030.武術祭の様相
──商業ギルド──
シロウ達は武術祭の活気で満ちた人混みの中を抜けて、商業ギルドへとやって来る。
普段の買い物なら、市場で安い物を探して買う。
しかし大量に物を仕入れるとなれば、やはり商業ギルドを使うのが手っ取り早い。
商業ギルドには、周辺の街から流通して来た大量の商品が運び込まれる。
それらはギルドによって査定され、一定の品質と相場が保障される。
その為、市場に比べると少々値は張るが、ある程度は相場の変動も緩やかであった。
「シロさん、ココリコの卵が値上がりしているようです」
ルネが、さっそくココリコの卵を見つけて、相場の変動に気づいた。
シロウも確認すると、確かに値上がりしていた。
ただ、いま問題なのは、在庫が少なくなっている現状である。
これは、ここ数日で初めての事だった。
「ルネ、孤児院にある在庫だと、あと4日分は確保してあるよな?」
「そうですね……今日は思ったよりも売れていましたから、3日分ならあるかと」
「う~ん、それだと、やっぱり少しは補充しておいた方が良いよな?」
「値上がり傾向にあるのなら買っておいた方が良いでしょう」
買いに来た時間が遅かった事もあるだろうが、ハツカの言う通りだろう。
シロウ達は、卵を買えるだけ購入しておく。
その他にも使っている材料を見て回っていると、やはり砂糖が値上がりしていた。
砂糖に関しては、前日に予想が出来ていたので、すでに十分に確保してある。
しかし、ここで卵の確保が厳しくなる展開は、予想よりも早かった。
「これは、私達以外にも大量に卵を購入している者がいる、と言う事でしょう」
「そうかもな、俺達が大量に消費している。他の連中が卵の確保に乗り出したんだろう」
「シロさん……要するに、私達のせいですよね?」
ルネが言うように、どう考えてもシロウ達が元凶である。
ココリコの卵とは、ニワトリに比べて五割り増しのサイズで、流通量も多かった。
その為、過剰流通となって安価に流通されていたのだが、それをシロウ達が破壊した。
通常であれば、卵が一個あれば、一人前の料理なら十分に作れた。
しかしシロウ達の卵焼きでは、卵を二個使用している。
単純に卵を二倍消費して作られた料理が、この二日間で大量に消費されているのだ。
今日の実演販売を目の当たりにした料理人達は、顔を青ざめさせた事であろう。
このままでは市場の卵を、あの店だけで駆逐されかねないない、と。
更に彼らは、シロウ達がマジックバックに卵を大量に保有している事を知らない。
ゆえに料理人達は、慌てて卵の買い込みに走った。
シロウ達によって、自分達が必要とする分も食い散らかされる前に、と。
その影響が目に見え始め、商業ギルドも事態の急変に気づく。
一点集中した消費による急激な値上がりは、流通を管理する商業ギルドの無能を示す。
そんな恥を晒す訳にはいかないが、さすがにこの流れには、あらがえなかった。
商業ギルドは、ギリギリまで粘って、市場価格の急激な変動を抑制しようとする。
しかし、一度連動した買いと市場価格の上昇の流れは、止めようがなかった。
シロウ達が遅れてやって来た頃とは、その市場価格が反映されたタイミングであった。
「まぁ、これもお祭りによる一つのイベントのようなものだよな」
「にわか景気と言うやつです。稀に良くあります」
「はぁ、そう言うものなんですか?」
シロウ達は、最後の卵を買い占めると商業ギルドから立ち去った。
その日、商業ギルドは、特産品を品切れにさせる、と言う最大の汚点を記録する。
それは管理不行き届きと言うだけではなく、地域との連携を軽んじたものとされた。
彼らが、地域の住民や冒険者ギルドと連携が取れていれば事態の回避は出来た。
それを怠り、安価に流通させて軽んじた結果が、この結末もたらした、と。
そう言った教訓として、今後、事あるごとに語り継がれていく事となる。
そんな元凶とトドメを刺していった者達が、同一の存在であったとは誰も知らない。
ただただ、南部の国境の街で起きた、商業ギルドの恥さらし、として記録された。
◇◇◇◇◇
商業ギルドを出たシロウ達は、本日の業務を終えた状態となる。
夕食を取るには早い時間帯だった為、ブラリと歩いて武術祭を見て回った。
メインのイベントとして武術大会があるが、所々で小規模な大会が行われている。
目に付くのはアームレスリングだろうか。
毎日、各酒場を予選会場にして、代表者を選出している。
最終的に武術大会の会場に隣接している大きな酒場で、当日の決定戦を行うらしい。
つまり、街の酒場が連携して主催している大会となっていた。
「ああ言う単純なものは、シロウが得意そうですね」
通りかかった酒場の入り口近くのテーブルで行われていた試合を見てハツカが言う。
「ハツカ、それは俺とアームレスリングのどっちをディスってるの?」
「率直な感想です。他意はありません」
「そうか……でもアレは、俺とは相性が悪いからなぁ」
「そうなのですか?」
ハツカだけならまだしも、ルネにまで脳筋と思われているらしい。
シロウは、その思い違いを訂正しておく。
シロウは自分のような打撃で戦うタイプは、筋肉の付けすぎは良くない、と説明した。
なぜなら、筋肉を鍛えすぎても、それを支える関節や腱を鍛えられないからだ。
鍛えられて重くなった筋肉を支えられなくなると、靭帯などを故障させてしまう。
それよりも踏み込みや腰のひねり、タイミングを身に付けた方が強化につながる。
下手な筋トレよりも、それらの技術を身に着けた方が強くなれるのだ。
対して、アームレスリングは意外とルールが細かい。
そして、引く力による最大瞬間トルクが勝敗を大きく分ける、と言う特徴がある。
その力とは、結局、足の先から頭に至るまでの全身運動を意味する。
勝つ為にはウエイトトレーニングが必須となり、筋肉を総合的に鍛える事となる。
それは手首、腕、背中、更に腕と背中を連動させる肩を重点的に鍛える事を意味した。
「つまり目的が違う以上、鍛える方向性も変わって来るんだよ」
「な、なるほど、そう言うものなのですね」
ルネは、ああ言うのは、単純な力比べにしか思っていなかった。
そして、何かあるごとに力自慢をする男の子を良く見ていた。
だから、このような見方で説明が出来るシロウに感心する。
「いいえ、ルネ、騙されてはいけません」
しかし、そこでハツカの待ったが掛かった。
「シロウは最初に、アームレスリングは意外とルールが細かい、と言っています」
「くっ、ハツカ余計な事を言うんじゃない」
「要するに、それらを覚えられないから嫌がっているだけです」
「えっ、そうだったんですか?」
「ち、違うよ、ただ何かと、うるさいんだよ。手首を曲げるなとか、顔を離せとか……」
「シロさん……」
ルネはシロウに感心した後だっただけに、呆れてしまう。
「と、とにかく、俺のような、か弱い男子には縁遠い競技だから」
「いままで多くの魔物を一撃で葬って来たクセに、よく言います……」
「でも、確かにシロさんはケガが絶えません。身体的には、かなり貧弱な部類かと」
「ひ、貧弱……」
シロウは、ルネの口から放たれた言葉に他意は無いと知りつつもショックを受けた。
「あれっ、シロさん、急に落ち込んでどうしたんですか?」
「ルネ……意外と辛辣です」
「えっ、私、何か言いましたか?」
そして訳の分からないルネは、ただただ困惑していた。




