046.送還計画
シロウは、アニィが落ち着いたのを確認してリディアーヌ達に向き直る。
その挙動にテオルドが警戒の色を浮かべた。
「強権を振るう時と相手は慎重にすべきだ。俺が本気なら終わっているぞ」
「キサマ、リディアーヌ様に向かってなんと言う暴挙を!」
「テオルド、構いません」
リディアーヌはシロウ達の対応力に、改めて、この依頼を任せる事を決断する。
それは、シロウが間違いなくアニィの行動を理解している事が確認出来たからだった。
「アニィ王女様の事を良くご理解しているようで……シロウ様は恐ろしいお方です」
「虎の威を借る狐だけどな。あと俺の事なんて呼び捨てで良いぞ」
「分かりました。冒険者の方に、不要な駆け引きを持ちかけるべきではないようです」
こうしてシロウは、自分達の要求が通る舞台を整えて交渉の場へと赴いた。
その話し合いで決めた事は以下となる。
・アニィ王女の護衛期間は、今回の武術祭閉会時までとする。
・アニィ王女をフェイロイ王国へ送り届けた場合も任務達成とする。
・護衛期間中に発生した経費や損害は、全てミィラスラ王国が補償する。
・護衛期間中に得た情報には秘匿義務が発生し、両者ともに口外を禁じる。
・報酬は先払いとする。そのうちの一つはナノン国境の通行許可証とする。
・依頼終了後、国家が再びケットシー関連の問題にシロウ達を関わらせる事を禁じる。
最後の一文は、シロウが、これ以上アニィに関わるつもりが無い事を示した意思表示。
これを明言しておかなければ、シロウ達は最重要危険人物と認識されかねない。
そして依頼が上手くいった後で、良いように使われる事を嫌った防衛線でもあった。
「シロさん、護衛は三日間ですか? ケットシーの相手をするにはキツイ日数です」
「でも、これが両方にとって譲りあえる最低限のラインだからなぁ」
ルネが、シロウが結んで来た条件を聞いて、うなだれている。
それはそうだろう。アニィの底なしの体力に振り回されて、疲れきっているのだ。
「その抜け道に成り得るのが、二つ目の隣国への送還ですか……」
ハツカは菟糸で、アニィとの捕縛と脱出による激しい攻防を演じながら会話に混じる。
アニィは縦横無尽に襲い掛かって来る菟糸との追い駆けっこを、ご機嫌に遊んでいた。
「まぁ、それはコウヤの希望も含まれていたんだけどな」
「おれはフェイロイ王国に用事が出来たんでな。報酬の先払いも、おれの希望だ」
「それはどう言う事です?」
コウヤは、トラブルが起こる可能性が高い以上、報酬の先払いは必須だと主張した。
そうでなければリスクが大きすぎる。こんな依頼は誰も受けない、と。
こうしてコウヤは、現在固く禁じられているフェイロイ王国への通行証を要求した。
テオルドは国境の門の開放を拒んだが、すでにケットシーは簡単に侵入している。
アニィの迎えを待つつもりか? と聞かれれば、拒む事など出来はしない。
それは新たにケットシーの侵入を許す事を意味するのだから。
コウヤが隣国への入国を考えたのは、ネコレンジャーのカードにあった。
コウヤはネコブルーがカードを扇状に展開したのを見て、それに興味を示す。
カードを扇状にキレイに広げるのは、意外と難しい。
そこに慣れやテクニックが介在する余地は当然ある。
しかし何よりも扇状は、カードの質が大きく関わってくるものだったからだ。
その質とは『エンボス加工』が施されているか、いないかの差。
これによりカードの滑りに圧倒的な差が生まれる。
それは、スプレッドと呼ばれるカードを一列に広げる技法よりも如実に差が現れる。
ゆえにコウヤは、そのカードを生成し得るフェイロイ王国に興味を持った。
「たかがカードの為に、面倒な依頼を受けると?」
「この国じゃ手に入らないお宝だ。場所が違えば物の価値も違う」
「ハツカも、そんな言い方をするなよ」
「そうですね、コウヤさんのおかげでアニィ王女も大人しくしていてくれますから……」
「なんで当たらないのにゃ(あせ) どうしてそっちにあるのにゃ?(あせあせ)」
アニィは、三枚のカードから当たりを探すスリーカードモンテで翻弄されている。
「出国したら報酬は受け取れなくなる。さっさと報酬を要求しておくんだな」
「コウヤさんは、本当にフェイロイ王国にアニィ王女を連れて行くつもりですか?」
コウヤは、今晩アニィを国境の砦からフェイロイ王国へと送り帰す計画を立てている。
しかしルネは、コウヤのアニィ王女送還計画に乗り気ではない。
あまりにも性急なコウヤの判断と行動に疑問を持って慎重になっていた。
「時間を掛ければ掛けるほど、アニィの機嫌が取りにくくなるぞ」
「コウヤの言う通り、そうなると不測の事態も招きやすくなると思います」
対してハツカは、コウヤに同意していた。
何よりも早期解決を優先した方が良いと考えている。
「あとは、武術大会の日程の絡みだよなぁ」
「シロさん、それはどう言う事です?」
「今日はマスターランク三部門の準決勝戦が行われている。そして明日は決勝戦だ」
シロウは、別の視点での状況の推移を予測していた。
観客は明日の決勝戦を見たい。
そして明日の晩は、決勝戦の興奮冷めやらぬ状態で飲み明かすだろう。
つまり今晩とは、残り三日間の期間中で、唯一休息日たり得る夜と言える。
「ルネ、つまり夜間の外出が少なくなる可能性が高いのが今晩なんだよ」
「アニィが三日間も屋敷に篭っていてくれるなんて、ルネは想像が出来ますか?」
「そ、それは……」
「キャハハ、キャハハ!」
ルネは、シロウとハツカに諭されてアニィに視線を向ける。
そのアニィは、コウヤが飛ばしているカードを追い駆けて部屋中を飛び回っていた。
それはカードの束の一番上を飛ばすトップショット。
左右に飛ばされたカードを、アニィは部屋の調度品が壊れるのも気にせず追い駆ける。
多芸なコウヤのおかげで、アニィをやり過ごす手段は豊富だ。
しかし、それにも限度がある。
コウヤのネタにも、被害総額で頭を悩ませているテオルド達の頭髪へのダメージにも。
「分かりました、コウヤさんの計画で行きましょう」
ルネが、みんなの意見を聞き入れて、パーティのリーダーとして決断を下す。
こうしてシロウ達は、コウヤと計画を受け入れて、夜に向けての準備を進めた。




