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エピローグ

 オリヴァーの騒動から数日後。

 クロエはスティードに誘われて、森の中にある川辺にやってきた。


「やっと君と二人になれた。誰も見ていない場所で君を独り占めしたくて、この日が待ち遠しかったよ」


 蕩けるような口説き文句に頬が熱くなる。

 スティードは、エスコートするためにとっていた手を、きゅっと握ってきた。

 そのまま甘い雰囲気になるかと身構えれば、意外にも彼はあっさり解放してくれた。


「ご家族は大丈夫だった?」


 爽やかな笑顔で尋ねられ、こくこくと頷き返す。

 さっき一瞬、彼がみせた甘い微笑みは、もしかして幻だったのだろうか。


「ええ。お父様も、マリオンの家を援助すると約束してくれたわ」


 あれからふたりとも、マリオンの抱えた問題をなんとかいい方向へ運ぶため、駆けずり回っていたのだ。

 その結果、今日までちゃんと会う時間を取れていなかった。

 お礼を言うなら、ふたりっきりになってからというスティードの望みもお預け状態となっていた。

 スティードのほうから、それで構わないと言ってくれたとき、クロエは正直驚いた。


 スティードはマリオンのことをどう思っているのだろう。

 まさかマリオン本人の前でその質問を投げかけられるわけもなく、彼の気持ちがわからないまま今日まで来てしまった。


 でもスティードの提案のおかげで、マリオンの問題はだいぶマシな状況になった。

 クロエの父が援助を決めたおかげで、借金問題もひとまず落ち着いたし。

 もちろん、二年後クロエの父である公爵とマリオンの父である子爵との間になにが起こるか忘れたわけではない。

 時が来たら、父が子爵に罪を被せないよう画策するつもりだ。


 婚約問題のほうは、もっとしっかり解決した。

 本物のザック・ニールが、スティードとの約束どおり、自ら婚約の話を断ってくれたのだ。

 マリオンが望まない結婚を強いられることがなくなって、本当によかった。

 ザックが翌日すぐ婚約を断ったのは、どうもスティードが尽力してくれたかららしいのだけれど、尋ねても「念を押しに行っただけだよ」と言って詳しいことは教えてくれなかった。


「今回もスティードには色々助けられたわ。あのときのこともお礼を言わせて。助けに来てくれてありがとう」


 オリヴァーに迫られて、クロエは本当に怖かった。

 もう駄目だと思ったとき、心に浮かんだのは、スティードの顔だ。


「君のために何かできるのがうれしいんだ」


 そう言って、スティードが優しく笑う。


「あんなに嫌な態度を取ったのに?」

「どんな態度でも僕には全部可愛く映ってるよ」


 あの日の口論についてクロエを責める気がないのは、スティードの態度を見ていればわかる。

 彼は優しいから、もうクロエを許している。

 でも、クロエのほうはうやむやにしたくなかった。

 自分に非があるからこそ、なかったことにしてもらうわけにはいかない。


(さあ、勇気を出す時がきたわよ)


 誰よりも心を開いている友人だからこそ、スティードの前ではつい意地っ張りになってしまう。

 そんなダメな自分を、内側のほうへ押し込めて、彼と向き合う。


「ごめんね、ひどいことを言って。私、あなたと喧嘩したときからずっと謝りたかった」

「喧嘩? それって僕たちの痴話喧嘩のこと?」

「え!? 痴話喧嘩!?」


 思わぬ切り返し方をされて、違う意味でも恥ずかしくなった。

 スティードはクスクス笑っているけれど、馬鹿にして面白がっているわけじゃないのはわかる。

 オリヴァーがクロエを笑う時とは、眼差しが全然違うから。


 クロエを見つめるスティードの目には、どんなときでも揺るぎない愛情が溢れるほど宿っていた。

 あの口論をした日ですら、それは変わらなかったことを思い出す。


 クロエは火照った頬に手を当ててから、ふうっと息を吸った。

 照れて脱線している場合じゃない。

 思っていることをちゃんと伝えるまで、せめて平常心を保たなければ。


「あのあとすぐに反省したけど、今は後悔もしてるの。あなたの忠告にちゃんと耳を傾けていれば、ピンチに陥ってみんなに心配をかけることもなかったのに」

「僕も君と別れてから、同じように考えてた。君の話にもっと耳を傾けるべきだったって。君は何も悪いことをしていないのに、あんなふうに責めたりしてどうかしてた」

「それは庇い過ぎよ。私は勝手にうろついて、あなたが関わるなと忠告した二人と、切っても切れないような縁を作り上げちゃったのよ」

「仕方ないよ。マリオンは男装していて、オリヴァーは偽名を名乗っていたんだ」


 オリヴァーの名前を聞くと、メラメラと押さえていた怒りが湧き上がってきた。

 スティードもそれは同じらしい。

 オリヴァーの名を呼ぶときだけ、彼の青い瞳に剣呑な色が光った。


「私、夜寝る前にオリヴァーへの報復計画をあれこれ練っているの」


 でも、実をいうともしスティードが止めろというのなら、オリヴァーのことは忘れようと思っている。

 すごく難しいだろうけれど、これからはちゃんと忠告を聞ける人間に代わりたいのだ。

 せめて自分のことを本気で心配してくれている人のくれる忠告くらいは。


 ところがスティードは、険しくしていた表情を崩してふふっと笑った。


「ふふ。クロエはぶれないな」

「止めないの?」


 もう関わるなと言われるかと思ったのに。


「あれから色々と考えて、方針を変えることにしたんだ。いくら心配だからって、君の行動を制限しようとするのは間違っていたよ。クロエが嫌がることを押しつけたいわけじゃないんだ。だからね、クロエがしたいと思ったことは止めない。もし何かアクシデントが起きたとしても、僕が傍にいて、すべての厄災から守るから。これですべて解決だ」


 びっくりして瞬きを繰り返す。


「それって私に甘すぎない?」

「いつでも君を甘やかしたい気持ちがあるけれど、今回はそれだけじゃないんだ。ねえ、クロエ。マリオンとはいい友達になれそうだね」

「え? ――ええ、友達として好いてくれているみたい」


 クロエのほうも負けないくらいマリオンのことを気に入っている。

 でも、なぜ突然マリオンの話に?


