気付いたようではある。まだ推測の域を出ていないようだから話しはしないだろうな」

 そう言うとレイヴンもまた部屋を出る。


「何か、ねぇ……」

 もう一度鏡の方へ視線を向けるが、そこには異常らしい異常などやはり何もなかった。

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