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062.一難去って

 ◇◇◇◇◇


「あの眼光で装飾蠍が無抵抗になっていました。あれは何か特別な力なのでしょうか?」


 ルネは、直前のおぞましい無数の瞳による凝視を思い出して身を震わせる。

 そして装飾蠍を爪で持ち上げ、空へと帰って行った巨鳥を見送りながら(つぶや)いた。

 

「知らないのにゃ!(あせあせ)」


 しかし、アニィはルネが求めた答えを持ち合わせていない。

 ゆえにハツカは、自分が持つ知識と観察して得た情報からルネに答えた。


「ルネ、あれは瞳ではありません。飾り羽と言って、羽に浮かんでいる模様です」

「そうなんですか?」

「ただ、おそらくは、菟糸のように何かを探知する機能はあるようでしたが……」


 ハツカは、あの巨鳥に似た鳥を見た事がある。

 それは『孔雀』と呼ばれるキジ科の鳥類。

 その鮮やかな羽を扇状に広げるのは、オスの求愛行動とされている。


 しかし、この世界で魔物化している孔雀の羽には、菟糸に似た働きが見られた。

 それは、身体の動きや空気の流れとは異なる挙動を見せていた事からの推測。

 その詳細は不明だが、そう遠くは外れていないだろう、とハツカは感じていた。


 あの独特の羽が、周囲の警戒と威嚇行為を目的として進化したものだとする。

 そう考えると興味深いものがあった。


 ハツカは、友人が野良犬の前で雨傘を広げて見せて追い払った時の様子を思い出した。

 魔物も、あの時の犬のように、急にあの羽を広げられて驚いた事だろう。

 装飾蠍には、目の前にいた巨鳥が、急に巨大化したように映ったに違いない。


 何も知らない者が、突然現れた複数の瞳に晒されれば、その恐怖心は計り知れない。

 それは、先ほどのルネの様子からも明らかである。


 自然界の生死を掛けた一発勝負の場で、あの初見殺しは脅威となる。

 あの技を見せられた後、生き延びられる者は、そうはいないだろう。

 目撃者さえ始末してしまえば、その唯一無二の技は必殺の切り札と化す。


 その上、あの羽には無数の感知器官(センサー)が、瞳のように偽装工作されて浮かんでいる。

 実際に何かを覗かれている、と言う感覚は、対峙した者に言い知れない不安を与える。


 虚実が()り交ざった巨鳥の凝視は、実体を持たない攻撃。

 防ぎようのない攻撃に晒されているからこそ、相手の恐怖を増幅させ、動きを封じる。


 アニィが助平鳥(スケベドリ)と呼んだ巨鳥。

 それは独特の鳴き声と複数の(センサー)で覗き込まれた者が、本能的に忌避(きひ)して付けた名称。

 しかしながら、それは巨鳥の特徴と不気味さを、かなり正確に(とら)えた物と言えた。


 対して冒険者ギルドでは、この巨鳥の事を『多眼鳥(イャンジャック)』と呼んでいた。


 それは、一見するとケットシー達が呼ぶ名称よりマシなようにも感じる。

 だが偽装された感知器官(センサー)を含めた凝視の脅威を伝える、と言う観点で言えば少し違う。


 ケットシー達(スケベドリ)の方が、その警戒度(いやらしさ)を感覚的に素直に伝えている、と言えた。


 ◇◇◇◇◇


「はっ、そう言えば、シロさん達は無事だったでしょうか?」


 ルネは、目の前で起きた魔物同士の争いをやり過ごした事で、当初の目的を思い出す。


「おれなら、ここにいる」


 声を掛けられ、視線を奥へと向けると、その岩陰からコウヤが姿を現した。


「コウヤ、無事でしたか」

「お一人ですか? シロさんは?」

「いや、おれは見ていない」


 コウヤは、シロウが倒木の樹冠部に落ちた所までは把握いた。

 しかし、自分が地面に降りた時には、周囲にシロウの姿は見当たらない。

 そこに二匹の魔物が姿を現れた。

 同時に、アニィが菟糸によって引っ張られて、倒木の陰に消えて行く姿を目撃する。

 ゆえにシロウが、すでにルネ達と合流したものだと思い込んでいた。

 ハツカ達が、身を潜めている場所が分かった事で、コウヤは合流を(はか)る。

 こうして戦闘区域を避けて回り込んだのだが、その間もシロウの姿は見ていなかった。


「あと、あの五匹のネコ達(ネコレンジャー)の姿も見ていないな」

「そうですか……」

「シロさんが、あの子猫達と一緒なら良いんですが、ケガで動けない状態だと大変です」

「ひとまずコウヤが分ている範囲で、シロウが落ちた場所の周囲を探しましょう」