「気づいている? 君は破滅を引き起こす大きな要因の一つを、また今回クリアしたんだ」

「え?」

「マリオンは君が救ってくれたことに心底感謝していた。傍目から見ていても、彼女は君が大好きだということが伝わってきたしね。もし彼女が原因で君が破滅しそうになったら、全力で庇ってくれるんじゃないかな」


 ゲームの中のマリオンは、破滅する悪役令嬢をただ眺めているだけだった。

 これは大きな違いだし、そこに希望を見出しているのだとスティードは言った。


「あと、これは正直認めたくないんだけれど……。オリヴァーにとっても、君は唯一無二の存在になってしまったと思う」

「向こうからも天敵として認定されたってこと? それは破滅ルートよりの展開なんじゃないかしら」

「いや、そうとも限らないよ。気に入られても、憎まれても面倒な相手であることは変わらないから、僕としては心中穏やかじゃない。でもオリヴァーは、気に入った相手を死なせたりはしないと思うんだ。離れてかれるのが嫌みたいなことを言っていただろう?」

「ええ。でもオリヴァーの発言って、遠回しでさっぱり理解できないのよね。もっとわかりやすく喋って欲しいわ」


 それに比べてスティードは、ちゃんと伝わるよう努力をしてくれるから好きだ。

 今の話も、何度か噛み砕いて説明してくれたおかげで理解できた。

 オリヴァーが敵であるのは変わらないものの、クロエの破滅を望むことはなくなったのではないかと考えているようだ。


「マリオンの婚約といい、男装といい、ゲームとは違うエピソードが次々発生している。僕はすべての危険を予知できるわけじゃなさそうだ。そんな状況下でも、今回、破滅の大きな要因を排除できたのは、君が自分で考えて動いた結果だ」

「私の暴走も悪くなかったってこと?」

「ああ。だからこれからも、君はいままで通りの君でいて。どんな窮地も僕が助ける。君が僕の名前を呼んでくれるなら、どんなときでも助けに行くよ」


 スティードはクロエの手をそっと取ると、軽く身を屈めて、人差し指の先に唇を寄せた。


「……っ」


 彼の唇が触れた場所が燃えるように熱い。


「僕はクロエへの変わらぬ愛を誓った、君だけの騎士ナイトだ。これから先もね」


 そんなに真摯な目で言わないで欲しい。

 クロエは耳まで熱くなるのを感じながら、照れ隠しでわざと言った。


「あなたは騎士じゃなくて王子でしょ」

「ふふ、そうだね」

「それに私、いつも言ってるとおり、愛とかよくわからないわ」

「知ってる。だから、僕が教えてあげるよ」


 スティードに手を取られ、クロエはくらくらした。

 見つめ合っていることを意識すると、心臓が破裂しそうだ。


「そんなの学んでる暇はないわ!」


 クロエは慌てて誤魔化した。


「そういうのは、ゲームの勉強が全部終わってからよ!」


 クロエにとっては最大限の返事のつもりだ。

 スティードは虚を突かれたような顔をしたが、やがてうれしそうに笑った。


「それじゃあ、なんとしてもエンディングのその先にある、真のハッピーエンドを迎えなきゃね」

「ええ!」


 クロエにとって、恋や愛はよくわからない存在だ。

 だけどスティードの見せてくれるそんな未来なら、悪くはないかもと思えた。

 エンディングのその先、真のハッピーエンドに辿り着く頃には、少しは恋について免疫ができているかもしれないし。


(おわり)

これにて本編は一旦完結です。

五ヶ月間お付き合いいただきありがとうございました!

今後は不定期更新の番外編で、

クロエたちの恋愛や、学園生活の様子を気ままに書いていけたらなと思っています。

下記の評価から評価ポイントを入れていただけると、とてもうれしいです!


新作をはじめました。

こちらできる限り毎日更新していきますので、よろしくお願いします!


◇◇◇


『転生したら14歳の王妃でした 〜聖女のチートとか興味がないし、気ままにおいしいごはんを作ります!~』

https://ncode.syosetu.com/n5380fm/


過労死した社蓄OLが転生した先は、14歳の王妃の身体だった。

目覚めて早々、なぜか王宮の奥に閉じ込められてしまったうえ、超多忙らしい陛下には、放置されているみたい?

「私のことなら、お構いなく! 前世で叶わなかったのんびりライフを満喫するのに夢中なので」

お菓子を作り、侍女たちに慕われたり。栄華を誇る王宮の片隅でせっせと畑を耕したり。

特製アロマバスに入って、おいしいご飯を食べ、ふかふかのお布団で眠る幸せな日々。

ところがある日、なんとなく作った寝室用香水によって、とんでもないチート持ちであることが発覚!? 

そういうことには興味がないので、今日もマイペースに過ごします。

――これは、14歳のチートな王妃に転生した元社畜OLが、気ままに料理したり、癒し空間を作っているうちに、最強陛下や側近たちに懐かれてしまう物語。

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