073.ルネの朝食風景
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コウヤの目の前で、ハツカがルネから引き継いだ朝食の配膳を行っている。
それをコウヤは、ヤレヤレ、と言った感じで傍観していた。
コウヤが、最初にハツカに抱いた印象はクールさだった。
しかしながら、時折見せる衝動的な行動によって、不安定な精神面が見えてくる。
そしてもう一人のルネはと言うと、こちらはシロウが絡んでくるとダメになるようだ。
過保護が行き過ぎて、冷静さを欠いてしまう。
同行者の傾向が見えてきた事で、コウヤは考える。
まずは、ルネを説得しない事には、この先の行動が制限されてしまう、と。
それは、前日のシロウ捜索時に思い知らされた事。
このパーティのリーダーはルネである。
ゆえに、シロウも方針に口を出してはいたが、決定権はルネに託していた。
そうしてきたパーティだから、物事を決める時は、ルネを説得しなければならない。
それを理解したコウヤは、ハツカが起きてくる前にルネと話をしていた。
それは一時的にシロウの捜索を切って、先にアニィを王都に送り届ける、と言うもの。
「シロさんを、こんな危険な場所に一人置いて行く、って言うんですか!」
当然のようにルネは憤慨したが、コウヤは言葉を続ける。
「おれ達は『アニィの護衛』だ。そして王都に送り届ける為に行動している」
まず大前提として、ルネに冒険者としての依頼を思い出させる。
そしてアニィを、この場に留まらせたままでいる事の危険性を説いた。
「アニィを王都に送り戻せば、場合によっては、シロウ捜索の人手が借りられる」
加えて、アニィは子猫種の王女である。
こちらの身の証は、アニィと子猫達にしてもらえる。
この事を踏まえれば、アニィを送り届ければ、協力を得られる可能性は高い。
何より、この場に子猫達がいる事が大きかった。
昨日は途中で失敗したが、子猫達には『|虹の道』がある。
あの『動く歩道』を体現した高速移動があれば、移動時間が、かなり短縮される。
結果的に、シロウの捜索効率と安全性が高められるのだ。
コウヤは、その事を説明してルネの様子を窺う。
しかし、それでもルネは、この提案を是としない。
往復するよりも、この場に留まって捜索した方が早く見つけられるかもしれない、と。
「……おれやハツカが、いつまでも生きていると思わない事だ」
「えっ?」
両者の間で時間が止まる。
コウヤは、これでダメなら、もう何を言っても通用しないだろう、と覚悟を決めた。
「昨晩の襲撃時に全滅しなかったのは運だ。子猫達と合流出来た事も大きい」
そして、いま自分達が休息を取れているのは、子猫達がいる幸運だ、と告げた。
「おれ達は、いつ死んでもおかしくない死地にいる。それだけは忘れない事だ」
実際、現状でどれかが欠けた場合、次の瞬間に魔物の手に掛かって死を迎えかねない。
それほどまでに、ここはコウヤ達には見合わない魔物か多数闊歩する地であった。
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「おれやハツカが、いつまでも生きていると思わない事だ」
シロウの捜索を切り上げて、先にアニィを王都へと送る事を提案してきたコウヤ。
その提案に異を唱えたルネに対して投げ掛けられた言葉が、これだった。
コウヤから、胸を突き刺す言葉がルネに投じられた。
しかし、この痛みが何に起因するものなのか、ルネには理解出来ていなかった。
だが、これは間違いなく、ルネが無意識に自覚しているからこそ生まれた痛み。
なぜ、こんなに胸を締め付けるのか。
なぜ、こんなに湧き上がる不安に襲われるのか。
ルネは自問して、この圧迫感に恐怖する。
そして、ここで初めて、ハツカが近くにいた事で、背けていたものと向き合う。
ハツカは自分と違って強い、
いまは眠っているが、目を覚ませば、また自分を助けてくれる。
ずっと一緒にいてくれる。死ぬなんて事は絶対に無い。
そんな幻想を抱いていた事に、改めて気づかされる。
だからこそ、正反対の言葉を投げ掛けられ、不安になり、動揺し、恐怖した。
根拠の無い信頼。
信頼と言う言葉で誤魔化した都合の良い甘え。
コウヤの一言とは、ルネが抱いていたズルさを突くものだった。
魔物との戦闘でなら、死の覚悟は持っていた。
しかし、いま現在のコウヤとのやり取りの中では違った。
一見、同じつもりでいたが、その覚悟を支える土台が固まっていない。
単に、衝動的に突き動かされただけの言葉と行動。
その根底にあるのは、個人的な感傷。
そこには、パーティを預かるリーダーとしての信念も決断もありはしない。
共に行動する者達からの意見を汲み取る事も配慮も無い。
ただ、ワガママを言って事を進めようとしている子供と同じ行動。
「……分かりました。コウヤさんの方が正しいんだと思います」
その事を自覚してしまったからこそ、ルネはコウヤの提案を受け入れた。
冷静な判断を欠いた自分では、シロウの捜索も依頼も半端になる、と。
ルネは、気持ちを切り替える為に、手を動かす事を選ぶ。
手はじめに取り掛かったのは朝食の準備。
手にしている道具は、狩猟都市を出る時に売り出された『冒険者まな板セット』
まな板が二つ折りとなって、包丁のケースと兼用となっている調理器具。
それらを使って野菜と干し肉を刻んで、スープの具材とする。
他は、目玉焼きとマジックバックに収納してある手持ちのパンを用意する。
ただ、目玉焼きを焼く前にハツカの様子を見に行く事にした。
野営での食事となると大したものは作れない。
そんな中だからこそ、少しでも温かい物を出してあげたい。
体調が優れないのであれば、朝食を運んで行ってあげないと……
ルネは、自分の勝手な思い込みと行動で振り回してしまった罪悪感を感じながら歩く。
そして向かった先で、上体を起こしているハツカの姿を見て、胸が締め付けられた。
何事もなかったように振る舞い、声を掛ける。
そして、いつもより少しだけ優しく接しよう、としている浅ましさを自覚して恥じた。
次第に、いたたまれなくなり、足早に立ち去ってしまった自分を、すごく惨めに感じる。
焚き火の傍まで戻って、目玉焼きを焼き始める。
そして、スープが入ったナベを先に持って言った所で、ハツカと目が合った。
何かを探している様子だったので、何をしているのか、と訊ねる。
するとハツカは、逆に気を使って、スープの配膳を代わる、と言ってきた。
昨晩の戦闘での疲労も、まだ癒えていないであろうハツカの心遣いが、心に響く。
ルネは申し訳ない気持ちで一杯になりながらも、残してきた目玉焼きを取りに戻った。
そしてコウヤとアニィを交えて朝食を取る。
アニィが賑やかに笑い、コウヤはアニィと雑談を交わす。
そんな中、ハツカは、落ち着いた様子で物静かに食事を進めていた。
その姿にルネは、自分も、もっと落ち着いた大人にならなければ、と思うのであった。




