070.洞穴の戦い
「アニィも(あせ) アニィもやるにゃ!(あせあせ)」
マジックバックに岩鼠を投げ入れて回収する作業。
それを見ていたアニィが、面白がって参戦してきた。
「まとめてポイポイするにゃ(あせ)『真空収納』!(あせあせ)」
アニィは魔法を唱えると、自身の傍らの空間に、厚みの無い謎の穴を開く
それは、光を通さない空間。
ゆえに、中は真っ暗であり、奥行きがどれくらいあるのか全く計れないものだった。
「これは?」
ハツカは、思わず間が抜けた声で、空中にポッカリと浮かんだ穴について訊ねた。
「それは、マジックバックのような性能の魔法らしい」
「アニィさんくらいの大きなハンマーを取り出していました」
「そうですか……えっ? アニィがハンマーを振っていたんですか?」
ハツカは、コウヤがしてくれた魔法の説明よりも、ルネの返答の方に食いついた。
「ええ、アニィさんは、思ったよりも力持ちなのかも……です」
そう言ってルネは、目の当りとした岩鼠との戦闘を話した。
◇◇◇◇◇
「アニィ、ここで派手な破壊をもたらす魔法は厳禁だ。守れないなら下がっていろ」
コウヤが、洞穴に新たな侵入路を堀って突入して来た岩鼠を前に叫ぶ。
その言葉は、同じく岩鼠の前に立っていたアニィに向けられた警告。
そのアニィはと言うと、睡眠を邪魔されて苛立ており、激オコ状態。
その形相からも分かるように、殺意に満ち満ちていた。
その様子を見たからこそ、コウヤは慌ててアニィに魔法の使用を禁止する。
洞穴内でアニィの強力な魔法が使われると、崩落や巻き込まれが高確率で発生する。
その懸念があるからこそ、コウヤも今回は得意な炎を封じて、氷の魔法を使っていた。
「『氷霧』&『冷却弾』」
それは、事前にコウヤが準備していた設置型の氷結系の罠魔法。
コウヤは、事前に氷壁で洞穴に元々あった三つの出入り口を塞いでいた。
岩鼠の襲撃が予想される状況下で、自分達は圧倒的に数で劣っている。
この条件下で、戦力をこれ以上分散させては数の暴力で圧殺される。
ゆえにコウヤは、侵入経路を一つにする事で、防衛力を高めようとした。
しかし今回は、その思惑の穴を突かれて、岩鼠に追い詰められてしまう。
だが、コウヤが用意していたのは氷壁のみではなかった。
それが、この『氷霧』
コウヤは、洞穴内で魔法を使う事を想定して、氷壁を使って壁面の補強も行っていた。
それは、単なる補強のみを目的としたものではなかった。
コウヤは、氷の魔法の発動には時間が掛かる為、実践では使えない、と申告していた。
その弱点を認めているからこそ、それを補う用意をする。
それが、事前に洞穴内に仕掛けておいた、冷気を放出する罠魔法の『氷霧』。
「手品と同じだ。何も現象を起こすのに必要なのは、直前の技法のみじゃない」
カードマジックを趣味とするコウヤだからこそ、この事を熟知している。
鮮やかに見せる手品の現象には、高度な技法を必要とするものがある。
しかし、その鮮やかさを突き詰めるのでなければ、容易に同じ現象を起こす事は可能。
それが世間一般に公開されている子供向けのマジック本の正体である。
あれらは、手品の現象を起こす為の基本とされるタネである。
それをプロと呼ばれる者達は、巧みに改案し、視線誘導なども交えて隠蔽する。
──が同時に、プロが、そんな幼稚なものは使わない、と思わせて利用している。
いや、むしろ、最初に高度な技法で客の期待度を高める。
そして、この人はスゴイ、と思わせたあとは、失敗が無い定番ネタのみを演じている。
その演出が出来るからこそ、彼らはプロなのである。
手品に高度な技法は、必ずしも必要では無い。
それよりも、観客を自分のペースに引きこむ話術や演出の方が大切なのである。
