045.押し付けあい
「口の利き方が悪くなるのは勘弁してもらいたいんだけど、これはどう言う状況だ?」
シロウが率直な質問を投げ掛ける。
前日の武術大会の優勝者の一人であるコウヤの目の前に、二ヵ国の王女がいる。
そう言う状況だと思えば、まだ舞台として納得がいく。
しかしシロウ達は一介の冒険者。武術祭でやっていた事と言えば、出店の補助要員。
文化祭で簡単な屋台を出していたようなもので、いわゆる一般人枠だ。
なんでこんな国際問題の、ど真ん中に引きずり出されなければならないのだ?
それが、いまのシロウの率直な感想であった。
「大臣さんちの子と、お散歩していて置いて行かれちゃったのにゃ!(あせあせ)」
「どうやら、お供のペットと離れてしまい、我が国に転がり込んで来たらしいのです」
「運が良いのか悪いのか、その転がり込んだ先が、当屋敷の庭だったのだ」
「はぁ?」
意味が分からない。
アニィが、ふざけて答えたように見えたが、それをリディアーヌ達が補足してきた。
大臣とやらの家のペットと散歩中に、国境を越えて迷い込んだ、と言いたいらしい。
いや待て待て、ケットシーってペットを飼うのか?
それにそれだと、その散歩コースって、完全に国境を侵犯してるよな?
コウヤが言うように、国境警備隊は本当に何をしているんだ?
「分かったような、分からないような……」
「あと、もう一度確認しますが、このアニィ王女の扱いは、本当に問題ないのですか?」
シロウが困惑する中、再度ハツカが簀巻き状態の王女の扱いについて確認を求めた。
「その点は心配に及びません。その程度の拘束なら、飽きたら勝手に抜け出します」
「アニィ王女様は、大臣のオードレイ殿も御する事が出来ないお方です」
リディアーヌもテオルドも、心底アニィの機嫌を損ねる事を恐れていた。
それは以前にアニィが、国境の砦を一人で破壊した、と言う事実に基づいてのもの。
シロウは、その逸話をセドリックに教えられて、まさかと思うも昨夜の事を思い出す。
五人組のケットシー、ネコレンジャーは、巨大な砲撃武装で山岳を穿った。
その事から、ケットシーの王女であるアニィの能力を侮ってはいけない、と思い直す。
「皆様には、このアニィ王女様付きの護衛をお願いしたく、お呼び出しをしました」
そしてリディアーヌから、シロウ達が呼ばれた理由が告げられた。
「つまり早朝に慌てて俺達を呼びに来たのは、再び王女を発見したからか?」
「はい、前日に関わりを持っていた皆様から、話しをお聞きしたいと思っておりました」
シロウが呼び出された経緯を質問をすると、リディアーヌは率直な返答を返してきた。
ケットシーに関する事は、国防において最重要事項とされている。
対処を誤り、民衆に国防の脆弱性が広がれば大混乱が起こる。
しかも今回侵入しているのは、以前に大問題を起こした張本人である。
国境の砦を魔法で破壊された記憶を持つ者が多いこの地で、この醜聞は非常にマズイ。
「この数時間を省みて、オマエ達に、この役割を果たしてもらいたいと思う」
テオルドは、屋敷内の惨状に目配せしながら、思いっきり面倒事を放り投げて来た。
最初は、昨晩ハツカがアニィに気に入られた経緯を知りたがっていたようだ。
しかしハツカが来てからのアニィの上機嫌ぷりを見て、考えを改めたと言う。
ケットシーの、それもアニィの気を引ける人物とは、貴重な存在なのだ、と。
「だけどこう言うのって、もっとランクが高い信頼のある冒険者が担当するものでは?」
シロウは、他にもっと優秀な冒険者がいるだろう、そっちを雇えよ、とほのめかす。
アニィの子守を押し付けたい、と言う思惑が見えて仕方がないのだ。
「本気のアニィ王女様の前では人間など有象無象。なにせ稀代の魔法の使い手だ」
「一緒に遊ぶにゃ~!(あせあせ)」
「きゃーっ! ハツカさん、どうしてアニィ王女を放しているんです!」
「ルネ、私は放してなどいません。いつの間にか抜け出していたのです」
「確かに一瞬、魔力の反応があったが、どうやって脱出したんだ?」
「イリュージョンなのにゃ~!(あせあせ)」
「この現状を見ても、まだお分かりになりませんか?」
「くそっ、ハツカですら完全に遊ばれるのかよ」
テオルドが言った通り、アニィにハツカとルネが手玉に取られて遊ばれている。
セドリックにも、念を押されるように確認させられて、シロウはグウの音も言えない。
「どちらにしろ、こんなのをいつまでも相手にはしていられない。他を当たってくれ」
「それでは、この件が片付くまで、その身柄を拘束させていただきます」
シロウが依頼を断ると、リディアーヌは脅しと言う強行手段に出てきた。
「おいおい、拒否権が無い依頼とか、ただの命令だよな?」
「これは国家の非常事態です。ご協力をお願いします」
「それなら、最初から国家権限を使って命令すれば良かったんじゃないのか?」
「数日前に、とあるパーティで、冒険者は、しがらみを嫌う事を学びました」
「なんだ? お気に入りのパーティにでも拒否られて、逃げられたのか?」
「そうです。その教訓から今回は強引であれ、このようにお願いしているのです」
コウヤの皮肉がリディアーヌの核心を突いたのか、一瞬顔を曇らせる。
しかしそれも次の瞬間、表情を正してシロウ達に要求をお願いしてきた。
それは言葉こそ、お願いであるが、否定すれば拘束される強要である。
「ソイツらも余計な事をしてくれたものだな」
シロウは思わず悪態をつく。なんだかんだと、これは力づくでの押し付けだ。
コイツらは、こんな仕打ちをすれば反感しか買わないと、なぜ分からないのだろうか?
