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036.エッグトラップ

 武術祭3日目ともなると、一つの盛り上がりを迎える。

 それは武術大会のシニアランク三種目の準決勝と決勝戦が()り行われるからだ。

 シロウは、エレナや子供達と連れ立って出店場所へと向かう。

 その道中に現れている、いろいろとヒドイ変化に頭を抱えながら……


「トムのヤロウ、なんでこんなにムカつく顔で描かれているんだろうな……」


 シニアランクのベスト4に入った12人の出場者達の顔が、街中に描かれている。

 その中にいるトムの、やってやったぜ感が、なかなかにうっとおしい。


「シロウさん、看板に『卵焼き始めました』って、いっぱい出ています!」


 そしてエレナが言うように、当初から懸念していたパチモンが出回り始めていた。

 それらの店に立っている、のぼり旗が、冷やし中華の定型文なのが神経を逆なでする。

 加えて、のぼり旗の隙間からチラついている無数のトムのドヤ顔に悪意すら感じた。


「まぁ、予想はしていたけど、思ったより多く出店してきたな」


 シロウは、冷静さを保とうと努力しながら出店準備を進める。


「でも、どこの物も、ここの卵焼きとは違って形が(いびつ)なのよね」


 それと言うのも、ヤンが出店の横で、他店の卵焼きを買い込んで食べていたからだ。


「ヤン、こんな所で何をやっているんだ?」

「うるさいわね。アンタ達のせいでウチの武術大会は終わったのよ」

「いや、オマエのパーティから二人も残ったんだから応援に行けよ」

「そう思うなら、さっさとウチらの分の卵焼きを用意しなさいよ」


 シロウは、そうか、とだけ答えて、子供達に準備が整った調理場を譲る。

 火が着けられて温められた卵焼き器に油が敷かれる。

 そこに子供達は、なみなみとした液体が加えられた卵液を投入して調理を始めた。


「今日のは材料の量が多いわね。もしかして水かさを増やして誤魔化そうとしている?」


 ヤンが、前日までとは明らかに違う大量の水分を含んだ卵液に疑念の眼差しを向けた。


「今日からは、卵に味が染み込んだ新商品を加えるんだよ」

「新商品?」

「材料の卵の量は同じだけど、旨味を含んだ柔らかい物だ。そしてサイズも大きくなる」


 シロウはヤンに簡単に説明すると、出店の横に新しいのぼり旗を追加して設置する。

 そこには『元祖・卵焼き&新商品・だし巻き卵』と書かれていた。


「それが、だし巻き卵? 卵焼きのような丸い模様が無いわね」

「焦げ目が付く前に巻いていくと、切断面がキレイな黄色一色に仕上がるんだよ」

「そして食べた時には、ハツカさんが作った出汁(ダシ)が口の中に広がっていきます」


 エレナは事前に試食した、だし巻き卵を思い出してヤンに補足を加える。

 その顔には、実に幸せそうな表情を浮かんでいた。


「何っ、姐さんのダシで作った食いもんだと!」


 そこに、酒場で出会った巨漢の筋肉チャンピオンことコーリスが食らい付いてきた。

 シロウはハツカの名誉の為にも、内心だけでコーリスに訂正しておく。

 味付けが壊滅的なハツカに出汁作りなんて任せられるものか。

 いまも孤児院で、ナベが焦げ付かないように、様子を見てもらっているだけだ。

 そしてコーリスよ、いまのオマエの発言は別の意味に捉えられかねない。

 だから大声で叫ぶな。そしてもう少し言葉を選べ。

 ともあれシロウは、コーリスが、なぜここにいるのかを訊ねる。


「オーリスのアニキの店に材料を運んで来たついでに、姐さんの様子を見に来たんだよ」


 そう言ってコーリスは、ハツカの姿を探している。

 どうやら本気でハツカの事を慕っているようだ。

 巨漢の男がソワソワしている姿とは、こんなにも不気味なものなのだと始めて知った。

 シロウは、ある意味コーリスの名誉の為に一つ答えておいた。


「ハツカは、この時間は店には出ないぞ。あとで俺と交代になるからな」

「そうなのか……それじゃあ昨晩は、なんで酒場に姐さんは来てくれなかったんだ?」

