038.武術祭の明暗
そうこうしていると、シロウの目に、ちょうど交代に来たハツカの姿が留まった。
そしてハツカの登場で、周囲の集団に少々の動きが見え始める
その集団の一つは、ハツカに心酔しているコーリスを始めとした自警団。
もう一つは、ロウが密約を守る為に身辺警護をさせているらしい配下。
そのどちらからも、なぜか『姐さん』と慕うような言葉が発せられている。
対してハツカは、その声が耳に届いたのか、訝しむ視線を集団に向けた。
しかしその険しい視線は、強くてクールな姐さん! と彼らを興奮させる。
どうやら、初日の肥満児の件やロウ達と交戦した事を知っている連中がいるようだ。
彼らの中でハツカは、かなりの猛者として認識されている。
だからだろうか……
ハツカの視線が、汚物を見るように変化したにも関わらず、彼らは興奮している。
それは、シロウには理解が出来ない趣味趣向。
ハツカは認めないだろうが、どちらの集団も手下化と変態化が進んでいた。
かくして、ハツカは自分の意思とは関係の無い所で、勢力と手駒を増やす。
と同時に、無言でシロウの事を疎ましそうに睨んでいた。
それは、コーリスの時にシロウに向けた視線を彷彿させる。
「(ああ、これは、とばっちりが来る前兆だな……)」
シロウは、悟りを開くように察してしまった。
明らかに八つ当たりの対象としてロックオンされた、と。
以降、交代の準備を進めながら、シロウはハツカに近寄る事はしない。
忙しい素振りを見せながら、ハツカとの間には常にエレナを挟む。いわゆる緩衝材だ。
こうしてやり過ごしたシロウは、無事に孤児院へと帰還する。
しかしその後、苛立ちを募らせて帰って来たハツカの鬱憤をまとめて受ける事となる。
結果的に、シロウは自身の身で受ける被害を増大させる事となっていた。
◇◇◇◇◇
本日の仕事を切り上げたシロウ達は、ルネに誘われて飲食店に集まる。
それはシニアランクで好成績を残す事が出来たイサオ達を祝う為の集い。
「トムさん、イサオさん、準優勝おめでとうございます」
「ああ、おめでとう」
「本当に、最後まで残れたのですね」
ルネが、みごと準優勝を果たした二人を祝福して言葉を送る。
それに続いてシロウが淡々と祝して、ハツカが結果確認だけをした。
シロウもハツカも別に大会の結果など、どうでも良かった。
しかし、街中で試合結果を知ったルネは、イサオ達を見つけると駆け寄って合流した。
そのルネは、がんばった人には、ちゃんとお祝いをしてあげましょう、と言う。
そしてパーティのリーダーであるルネが言うので、仕方なく付き合う事となっていた。
「ありがとう」
「けっ、一番に成り損ねちまったのに嫌味かよ」
「ウチが戦っていたら優勝していました」
「寝過ごして試合放棄になったクセに、よくそんな口が聞けるよな?」
「ふっ、なんなら、いまからでも実力の違いを見せてあげましょうか?」
「ちょっと二人とも、せっかく祝ってくれているのに、そう言うのは止めようよ」
素直に祝福を受け取ってくれたのはイサオだけで、残りは勝手に身内で争いだした。
その様子にハツカが、見苦しい争いですね、と呆れている。
しかしそれは、数日前のハツカの行動と同じようにシロウには映った。
いや、むしろ本気で対戦までしたのだから、ハツカの方が凶暴性が強いよな、と。
そんな思いが顔に出ていたのか、シロウを見たハツカが訝しげな視線を向けてきた。
「何か言いたそうな顔ですが何か?」
「いや、いざとなったらハツカに二人を止めて欲しいなぁ、と思って……」
「……分かりました」
──どうやら上手く誤魔化せたようだ。
ハツカの視線がテーブル上の料理に移った事で、シロウは安堵する。
「それで優勝したヤツって、どんなヤツだったんだ?」
シロウが先ほどから感じている違和感を口に出す。
それはハツカに代わってトムの機嫌を損ねた。
「なんで負けた相手の事を話さなくちゃいけねぇんだよ」
「いや、オマエ達って準優勝だったんだよな? でも、その割には騒がれてないからさ」
シロウは、トムの文句を無視して酒場の客に視線を向ける。
そこには武術大会を振り返って盛り上がっている酔っ払い共がいた。
しかし、誰もトムやイサオに絡みもしなければ、話し掛けもしない。
前日のコーリスの時は、対戦した両者は互いに相手を認めて称えあっていた。
また、その敬意は試合を見ていた観衆にも尊重されていた。
しかし、武術祭のメインであるはずの武術大会での準優勝者が軽視されている。
この現状とは、どう言う状況なのだろうか?
「普通に考えれば、シニアランクは、あまり期待されていない試合だったのでは?」
「ハツカさん、それはどう言う意味ですか?」
「結局は新人同士の試合です。達人同士の試合のようには見ていないのでしょう」
ハツカの意見を聞いてシロウは、確かにそう言う見方もあるな、と思う。
しかし、その意見にトムとヤンが反論した。
「そんな訳あるかっ!」
「シニアランクの試合でも、上位者は羨望の眼差しで見られるものよ」
「その羨望とやらがオマエ達に向けられてないから言ってるんだよ」
率直な感想を口にしたシロウの耳に、カランッ、と言う入り口のドアベルの音が届く。
その音に導かれた視線の先には、店内に入って来たばかりのローブ姿の青年がいた。
見覚えのある姿をした人物は、店内の客達によって盛大に迎え入れられている。
それを見たトムとヤンは複雑な表情を浮かべ、イサオは苦笑いを浮かべた。
「おおっ、こいつは噂のパイロマンサーじゃねぇか」
「にいちゃんの試合、すごかったぜ」
「その若さで、あれほどの炎を操れるなんてスゲーな」
「あんちゃん、一体誰から、あの魔法を教わったんだい?」
「まぁまぁ、夜は長いんだ。ゆっくり話を聞かせてくれよ」
「おーい、コイツはシニア・マジックの優勝者だぜ。酒持って来てくれや」
明らかな歓迎の差に、トム達を見るシロウとハツカの視線が生暖かくなる。
同じファイナリストであったはずの両者の扱いの差に開きが有りすぎた。
ひとまず、シニアランクであっても尊敬の対象となる事は証明される。
ただ、ヤンの主張の正当性とは、同時にトムとイサオの立場を無くさせた。
なんとも救いの無い証明をしたものである。
「……オマエ達とは、えらい違いだな」
「やはり、二位じゃダメなのでしょう」
「ちょっと二人共、そんな言い方は良くないと思います」
「ははは、ヤンが言った事に間違いは無かったね」
「くそっ、コイツら全員、おかしいんじゃねぇか?」
「そのぉ、なんだか、ごめんなさい……」
なんとも言えない半端な状況となり、全員が居心地の悪い空気に包まれる。
「すまないが、同席させてもらっても良いか?」
「あっ、はい、どうぞ」
そのタイミングで、パイロマンサーことコウヤが話し掛けて来た。
ルネが、いち早く席を詰めて招くと、コウヤは空いた席に座る。
その様子に、先ほどまで騒がしくしていた客達が、そそくさと自分達の席へと戻る。
そして遠目にコウヤの事を気にしながら、身内でヒソヒソと話し始めていた。