「お兄様は武術祭の顔役です。この件に関して表立って動く事が出来ません」
「我が主であるウェキミラ卿は、事態の収拾の為に奔走中で、いまも駆け回っています」
そして、どちらも勝手な言い分を並べ続ける。
しかも、明らかに優先順位を間違えていた。
王子様は、たかが祭りでの面目を守る為に、爆弾処理を通りすがりに任せるらしい。
「オマエ達は、本当にそれで良いんだな?」
シロウは、覚えた苛立ちを沈める為に一拍置いて、リディアーヌ達に訊ねた。
「これが最善の方法だと思っています」
「従ってもらえないのであれば、民衆への情報漏洩を防ぐ為にも、拘束させてもらう」
まだ言うか。コイツらは本当にバカだったらしい。
身柄の拘束を盾に取れば、なんでも言う事を聞くと思っているのが見え見えだ。
依頼を上手くこなした場合、そのままアニィの面倒を見続けさせる思惑も見える。
「ならアニィ、ちょっと話しあいをする間、ハツカと外で鬼ごっこして来て良いぞ」
「わーい、なのにゃ!(あせあせ)」
【ちょっと、待て!】【待って下さい!】
テオルドとリディアーヌが、慌ててアニィを引き止めた。
「ですから、アニィ王女の事は秘匿事項なのです!」
「それを屋敷外に連れ出すとは、どう言うつもりだ!」
シロウは二人の抗議を聞いて、満足そうに笑みを浮かべた。
「あれ、良いんですか? いまのでかなりご立腹のようですよ」
リディアーヌ達は、ギョっとしてアニィに視線を向ける。
そこには顔を膨らませて、ご機嫌ナナメとなっているアニィの姿があった。
「人にものを強要すると言うのは、こう言う事態を招くんですよ」
「キ、キサマ、これがどう言う事を引き起こすか分かっているのか!」
テオルドは未だに自分が、どう言う立場になったのか、理解が出来ていないようだ。
アニィの前では人間なんて有象無象だ、と言ったのはテオルド。
それはアニィが、気まぐれ放った魔法で、簡単に砦を破壊した事実に基づくもの。
ゆえに彼らは細心の注意を払って、アニィの破壊衝動の対象の制御と抑制をしていた。
しかしそんな彼らにも、油断と驕りが残っていた。
それが、アニィの機嫌を満たせる者達の機嫌を損ねる、と言う形で現れていた。
「アニィを前にした俺達に、立場の貴賎は無いんだよ」
アニィには、無造作に放った魔法で砦を一つ落とした過去がある。
ゆえに本気で放った魔法の威力を、彼らは未だに計りかねていた。
ただその威力は、少なくとも街一つは簡単に荒野化出来るものだ、と推測がされている。
つまりアニィの前では、人類皆無力、と言うのが彼らの認識であった。
そんな中、彼らはアニィへの対応を他人に任せる、と言う愚行を選択した。
この時点で、新たな権力が誕生している事に彼らは気づかず、見逃してしまう。
アニィを御する人物とは、両国での最高権力者と同意だと言うのに……
「アニィ、あそこの人達が、どうしても外で遊んじゃダメだって言ってるよぉ」
「……(あ~せ~)」
アニィが、いままでの経緯を思い出して、リディアーヌ達をジッと見つめた。
リディアーヌ達は、ようやく、強権を振るえる立場ではなくなっている事に気づく。
「あっ、ああああっ……」
「いまある権力が絶対だと思わない事だ」
リディアーヌは、ジワリジワリと湧き上がってくる絶望感に襲われた。
そしてシロウの笑みとアニィの紅潮した顔を見て、これから起きる惨事に恐怖する。
「まぁ、冗談はこれくらいにして……ルネ、これでアニィと少し休憩していてくれ」
「あっ、はい」
「はにゃ?(あせあせ)」
シロウは、マジックバックから持参した卵焼きのセットを取り出してルネに手渡す。
すると、それに興味を持ったアニィの気が反れて、卵焼きのニオイを嗅ぎ始めた。
ルネは卵焼きを一口大に切り分けて、アニィの口元に恐る恐ると言った感じで運ぶ。
ただ、アニィは、それが食べ物だと分かるも、すぐには食べようとはしない。
そこでルネが、先に一口食べて見せてから、再び卵焼きをアニィの口元へと運ぶ。
その瞬間、アニィは勢い良くパクつき、ルネは、その勢いに驚いてビクリと反応した。
どちらも、なかなかにカワイイ反応だったので、シロウは思わずニヤついてしまう。
アニィは卵焼きに大興奮しながら、ルネにおかわりをせがむ。
ついでに果実水も一緒に要求し始めた。完全にオヤツタイムへ突入している。
「ルネはケットシーが苦手なようなので、次からは私がやります」
「ああ、ハツカ、任せた」
ハツカは、ルネがアニィに卵焼きを食べさせている様子を落ち着き無く見ていた。
それは孤児院の子供達に向けていたものとも違う視線。
どうやらハツカも餌付けをしてみたくなっているようだ。
興味が無いように振舞ってはいるが、どう見てもハツカはムッツリネコスキーだった。




