閑話 シレンシアでの一幕②
※ちょっとショッキングな描写があります。
「お頭……本当に行くんでありやすか?」
「ああ、ルファスの奴には恩もある」
確かにあっしらが抜け出してこれたのはルファスのおかげでもありやす。だが今のルファスは聖騎士、あの頃と同じかはわかりやせん。
「んな心配そうな顔するな。聖騎士の野郎は俺らをあえて見逃した。いつでも殺れたのにもかかわらず、だ」
「そうではありやすが……」
ルファスの名を使っているだけの可能性もありやす。あっしらの名も、ルファスを捕らえて聞き出しただけかもしれない。
「随分と疑り深いじゃねえか、どうした?」
「いや、なんでもありやせんよ。それより行くなら早く行っちまいやしょう。ルファスのことも気になりやす」
「ああ。さて、オーガが出るかスネクトルが出るか……」
お頭は痛て、と顔をしかめながら立ち上がりやした。あの腹の傷も治るには長くかかりそうでありやす。やっぱりあの風魔術の聖騎士は信用なりやせん。あんな嫌な笑みを浮かべる野郎だ、何考えてやがるか……。
教会に着いたのは刻22の少し前でありやした。奴の言っていたとおり、聖騎士がいる様子もありやせん。
「二階東、三番目の窓だったな? 丁度いい、あの木に登るぞ」
「へえ、しかしお頭、傷は大丈夫なんで?」
「この程度の怪我で木登りもできなくてどうする。普段だって大丈夫だろう」
まぁ待ち伏せするときなんかも登ってはいやすが。こんなデカい怪我は久々でありやすから……。
「じゃ、あっしが先に行きやす」
「おう」
幸い凹凸も多く、登りやすい木でありやした。確かに二階東の三番目の部屋だけ明かりが点いていやす。
「っ……と。ギード、何か見えたか?」
「いや、まだ明かりだけでありやすね」
少し経って、部屋に一人の少女が数人の神父と入ってきやした。盗みの説教かなんかでありやしょうか。
「あれは教皇様か。懐かしい顔だ」
「あっしらもよく叱られやしたねえ」
お祈りをサボったり、簡単な魔術も使った喧嘩をしたり。その度にこっぴどく叱られたものでありやす。
信仰は己を鍛え上げる、とか言ってやしたが……どこまで本気なんだか最後までわかりやせんでした。
「! おい、ギード」
「へえ?」
「奴らは何をやってやがんだ?」
部屋の中では、少女が両肩を神父に支えられてぐったりしてやした。一瞬目を離した隙に何が――と思った瞬間。
「な!?」
「んだよ、これ……」
教皇様が、少女の腹を殴りやした。それも一度じゃありやせん。魔力をまとった拳で、何度も、何度も。
少女は泣き叫んでるようでありやすが、結界の影響か音は一切漏れていやせん。
「一体何したってんだ、あいつ……」
「ひでぇ、まるで拷問じゃありやせんか」
明らかに躾の域を超えていやす。教皇様は今度は慣れた手つきで服を剥ぎ、首に手をかけ、無理矢理に――
「どういうことだ、何が起こってやがる!」
「……見てられやせん。貧民街のごろつきよりタチが悪い」
初めは抵抗していた少女は、神父共に好き勝手にされるうちに、最早動くこともなくなりやした。神父共はその亡骸を庭に運ぶと、炎――恐らく、葬儀用魔術でも知られる聖焔でありやしょう――で燃やし尽くしやした。
……彼女が浮かばれることを祈るばかりでありやす。あまりにひでぇ。ひどすぎる。
厳しい掟も多い面倒なとこではありやしたが、こんな邪教のような行いが許される場所じゃなかったはずでありやす。何かがおかしい。聖騎士は何をやってるんでありやしょうか。
「帰るぞ、ギード」
「へえ……お頭、ちと今から急襲しやせんか?」
「いい考えだな、だがそれは今じゃねえ。昨日の聖騎士がこれを見せたわけを考えんだ」
わけ……わけでありやすか。あっしらにしか頼めないとか言ってやがりましたし、きっとあの神父共にかかわることなんでありやしょうが。
穴蔵に帰ったあとも、どうにも寝付けやせんでした。そういえば聖騎士には純人族の女がいない。
孤児院で共に育った奴らは? 思い返せば、ルファスの想い人も途中で養子になると言って院を出ていきやした。あっしらとの仲も良かったでありやすし、手紙の一つも寄越さないのは薄情だと思いやしたが、まさか……。
……ルファスに聞けば全てわかるでありやしょう。頼みの内容も大体予測がつきやした。となると、やっぱり今はしっかり寝ておくことが肝要でありやす。
*
「起きろ、行くぞ」
「へえ、おはようごぜえやす」
珍しくお頭が早起きで驚きやした。普段はあっしが起こす側でありやすから。
