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028.出店二日目

 武術祭2日目の朝を迎えた。

 シロウは前日に引き続き、孤児院の出店の準備を手伝う。

 今日からは野外用の調理器具を使って子供達にパンと卵焼きの実演販売をしてもらう。

 その為、シロウは先に出店場所に(おもむ)いて準備を整えていた。

 とは言え武術祭に際して商用ギルドから格安で貸し出された機材は優秀である。

 設置は簡単で、魔物から取れる魔石を使って容易に火が使えた。

 シロウ達からすれば、火力調整が出来ない点に不満はあったが、十分な代物(しろもの)と言える。

 それは武術祭の運営と商業ギルドに利害の一致がもたらした恩恵。


 武術祭の運営としては、武術祭を盛り上げる為に、多くの出店を望んでいる。

 しかし、同時に料理を扱う店が下手に火災を起してもらっては困る。

 商業ギルドとしても、それは同じ。

 武術祭に訪れる者達がもたらす、新しい商品や料理は新たな商売に繋がる。

 そんな者達の不手際で、新しい商売の芽が摘まれる事は望んではいなかった。


 ゆえに商業ギルドは、武術祭の期間限定で格安に野外調理機材を貸し出していた。

 ただし、それは善意からではない。


 商業ギルドは武術祭の最終日までに、機材の購入希望を(つの)っている。

 ここで購入を決めた場合、その機材を販売額から貸し出し料を引いた差額で販売する。


 武術祭は計6日。要は、その間は機材のお試し期間と言う事となる。

 そして貸し出されている機材とは、携帯コンロのようなものだった。


 武術祭の期間中に手軽さと携帯性に優れた機材に慣れた者達は、機材の購入を考える。

 しかし、考えるとは言っても懐事情に余裕が出来た者達は、ほぼ購入を決めた。

 それは何度も借りるよりも購入した方が懐に優しいから、と言う事情から。

 そして一度慣れた便利さを手放せなくなった、と言う心情からでもあった。


 対して商業ギルドとしても、機材の返却よりも購入してもらった方が望ましい。

 ゆえに最初から購入料は、武術祭での稼ぎで十分に手が届くように設定されている。

 そのあたりは、さすがは商業ギルド、と言った様相の手腕であった。


「おはようさん、あんた達も商業ギルドから機材を借りたのかい?」


 シロウが借りた機材を持ち込んで設置していると、お隣さんから声を掛けられた。


「ああ、おはよう、昨日やっと借りられるだけの資金が出来たんでね」


「あれだけ大盛況だったのにかい?」


 お隣さんは、本当はもっと儲けているんだろ? と言う風に聞いてくる。

 それなら途中から、かなり水で薄めた果実水を売っていた、そっちだろう? と思う。

 なにせ、こちらの客が水分欲しさに、そちらにも流れて行っていたのだから。

 シロウがその事を暗に示すと、お隣さんは素知らぬ顔で音のならない口笛を吹く。

 実に分かりやすいオッサンさんだ。


 シロウが、一仕事終えた頃にエレナが子供達を連れてやって来る。

 そして子供達が携帯コンロの前に立ち、パンケーキと卵焼きを焼き始める。

 すると当然のように、興味を持った者達が周囲を囲んで見に集まって来た。


 子供達は、携帯コンロを使って通常の丸いフライパンと四角い卵焼き器を温める。

 それぞれに油を敷いて、フライパンでは皿代わりにするパンケーキを焼いていく、

 フライパンに事前に用意しておいた小麦粉と塩、卵を溶いた生地を流し込んで焼く。

 焼きあがったパンは、粗熱(あらねつ)を取る為に一旦休まされる。

 こうしてパンの方は、卵焼きに先行する形で焼かれていった。


 対して周囲の注目を集めている卵焼きの方はと言うと、卵を割って溶いていた。

 そこに塩を溶かした食塩水を加えて混ぜ、味を整えていく。

 ここはハツカの卵焼きを採用した手順となっていた。


 後は、温められた卵焼き器に卵液を少しずつ流し込んで、薄い膜状に焼いていく。

 表面が半熟状態にまで焼けて来たら、奥から手前に向けてフライ返しを使って返す。

 全てを返し終えたら、卵焼きを奥の方へと移動させて、再び卵焼き器に油を敷く。

 先に焼いていた卵焼きの下にも卵液を流し込んで、再び半熟の幕状に焼いていく。


 以降は、半熟で巻かれた卵焼きを余熱で固まらせては、油を敷くを繰り返す。

 こうした手間を掛けて大きく形作られていく様子が、人々の興味を引いた。

