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館を探索する話  作者: 猫宮蒼
二章 姉の代わりに森の奥にある館に行く事になりまして

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パンドラの箱を開けるような真似は正直したくはないのですが



「――ふむ。残念な事に全部贋作だね」


 狂人の館、二階。絵画部屋。


 部屋に足を踏み入れそこにあった絵を見るなりクリスが断言する。

 前回の探索の時の事を、モニカから聞いていたのだろう。彼は一階のあの部屋を出るなりここに来たいと言い出した。


「……見ただけでわかるの?」

「いや? 流石にそこまでの眼は私にはないよ。ただ、これの本物が私の邸にあるってだけで。この絵は仮に売ろうとしてもそこまでの値はつかないんじゃないかな。有名な画家ってわけでもないからね」

 本物を所持しているなら、他で見かけたとしてもそれらが偽物だというのはわかりきった事だろう。

「あとはまぁ……ここら辺の線が若干歪んでるくらいかな。色使いはともかくこのあたり少し色が混ざってるし、違いはそれくらいかな」

「いや、本物見た事ないからそう言われてもわかんないけど」

「なんなら見に来るかい? とはいえ集めてるのは母だから見るなら見るで話をつけないといけないけど」

「遠慮しとく。絵を見に行くだけとはいえクリスの家に遊びに行きました、なんて話モニカにしたら色々なものが終わりを迎えそうな気がするから」


 わたくしの家に遊びに来た事もないのにクリスの家に行ったのですか!?

 みたいなことを言われる程度ならまだマシかもしれないが、その程度で済まない予感がする。確実に。


「ははは、それは確かに。まぁ絵に関しては本物だろうと偽物だろうとどうでも良かったんだと思うよ。ここの住人からしたら。これはあくまでも仕掛けだろうからね」

「……その絵を正しく壁に飾れって事だと思うんだけどさ。それをどうやって判別してるんだろうって疑問があるんだよね。その絵にももしかして何らかの魔術とか施されてたりするの?」

「さて、特にそういうわけではなさそうだけど。絵を掛ける場所にも特にそういう気配はないから、もしかしたら絵の重さとかそういう物で仕掛けが作動するとか結構単純なものかもね」

「重さ……ねぇ……?」


 何気なく絵を持ってみるが、よくわからない。他の絵もどれもこれも、同じような重さに感じる。

「違いがわからないというなら、試しにそこに絵を適当に掛けてみればいい。もしかしたら何かの仕掛けが解除されるかもしれないし、最悪罠とやらが作動するかもしれないけど」

「最悪の場合を考えると気軽に試したいとは思わないなぁ……」

「そうだね。それじゃあこの部屋は後回しで」


 あっさり言い切ると、クリスはそのまま踵を返し部屋を出た。

 そのついでに二階から探索を進めようかと思っていたのだが、廊下の端の方に一瞬だが尾びれが見えたため立ち止まる。尾びれの位置からして横向きの魚の方だろう。縦の方は垂直に立っている状態のため、尾びれが見えるとすれば床すれすれの位置になるはずだ。


 無言のまま、クリスがレイヴンへと視線を向ける。レイヴンもまた無言のまま小さく頷いた。

 直後、足音を消してレイヴンが魚を追いかけていく。クリスは人差し指を口許にあて、イリスに声を出さないよう仕草で告げるとそのままレイヴンに背を向けて、つい先程上がってきた階段の方へと向かい、下りる。一瞬どうしたものかと悩んだイリスだったが、今からレイヴンの後を追いかけるのも無理があるだろうと思い、できる限り物音をたてないようにしながらクリスの後をついていく事にする。