「そこにいるヤン絡みで、急に(あわただ)しくなったからなんだが……すまなかったな」

「ウチは悪くないわよ。でも、変な男達に絡まれて巻き込んだ事は悪かったわ」

「そ、そうなのか。まぁ、そう言う事があったのなら仕方がないな」


 ヤンは、シロウと親しげに話す大男に視線を向けられて、少しバツは悪そうに答える。

 コーリスも、その様子に、別にアンタを責めてる訳じゃない、と言葉を返す。

 そして自分がハツカに嫌われている訳ではないのだと知ると一安心していた。


 そんな二人のやり取りを見てシロウは、ハツカが行く気が無かった事を伝えなかった。

 こう言うのは、直接本人同士でどうにかしてくれ、と適当に場を流しておくに限る。


 そうこうしていると焼き上がった、だし巻き卵が卵焼きの隣に置かれる。

 そのお値段は卵焼きよりもお高くなっているが、明らかにサイズも大きくなっていた。


「それが姐さんの出汁が入った食いもんか!」

「ひとまず、それを一つちょうだい」


 ヤンはコーリスの言葉を気にしていないが、シロウは殴りたい衝動に駆られた。

 とにかく、さっさと二人に手渡して黙らせる事にする。特にコーリス。


 ヤンは、だし巻き卵を購入すると、さっそく一切れ口に運ぶ

 出汁がたっぷり含まれた、だし巻き卵は、ズッシリとした重量感とは違い柔らかい。

 そして、ジュワ~ッと口いっぱいに、出汁のやさしい旨味が満ちていく。


「えっ? 何これ? 甘味とは、また違う味と、このしっとり感……美味しい!」

「うめぇーっ、さすが姐さんが作った食いもんだ!」

「いや、作ってるのは子供達だからな。ここはそれが売りの店だからな?」


 シロウは、コーリスの多大な誤解に、ほとほと迷惑する。

 こっちが必死で作っている『子供達の手作り』と言うブランドを(おとし)めないで欲しい。


 ただシロウの思惑とは違い、ヤンとコーリスの反応が周囲の注目を集めた。

 それは二日前のトムとヤンの再現。


 新商品と(かか)げておいた事もあって周囲は、かなり興味を引かれていた。


 だし巻き卵は、子供達の手によって最高のふわふわ食感を実現している。

 ただ、一巻きごとに焼き時間と手間が掛かる、と言う弱点もある。

 その為、自然と、それに見合う値段にする必要があり、値段は高く設定されていた。


 しかし、食べた人の反応を見ると、次々に購入者が連なっていく。

 やはり、卵焼きとの違いを知りたい、と言う欲求に勝てない者が多かったようだ。


 特に、パチモン販売を開始した店主達が……


 彼らは、客がこちらの出店に流れて行くのを目の当たりにして、様子見にやって来た。

 そして大量の出汁を加えた調理法とボリュームに、即席で対抗を試みる。

 出汁は、色味と味から醤油をベースに、それなりの物を作り出して卵液と併せていた。

 その時の分量は、子供達が使っている物に限りなく近づけて、同じように調理する。

 その結果、彼らは見事に、無残に崩れまくる、だし巻き卵を客の前で量産した。


 浅ましい目論見を企てたパチモン店主達は、その自尊心を、ことごとく砕かれる。

 なぜなら彼らは、大衆の面前で子供達以下の調理人だと証明してしまったのだから……


 彼らは、一時の利益を目的とした行動で、いままで(つちか)ってきた実力と信頼を揺らがせた。

 周囲の群衆も、だし巻き卵の秘密が、あの大量の出汁にある事には気づいている。

 しかし誰もが、それゆえに発生している調理難易度の上昇に気づいていなかった。


 水分を多く含んだ卵液で焼かれた卵の膜は、薄くて柔らかく、そして脆い。

 それを商品として提供が出来るレベルで、簡単に作れると思う方がおかしいのだ。


 これこそが、シロウが事前に、まがい物が出て来た時の対策として用意していた罠。

 シロウは、この対策の為にハツカに事前に確認をしていた。

 それは以前に聞きかじった、だし巻き卵を簡単に巻く為の裏技の事を。

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