 最後に出来上がった卵焼きをパン皿の上に乗せると、感嘆の声と拍手が一斉に鳴った。


 子供達が、何事かと驚いている間にも賞賛の声が飛び交う。

 そこで初めて子供達は、自分達が作った物が、喜ばれているのだと理解が追いつく。


 それは子供達のやる気を高め、成長を促す。

 子供達は、次々に舞い込む注文に応えようと、一生懸命に料理をする。

 それが、孤児院で料理をしていた時以上に、子供達の調理技能を成長させていった。


「おはようございます。本日も盛況のご様子ですね」


 子供達への卵液への供給を手伝っていたシロウの下に前日の年配の男性が現れた。


「セドリックさん、おはようございます。いま取り置きしていた物を持ってきます」


 シロウは、前日に約束していた卵焼きのセットを一つ多く持って来た。

 それを見てセドリックが不思議そうにシロウに訊ねる。

 そこでシロウは、イタズラっぽく笑って答えた。


「これは前日と同じセットで、まぁ前日のお詫びを兼ねたオマケです」


 シロウは、もしよろしければ食べ比べて下さい、と伝えてセドリックに手渡した。


「なるほど、本日の物の方が少し大きいように見えますね。何か違いがあるのですか?」


「前日より、ふっくらと柔らかくなっています。大きさに変化があるのはその為です」


「それを、この子供達が作っていると言う事なのですね」


 セドリックは、実際に目の前で調理をしている子供達を見て感心していた。


「そうですね、子供達でも、この程度までなら問題なく作れるようになりました」


「……と言う事は、これよりも良い品があると言う事ですか?」


 セドリックは、シロウが暗に示された料理に興味を示す。


「武術祭が終わるまでには出せると思います。もし良かったらまた買いに来て下さい」


「そうですか……明日以降は所用でこちらには(うかが)えないと思います」


 そう前置きをしたセドリックは、代理の者を遣いに越させたいと言ってきた。

 要するに、また取り置きをしておいて欲しいとの申し出だ。

 シロウとしても、こちらから(あお)った感があったので、まぁ良いかと了承をする。

 セドリックはシロウに一礼をすると、武術大会の会場の方へと向かって行った。


 シロウは見送りながら、今日はトムヤンクンが寄って行かなかったな、と思い出す。

 今日からは本戦だと言っていたから、気合を入れて試合に向かったのだろう。

 そんな事を思いながら、シロウはパン生地と卵液を作る作業へと戻る。

 これらが一番労力が掛かり、大切な作業なので、人数もここに割いている。

 料理が得意ではない子供達にも手伝ってもらい、準備が出来たものを運んでもらう。

 そうこうして(あわただ)しくしていると、あっという間に時間が過ぎていく。


「今日は交代の時間まで持ちましたね」


 ハツカが交代の子供達を連れて訪れたのは、そんな盛況っぷりの真っ最中だった。


「ああ、売れ行きは昨日と変わらないけど、こっちでも調理をしているからな」


 それに加えて、子供達が調理しているのを大人しく見物してくれているのが大きい。

 客達が順番を守ってくれるおかげで、おかしな連中は他の客によって排除されていた。

 その中には前日の肥満児もいたが、ガタイの良いお兄さん方によって鎮圧されている。

 そして大人しくなった肥満児は、順番を守って大量購入をしていった。


 そんな報告をハツカにしていた(かたわ)らでは、子供達同士で話をしている。

 先にいた子供達は、疲労の色を浮かべながらも笑顔で仲間達を迎える。

 それは、見知った仲間達の登場で、子供達が張っていた緊張を緩めた。

 そこに、気温の上昇に加え、調理の熱気に当てられて疲弊していたものが表面化する。

 体力が少なかった小柄な子が、緊張感の弛緩と同時に、ヘタって座り込んだ。

 それに気づいたエレナが、慌てて水分を取らせて休ませる。

 と同時にハツカは、シロウに冷たい視線を向けた。


「……がんばり屋さんを気遣えなかった事は悪かったです。今後は気をつけます」


 シロウは無い頭を絞って、この事態についてハツカに謝り倒す。

 無理な事はさせないようにしていたのだが、自分の見識が甘かったと反省する。

 そしてエレナが、もう大丈夫です、と言って来た事で、場は一旦収まる。

 ただ、その後もシロウは、しばらくの間、ハツカにキツイ視線で責められ続けた。

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