 結果として一階へ戻る事となったが、この時点ではまだ何の変化も見受けられなかった。

 そのまま進み、物置部屋の手前までやってきたあたりでレイヴンが姿を見せる。


「……あれ?」

 レイヴンもこちらを見て、何かに化かされたかのような顔をしていた。イリスがそれを見て声をあげる。……魚どこ行った。

「どのあたりで見失ったんだい?」

「……階段を下りる前には。下につけばまた姿を確認できるだろうと思っていたのだが……」

「下にいたのは私たちだけだった……か。言うまでもなく理解しているとは思うけど、こちらは魚に遭遇していないよ」

「えぇと、それじゃつまり、階段の所で魚の姿が消えたって事? 隠し通路があるとかいうオチ?」

「それはどうかな……現時点じゃどれもこれも推測の域を出ないからね。見失ってしまったなら一先ずこの件は置いておく事にして、他の部屋を見ていく事にしようか」

 少々煮え切らないクリスの態度に深く突っ込んでみるべきかとも考えたが、恐らくクリス本人は詳細に語るつもりはないのだろう。

 推測の域を出ない、という事は、ある程度何がしかの証拠が出てくるまで語るつもりもないという事だろう。本人がそうと決めてしまった事をイリスが何か言ったところで、話してくれる事はないだろう。気になりはするものの、話すつもりがないというのなら一旦その件は保留にするしかない。


 二階で魚に遭遇さえしなければ二階から見ていくつもりだったが、一階に戻ってきてしまったためまずは一階の部屋の鍵がないか確認する事にする。一階でまだ見ていない部屋はあと二つ。

 両方、とまではいかなくても今ある鍵のどれか一つはこのどちらかの部屋に対応しているかもしれない。

 どちらも開かない可能性もあったが、物は試しとまずは書類が散乱していた会議室のような部屋の隣に鍵を差し込んで。


 開いた部屋はどうやら厨房のようだった。

「うわ……」

 ドアを開けた直後に漂う磯の香りにイリスが思わず顔を顰める。

 館に足を踏み入れた時にずっと感じていた磯臭さはどうやらこの部屋が原因のようだ。

 思わず咳込んでしまいそうな程に強い臭気に、咄嗟に息を止めるがその状態がいつまでも続くわけもなく。

 我慢の限界に達して息を吸い込んで――そして咽た。


 鼻をおさえていたレイヴンがそれを見て、イリスの背をさする。その直後、風がぶわりと音をたてて吹き荒れた。館の窓を開けて換気をしたわけではないので臭いが周囲に散っただけにすぎないが、それでも大分マシになったのだろう。イリスの呼吸が落ち着いてくる。

「うわー、磯臭い館だとは思ったけどまさかここが原因とはねー」

 たった今魔術で風を起こした張本人であるクリスが、真っ先に足を踏み入れた。


 完全に術を止めるでもなくまだ周囲に風を起こしているためか、クリスの髪とマントが揺れる。

 厨房自体は特に荒れ果てた様子もなく、今すぐにでも使えそうな程綺麗なものだった。臭いさえ気にしなければ。


 適当に棚を開けてみるとどうやらそこは調理器具をしまう場所だったらしい。

「手入れはされている……か」

 そこから包丁を取り出し、何となく上にかざしクリスが呟く。

 確かに今クリスが手にしている包丁は、刃こぼれ一つする事なくまた切れ味も良さそうな物だ。


 使った物は元の場所に、としっかり決められているのか調理器具がそこかしこに置かれっぱなしという事はなかったが、調理台の上に塩の入った袋がどんと置かれていた。

 ぱっと室内を見回して最初に注目するのは恐らくそれくらいだろう。クリスに続いて足を踏み入れたレイヴンが同じように他の棚を開けて見て回る。


「イリス、鍵だ」


 そしてそこから見つけた鍵を手にすると、イリスに向かってぽんと放る。

 よく見ないまま咄嗟に受け取って、手の中を確認する。

「二つもあったんだ……」

 これで今現在手元にあるどこの部屋の鍵かわからない物は五つ。

 館の中でまだ開けていない部屋は六つ。

 ほぼすべて見つけたようなものだろう。


「鍵があったのはいいけどさ、あれ、どうする? 一応確認してみる?」

 クリスの方は特に何も見つけられなかったのだろう。あれ、と言いながら彼が指し示したのは恐らく調理中か調理済みの何かが入っているであろう、あえて見ないようにしていた大きな鍋だった。


 断言できる。十中八九、臭いの原因はあの鍋だと。

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