「落ちた場所と言うよりも、そこからどこに転がって行ったか、と言う感じだな」

「ひどいケガをしていなければ良いのですが……」


 ルネ達はコウヤに案内されて、シロウが落下したとされる場所に向かう。

 辿り着いた先は、倒木と一緒に落下した土砂と岩が堆積(たいせき)した場所。

 周囲に雑草は点在していたが、人が隠れられるような場所は見当たらない。


「シロさーん、居たら返事をしてくださーい」


 可能性があるとすれば倒木の樹冠部の陰なのだが、呼びかけに反応が無い。

 しかし手掛かりとなりそうな場所は他には無い。

 ルネは、枝葉を掻き分けて中で倒れていないかと覗き込む。

 だが、生い茂った枝葉に(はば)まれて、思うように捜索は進まなかった。


「ルネ、こちらに来て下さい」


 そうこうしていると別の倒木を調べていたハツカから声が掛かる。

 枝葉の中から抜け出して声を掛けられた方向に視線を向ける。

 するとハツカとコウヤが、見覚えのあるカバンと一枚の毛布を手にしていた。

 

「それってシロさんのマジックバックじゃないですか」

「ええ、この倒木の陰に落ちていました」

「それでシロさんは?」


 ルネは辺りを見渡す。しかし、そこには、やはりシロウの姿は無かった。


「周囲にシロウの気配はありません」

「あと、一緒に落ちていた毛布には、所々に血が付いているな」

「じゃあ、シロさんはケガをしているって事ですよね」

「まぁ、そうだが、キズ自体は浅いようだ。落下時に枝に引っ掛けたものだろうが……」

「そうですか……それにしてもシロさんは、どこに行ったのでしょう」

「その事なんだが……アニィ、ちょっと良いか?」

「はにゃ?(あせあせ)」


 コウヤは地面を指差して、ハツカの菟糸に繋がれているアニィに訊ねた。


「ここに何かが地面を()ったような跡があるんだが、心当たりはないか?」


 ルネはアニィと一緒に、コウヤが差し示した地面に注目する。

 そこには、わずかだが確かに何かが這ったような形跡が残されていた。

 だがそれも、言われたから気づけたのであって、自分だけなら見逃していただろう。

 そう思いながらルネは、これで何かが分かるのだろう? とアニィの答えを待った。


「たぶん『百二足(ヒャクニ)』って言う大ムカデなのにゃ!(あせあせ)」


 アニィはコウヤの質問にアッサリと答えた。

 その魔物は、51対の足、つまり102本の足を持つ大ムカデ。

 ゆえに、子猫達(ケットシー)は、その魔物の事を単純明快に百二足と呼んでいた。


「えっ、サソリの次はムカデの魔物ですか?」

「順番から言ったら逆だ。だが、やはり別の魔物が近くにいたか」

「ムカデにサソリですか……鳥の魔物にとっては、ここは良い狩場なのでしょう」


 ハツカに言われて、先ほどの巨鳥が、こんな谷底にまで降りて来た理由が分かった。


「ここは、あのような魔物の住処(すみか)になっている、って事ですか?」

「そんな所で、シロウは単独行動ですか……(あき)れますね」

「いや、これはヤバイかもしれない」


 コウヤは、残された毛布の血痕を見つめて思案する。

 そして、これは普通のムカデの話だが、と前置きをして話を切り出してきた。


「ムカデの攻撃で脅威になるのは、まず、足の爪で皮膚を傷つけてくる事だ」

「そこから毒を流し込んで来くる、と言う話しでしたか?」


 ハツカはコウヤの話を聞いて、毒を持つ生物だった、と思い出して訊ねる。


「いえ、ムカデはサソリのように毒を注入するのではなく、傷口に毒を吹き掛けて……」


 そこまで言って、ルネはコウヤが危惧している事を理解した。

 

「シロさんはムカデとの接触で、キズ口から毒が回っている状態なのですか?」

「可能性の話だが、あるんじゃないか? シロウの攻撃は基本的に接近戦だ」


 コウヤは、シロウが百二足の毒を浴びせられた可能性を考えていた。


「それなら、なぜ単独で行動をしているのです?」


 ハツカは、それならルネに解毒を頼むべきだ、と考えた。


「落下直度の遭遇戦、そして自分以外もキズを負っている可能性を考えた、と言う所か」


 コウヤは、シロウが毒でパーティが全滅する事を避ける為に行動をした、と読む。

 実際コウヤも、程度の差こそあれ、小さなキズを無数に抱えていた。

 そしてそう考えれば、自分達が百二足を目撃していない事にも説明が付いた。


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