もっと強くなる
「クオーリヤねぇ、もう行くつもりか?」
「ああ」
「ふーむ・・・」
珍しくミリヤの顔が難儀だ。
「ロラン、もっと強くなりたくないか?」
「今の実力じゃ闘技場は無理ってことか?」
「いや、そうではないが、焦っていく事もないだろう。それに・・・」
「それに?」
「もっとお前の体をいじくりまわしたい」
ミリヤはニヤリと笑った。
ミリヤにとっては俺の復讐よりも、
俺をどこまで怪物に近づけられるかの方がよっぽど興味があるらしい。
全く・・・研究者というのはよくわからん。
「お前が連れてきた新鮮な血もあるしな」
新鮮な血というのはエレナのことだ。
俺は早々に殺そうとしたが、
ミリアが欲しいというので伯爵ごと移動魔法で館まで連れてきたのだった。
おそらく今は何処かの牢に入れられているのだろう。
ともあれ、
彼女にとっては不運なことだ。
ミリヤの性格からするとおそらく彼女は・・・
どんなことをされるのかはなんとなく想像できるが、
考えたくもない。
「ったく・・・で、今度はどんな魔法を見せてくれるんだ?」
「なに、お前の体に竜の鱗を移植するだけだ。効果はやればわかる。おまけにこれは成功率高いからな。安心しろ。」
さらっととんでもないことを言われた気がするが、
もう驚かない。
オークから人間になっているしな。
今さら鱗の一つや二つくらい大丈夫だろ。
我ながら完全にマヒしていると思う。
「じゃあ始めてくれ」
俺はとっとと半裸になり、ベッドに横たわった。
慣れたものだ。
「簡単なんだろ?」
「鱗ないから」
「ん?」
「取って来い」
ミリヤは俺の顔に紙を張り付けた。
そこには真っ赤な竜の絵が。
===依頼===
ランク:A
討伐:火竜一体
報酬:金貨100枚
概要:東の渓谷にて巨大な翼竜を目撃
周辺地域への被害甚大
早急な解決求む
狂暴な為注意されたし
尚、討伐後の個体については冒険者に権利を委ねる
「移植する鱗は新鮮な物じゃなきゃダメなんだ。おまけに金貨ももらえる。冒険者になってよかったな、ロラン!」
「まじかよ」
「他の奴らに横取りされるなよ?」
・・・なかなか骨が折れそうだ。
<渓谷周辺の村>
「ひどいな」
俺は思わずため息を漏らした。
ミリヤの人使いの話ではない。
いや、多少それも含まれているかもしれないが。
目の前に広がる小さな村は半分以上焼け落ち、
塵と化していた。
おそらく火竜に攻撃されたのだろう。
俺とアルが村に入ると長老らしき老人が数人の男を従えてやってきた。
「あなたたちは冒険者の方々ですかな?」
「そうだ。この依頼を見てきたんだが・・・」
「悪いことは言いません、おやめなされ」
俺が喋るのを遮り、老人が口を開いた。
「どういう事だ爺さん」
「ついこの間も五人の冒険者がやってきましたが帰って来たものは一人もいません。まもなくギルドから指名された冒険者一行がくる予定になっています。彼らに任せた方がよいでしょう。」
俺とアルは顔を見合わせた。
「なら急がないとな」
「そうですね」
「ま、待ちなされッ!あれは並の人間の倒せるものではありませんぞ!」
「人間?幸い俺達は人間じゃないんでね」
「・・・?」
困惑する老人たちを無視し、獣道を進んだ。
やがて草木は消え、赤黒い岩が地面を覆い始める。
道は随分と険しい。
辺りには魔物おろか獣一匹いない。
不気味な静けさが辺りに漂っていた。
「竜を倒したことは?」
「一度だけある」
あれは突然の事だった。
戦争中、突然やってきたおかげで進行が三日も遅れてしまったのを思い出す。
自由に空を飛ぶ竜に攻撃を当てるのは至難の技だ。
いかにして飛ばさせないか、
それが竜を狩る際最も重要な事だった。
「待って」
アルが足を止める。
俺達の前を率先していた白い光の玉が、
強い命の鼓動に反応し、使用者をそのもとへ導く。
これは探索魔法。
冒険者には欠かせない魔法だ。
白い光はやがて勢いを増し、
一直線で獲物へと進む。
やがて、光は巨大な洞窟の中へと吸い込まれていった。
洞窟の中にその姿はあった。
暗闇の中でも見える紅の鱗。
洞窟には巨大ないびきが響いている。
ドラゴンは体を丸めて寝ていた。
その為正確な大きさはわからないが、
人間より遥かに大きい事には変わりない。
俺達は音を立てずにその巨体へ忍び寄る。
これはまたとないチャンスだ。
一瞬で蹴りをつける。
俺は背中から大斧を抜き、距離を詰める。
そして
パキッ
小枝を踏んだ。
こんな古典的なミスを犯すとは。
アルの舌打ちが聞こえた気がした。
グルアアアアアアア!!
音を聞き、寝ていたはずのドラゴンは瞬時に戦闘態勢に入る。
ドラゴンの口から炎があふれ出す。
洞窟内に障害物は無く、火を避けることはできない。
それは瞬く間に俺達の方へ向けられ、
勢いよく放たれた。
「やべっ」
炎が俺の体を包む瞬間、
アルの右腕が袖を破り、勢いよく露出した。
あの時見たのとは違う、
真紅の右腕ではなく、
スライムのような液体で構成された右腕。
その腕が放たれた炎を防ぎ、
接地点からおびただしい量の水蒸気が吹きあげた。
洞窟はあっという間に水蒸気で満たされ、
ドラゴンの炎が一瞬だけ弱くなった。
その隙を逃さず、俺は水蒸気の中を走り出す。
前は見えないが、それはドラゴンにとっても同じことだ。
ドラゴンの体から溢れる熱気が、
俺に獲物の居場所を教えてくれた。
「だりゃァァァァァァ!!」
黒い塊が空を裂き、空間ごとドラゴンの前足を削り取った。