ゆえにコウヤは、一度の魔法で敵を凍らせる事に固執しない。
事前に冷気を放出する『氷霧』を壁面に仕掛けておく。
そして、設定しておいた発動キーを唱えて、容易に周囲に冷気を散布した。
その後は、冷気を浴びて体温を低下させた敵に向かって『冷却弾』を撃ち込む。
この二行程をもって、コウヤは標的と周囲の低温化を促進させていく。
手間は掛かるし、その性能は、本来の範囲攻撃とはいかない単体攻撃。
しかしながら、これを数発撃つ事で、冷却範囲が徐々に拡大していく。
こうして擬似的にではあるが、目的としていた魔法の効果に近づいていった。
これが、コウヤが趣味と経験から導き出した成果。
現在のコウヤが出来る『冷却爆弾』発動の最速手順であった。
「ルネ、次のマナポーションだ」
「は、はい」
コウヤは、この魔法を用いて、沸き出て来る岩鼠を凍らせていく。
一発でダメなら、二発、三発と『冷却弾』を撃ち込んで、氷像を作り出す。
コウヤの目の前に、氷像が次々と仕上がっていく。
しかしながら、当然、炎の魔法と違い、魔力効率が格段に悪い。
その為、常に背後にルネを控えさせて、魔力供給の準備をさせていた。
受け取った調薬を一気に飲み干し、新たな標的に冷凍弾を打ち込む。
だが、この魔力消費に関しては、もうこれくらいしか対策がない。
次々と沸きでてくる侵者達の勢いを押し返す事が、次第に困難になってくる。
凍らせた氷像で通路を塞ごうと、ルネが動き出そうとしたが止めさせる。
数の暴力とは圧倒的なものだ。
無為にルネが前に出てしまうと、それだけで戦線の維持が出来なくなり崩壊を早める。
それは、岩鼠達が、その群れる力で邪魔な仲間の氷像を蹴散らしている事からも明白。
その勢いを加速させて岩鼠達が迫る。
そんな最中、アニィが、少し考えたあと、おもむろに動いた。
『真空収納』
アニィは魔法を発動させると、次の瞬間、アニィの横の空間にポッカリと穴が開いた。
アニィは、その穴の中に手を突っ込むと、何かを引き寄せるような仕草を見せる。
と次の瞬間、穴の中から自分と同じくらいのサイズの大きなハンマーを取り出した。
「アニィさん、何を……」
するつもりですか? と言いかけたまま、ルネが目を丸くした。
「『落岩石』!(あせあせ)」
【ボゴーンッ!】
アニィは、小さな子猫の身体を目一杯大きく使って、狭い洞穴内で大槌を振り降ろす。
更に途中から不自然な急加速を加え、侵入口から顔を出した岩鼠の頭に直撃させた。
「いま、ものすごい音がしたぞ……」
コウヤも、アニィの狂気の技に目を奪われる。
魔法の適正が高い子猫種。
その中でも、アニィは特に魔法特化ではなかったのか? と。
だが、いま倒された岩鼠は、頭をカチ割られて一撃の下に葬られた。
どう贔屓目に見ても、アニィに出せるとは思えないヤバイ音を洞穴内に響かせて……
岩鼠の群れに襲撃されている現状では、アニィの参戦は、ありがたい追加戦力。
しかし、それによる希望を抱くよりも、この混乱した頭を整理する方が難しかった。
それは、標的とされる岩鼠達も同様だった。
アニィ以外の動きと思考が一瞬止まる。
しかし、アニィは、もうお構い無しだ。
「キャハハ、キャハハ!」
アニィは侵入口から顔を出した岩鼠を見つけては、駆け寄って行って頭をカチ割る。
面白がって駆け回るアニィのスキを突いて侵入して来た岩鼠は、コウヤが仕留める。
その両者のサポートとして、ルネがポーション類を二人に使用する。
こうして、奇しくも、パーティとしての最低限の役割が確立された。
つまりここからは、狂喜乱舞したアニィの無邪気ゆえの残酷な狂演の始まりである。
その結果、最終的にアニィとコウヤは、ほぼ同数の岩鼠を仕留めていった。
 




