020.埋もれていた依頼表
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冒険者ギルドで、練習場の使い方で厳重注意を受けたシロウは頭を悩ませていた。
シロウはギルドの治療師に治療してもらい、見た目だけは治った拳の感覚を確かめる。
左右の拳を開いては閉じる、と言った動作を繰り返して、少し違和感を感じる。
まだ熱っぽさが残るのは、体内で二つの治療作用が影響を及ぼしている証拠。
回復魔法は、負傷前の状態に近づける復元作用が強い。
対して薬品による治療は、痛覚緩和や自然治癒能力の向上と言った作用が強い。
どちらの手段も表面的には同じ回復と言う現象を引き起こしている。
しかし併用治療をするのなら、回復魔法で治療してから薬品を使う方が望ましい。
そうする事で、折れた骨が正常に繋がり、負傷した筋肉が強靭な物に生まれ変わる。
逆だと、折れた骨が歪んで繋がり、筋肉は以前のまま、と言った事が有り得るらしい。
それを聞いてシロウは、今まで受けた治療は、ダメなパターンばかりだったと気づく。
その事をルネに訊ねると、粗悪品の薬品を使っていなければ大丈夫だと言われた。
だから薬品の供給が不足した状況下だと、気をつけた方が良いと言われる。
薬剤の知識が無い者が、勝手に水で薄めた粗悪品を市場に流す事が起きるらしい。
「とにかくシロさんの拳の怪我を、ちゃんと治す為にも安静にしているべきです」
ルネのドクターストップが掛かり、シロウは大人しく果実水を口にする。
最初からこうなる気はしていたが、これで本当に身動きが取れなくなった。
適当な依頼を受けようにも、両手が不自由な為、ろくに役に立たなくなってしまった。
一緒に行動するよりも、留守番をする事になりそうだ。
「それでだ、武術祭が終わるまでの待機期間中に何をするか、だよな?」
「ファロスさんの帰りの護衛依頼を受けるまでの時間の使い方ですよね」
「私は特に希望はありません」
三者三様に言葉が続かない。
ただでさえ戦力が乏しいパーティだったが、現状で戦力と成り得るのがハツカのみ。
こうなると魔物との遭遇が有り得る依頼は受けづらい。
また、一番力があるシロウが動けないので、運搬系の依頼も受けづらい。
「ぶっちゃけさ、全員で同じ依頼を受けなくても良いんじゃないか?」
「シロウ、それはどう言う事です?」
「ポーションの納品依頼なんかは、ルネだけで受けられるだろ?」
「つまり、個別で依頼を受ける方針に変えると?」
「それはダメです、それではパーティを組んでいる意味がありません」
シロウは意外と良い考えだと思ったのだが、それをルネに否定された。
「どんな時も、皆で協力するのがパーティです」
「なるほど、ルネは良い事を言うなぁ、それじゃあ、どんな依頼を受けるんだ?」
「それはこれから皆で考えましょう」
「結局、最初に戻りましたね」
シロウが少し捻くれた物言いで訊ねると、ルネは真っ直ぐな言葉を返して来た。
その様子にハツカは、ため息をついて席を立ち、依頼ボードの前に向かう。
貼り出されていた簡単な採取依頼や警備依頼が選ばれて候補として並べられていく。
しかし過保護なルネがシロウの負傷を気遣って、ことごとく却下した。
繰り返されるやり取りにハツカはうんざりしだし、シロウは身の置き場に困っていく。
そんなルネの目に、ある依頼表が飛び込んで来た。
「そうですよ、シロさん、ハツカさん、この依頼がありました。これを受けましょう」
そう言って持って来たのは、武術祭中の教会の出店協力依頼。
重なった依頼表の下となっていたそれは、人目につかなくなった残り物。
当然のように、他の依頼と比べて格段に安い報酬額のものだった。
「教会は定期的に、市場に出店して孤児院の運営資金を得ているんです」
「つまり武術祭は書き入れ時になるから人を集めているのか」
「それで何を売っているのです?」
「基本的にはパンを売っています。人が多く集まる所では食べ物が確実に売れますから」
その他にも教会ごとに簡単な物を売っているらしい。