屋台で適当に朝飯を済ませ、昨日の角へ。遠目からでも白銀の鎧がよく見えやす。
「……久しぶりだな。ローランに、ギード」
「ああ。まさか再びこうして会おうとはな」
「聖騎士になってるってんで驚きやした。で、頼みってやつは――」
と、お頭があっしを手で遮りやした。
「ルファス、一つ聞かせろ。アリスはどうした」
ああ、丁度あっしも聞こうと思ってたところでありやす。ルファスは、アリスを心の底から愛していた。
「アリスは……アリスティアは、死んだ。あの神父共に穢されて、リフィスト様への贄という名目で殺された」
「じゃあ何故!」
「お、お頭!?」
お頭が突然ルファスに掴みかかりやした。が、ルファスは別段驚いた様子もありやせん。
「何故、そんな奴らに仕えてやがる……!」
「当然の疑問だろう。が、何を話すにもここじゃ人が多すぎる。少し場所を移そう」
ルファスに連れられて細い路地に入りやす。確かに貧民街に聖騎士がいると、それだけで目立ちやすしね。
「さて、このあたりでいいな。会ってすぐで悪いが、お前たちに頼みがある――あの腐った神父共を、皆殺しにしてほしい」
「まずてめえが奴らに仕えてる理由を聞かせやがれ。それ次第じゃあ俺はここでコイツを解放することも厭わねえ」
「ほう、どうやら本当に解放できるようだな。理由は簡単なものだ。俺たち聖騎士は神父共に逆らえば死ぬ。これのせいでな」
ルファスは篭手を外して手の甲をあっしらに突き出しやした。何やら模様が入ってるようでありやす。
「んだ、そりゃ」
「聖紋だ。本来神器の解放に必要であり、同時にリフィスト様の加護を受けていることを示す。が、神父共が細工したせいで俺たちの行動を縛るいい枷となった」
ああ、昨日の聖騎士が言ってたやつでありやす。聖紋を持たないあっしらにしか頼めないとか。
「……なるほどな。事情はわかった。だが昨日のありゃなんだ。何故問題にならねえ? 俺らが院にいた頃からあったんだろ?」
「院での躾の名のもとの過失程度、少額のルナを納めれば罪には問われない。特に相手が孤児であれば尚更だ」
「だが記憶結晶やらで証拠を残せばいいだけだろうが。違えか?」
「教皇は国と繋がっている。例え表沙汰にしても有耶無耶にされるし、事実を知った全員がすぐに命を落とすことになる」
随分とやべえ話でありやす。そんなとこから武器盗んで、よく今まで生きてこられたもんで……。
「何故そこまでしてあんなことをしやがる。異常だ。娼館がダメだとしても、奴隷商から幼いのを引っ張ってきて裏でやるとか……他に方法は幾らでもあるはずだろうが」
「あれは儀式の一つだからだ。信仰と贄の融合によって、不健全な形でのリフィスト様の復活を行おうとしている……いや、復活は既に済まされた。あとはその器を埋めるだけだ」
「やれやれ、想像上の天使を復活だと? 訳が分からねえ」
「院で育っておいて想像上とは面白いことを言うな。それはさておき、頼みは受けてくれるのか?」
神父共を皆殺し。あっしは受けたいところでありやすが……。
「ああ。だが院のガキ共を巻き込まねえ自信がねえ」
「それなら安心しろ。子供たちは今日中に近くの村へ避難させる。近頃は大罪も出て物騒だし、神父共も''天使の子''には死んでほしくないからな」
「ならいい。心置き無く暴れさせてもらうぜ」
「ありがたい。決行は刻十八を狙うといい。神父共は昔と同じ広間で夕飯を摂っている」
ああそれと、とルファスは付け足しやす。
「できればリフィスト様の檻は破壊しないようにしてくれるか。まだ不完全な状態なんだ。贄は人である必要もないし、信仰で補うことも可能だ」
「そいつぁ約束できねえな。俺は教会も院もまとめてぶっ壊すつもりで殺しにいく」
「……わかった。まぁ、リフィスト様が外に出られたところで俺には大して関係もない。神父共を殺せればそれでいい」
そう言ったルファスの目には、確かに復讐の炎が宿ってやした。これが罠のはずがねえ。
「これが成功したら次の院、そして教会のトップはⅠの騎士である俺だ。俺が全てを正してみせる。そのときは飲みにでも行こう。勿論、俺の奢りでな」
「へっ、俺は酒豪だぞ? 精々覚悟してやがれ」
「あっしも中々飲みやすぜ。そりゃもう院の資金を使い切っちまう勢いでさあ」
かつてのように軽く笑いあって、あっしらは別れやした。あっしらの友人も奪っていた神父共を、許すわけにはいきやせん。
「久々のでけぇ仕事だ。気合い入れてけよ、ギード」
「へえ勿論で。全員塵も残さず消し飛ばしてやりやしょう」
次回から第2.5章です。