売り物が簡単な物と言うのは、それらが孤児達が作っているがゆえの物だからだ。
つまりは、自活の為の教育や訓練と言った意味合いもあるからなのだと言う。
「だけど子供が作った食べ物って大丈夫なのか?」
「大丈夫です、ちゃんと指導する修道女さん付いていますから」
その後、ルネに押し切られる形で依頼を受ける流れとなった。
毎回の事だが、ルネは教会の依頼に対してかなり甘い。
それは教会の孤児院で育った事が起因していた。
「とにかく、教会に行って話しを聞きましょう」
ハツカが、一旦、依頼内容の確認を取る事を提案してくる。
そしてシロウ同様に、教会の依頼に対する安請け合い傾向にあるルネを心配していた。
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シロウ達が、教会からの依頼の内容を訊ねに行くと、孤児院の一室へと案内された。
孤児院は、教会を挟んでシロウ達が借りている宿舎の反対側に位置している。
教会もそうだが、孤児院の方も狩猟都市の物に比べて大きい。
その分、今朝、顔を見た多くの子供達を抱えている事もあってか、苦労の痕跡も多い。
所々に年季の入ったキズや落書きの跡、建物を補強している箇所も目に入ってくる。
「依頼を受けてもらえると言うのは、あなた達でしたか」
シロウ達への対応をしたのは、修道女のエレナ。
今朝ファロスの背後にいた孤児達を呼びに来ていた人物であった。
「はい、みんなでがんばりましょう」
ルネは全く話を聞くがない。完全にイエスマンと化していた。
「いや、ちょっと待ってくれ、依頼の内容を確認したい」
「ルネは、自分が知っているものと全てが同じだと思っていませんか?」
「そ、そんな事はありませんよ」
ルネはハツカに指摘されて、慌てて取り繕う。
馴染みのある仕事と言う事で気が緩んでいた事に気づいたようだ。
エレナは、ルネの様子を微笑ましく見守り、落ち着くのを待ってから説明を始めた。
「通例ですと、トラブル時の対処を含めた調理や販売品の受け渡しの補助となります」
エレナは、あくまで孤児院の子供達が作って販売する事が趣旨なのだと説明した。
販売しているものは、三種類。
パンと言っていたが、要は薄く平らなパンケーキ。
そのパンに、かろうじてスクランブルエッグを挟んだサンドイッチ。
あとは、ゆで卵である。
要は『孤児院の子供』と言うのが、一種の客寄せとなっているのだ。
親を亡くして教会に身を寄せる子供達が、がんばって作った物。
つまりは、応援や同情と言った付加価値によって販売されているのが分かった。
それを聞いてシロウは『おばあちゃんが焼いた煎餅』と言う話を思い出した。
あれも確か、作っている物は特殊な物ではなかった。
要は誰が作ったか? と言う付加価値によって売れた商品の話だったと思う。
ただ、それだけだと多くの料理が売り出される武術祭では、埋もれてしまうだろう。
人の胃に収まる量には限りがある。
美味そうな物、珍しい物があれば、そちらに人は流れて行く。
それはエレナも分かっているのだろう。だから一通り説明をした後、問い掛けてきた。」
「今朝の卵の料理の事なのですが、あれを教えてはもらえないでしょうか?」
エレナは、今朝シロウ達が差し入れをした卵焼きを、いたく気に入ったらしい。
そして、教えを請おうと思っていた所、依頼を見て来てくれた事に感動したと言う。
「最近はパンと卵だけでは、なかなか買ってもらえなかったのです」
「つまり、見た目が珍しい卵焼きを売りに出したいって事か」
「はい、見た目もそうですが、材料も変わった物は使われていないようでしたので」
「良いですね、子供達も気に入っていましたし、良いと思います」
エレナは、武術祭に向けて抱えている食材の事も加味して相談してきた。
それに対してルネは、相変わらずイエスマンと化している。
シロウは話を聞いて少し考え込んだ。
子供達が武術祭までの間に、卵焼きの作成に必要な技能を身に付けられるのか? と。
そう言った不安要素は、ハツカも共通して認識していたようだ。




