赤い竜とスポンジケーキ
「うーん。もうちょっと細かくしたいなあ。」
「みのりや〜。もっとギュッとして、グルグルするんじゃあ〜。」
おじいちゃんに魔力操作を習いながら、小麦を粉にしていく。
均等な魔力で覆って、圧縮と攪拌を繰り返す。
おもち作りでやってから、食材を魔法で加工するのは、私の魔力操作の訓練にちょうどいいということになった。
魔力操作は常時訓練が必要だから、やり方は個体ごとに千差万別。
おじいちゃんは大きすぎる体の重さを軽くする魔法の常時発動を、ガートルードさんは同じく軽くなる魔法に加えて、鱗に魔力を纏わせて痛まないように強度を上げるのを常時訓練にしてるんだって。
いつもやらないといけないなら、自分に必要なものに魔力を使う方が無駄もないし続けられるかららしい。それはそうだよね。
それで今は小麦粉を作っているんだけど、こっちの世界の小麦は茎が青竹サイズ。実ももちろん巨大だから、粉にするまでが一苦労なんだよね。乾燥も含めて、もう1時間はやってる。
おじいちゃんが前に粉にしてくれた時は、こんなに時間はかからなかったのに。
それから30分以上かかって、ようやく小麦粉が出来た。
ああ、疲れた。
「小麦粉って、おもちより難しいのね。」
「均等に粉々にするのは面倒じゃからな〜。もちは粉々にせんでも良いんじゃろ?」
「そっか。おもちは潰すだけだもんね。」
「そうじゃそうじゃ。みのりは賢いし魔力の扱いが上手いからの〜。すぐにもっと早く出来るようになるわい〜。」
「もう、おじいちゃんたら。」
おじいちゃんの親バカなフォローに照れつつ、早速作った小麦粉で餃子の皮を作る。
中身はエビや魚をメインに、野菜やハーブも入れる。ハーブは私用だ。魔力の安定を助けてくれる。
水餃子なので、餃子を準備したら、後はお鍋で煮るだけ。
器用なガートルードさんが巨大な土鍋を作ってくれたから、我が家のメニューはますます幅広くなってる。
素早く茹でられるように、水餃子は私サイズだ。
あ、ガートルードさんが帰って来た。
「ただいま。ちょうどいいタイミングね。」
「おかえりなさい。ようやく小麦粉が出来たから、今日は水餃子ですよ。」
「あら、もう出来たの?」
今日のメニューを伝えると、ガートルードさんは驚いていた。
訓練は一時中断して、ご飯を作ってるって思ってたみたい。スパルタなおじいちゃんがそんなこと許してくれるはずがないんだけどね。
「ホント、みのりは魔力操作上手よね。これ、ウチの里の魔力操作始めたくらいの子たちにさせたら、ひと月はかかるわ。」
「みのりは賢いからの〜。」
おじいちゃんの親バカなコメントはともかく、ガートルードさんの話には驚いた。
ひと月って、集中力はいるけど、そこまで難しいとは感じなかったんだけど。
「細かくするにしても、潰すにしても、どんな風に力を加えたらその結果になるかわかってないと、魔力が動かないのよ。」
「そっかあ。お餅つきや粉を作るところは、テレビで見たことあるから出来たのね。」
映像で知ってるって大事なんだなあ。
私が納得して頷いてると、ガートルードさんがじぃっと見ていることに気づく。
「てれびって、なあに?」
そういえば、おじいちゃんにはこっちに来た時に色々と話をしたけど、ガートルードさんはおじいちゃんから私の話を簡単に聞いてただけで、体のことや美容の話くらいしかしてなかったなあ。
そこから、水餃子を茹でながら日本でどんな風に暮らしていたか話をした。
ガートルードさんは家電に興味を持ったみたいで、テレビだけでなく、オーブンレンジや冷蔵庫を欲しがった。
黄色いドラゴンが住む場所は、嵐が定期的にくるんだけど、森がめちゃくちゃになるから、その後の食料の確保が大変なんだって。
地下室を作って、日持ちする木の実なんかは貯めておくみたいだけど、冷蔵庫があれば、肉類や果物も貯めておけるって力説していた。
後、電子レンジは、私が美容マッサージに使ってた蒸しタオルの話をしたら食いついてきた。
でも、私も使うことは出来ても仕組みまではわからないんだよね。
説明する内容も、冷やして保存期間を伸ばすとか、濡らしたタオルをラップしてチンしたら蒸しタオルが出来てるとかくらい。
それでもガートルードさんには新鮮な話だったらしく、楽しそうに聞いてくれた。
おじいちゃんは前に話したことなのに、オーブンで焼いたスポンジケーキの話に食いついてきて、ご飯の後にケーキを焼くことになった。
お菓子にはまっているおじいちゃんは、スポンジケーキの話に目を輝かせている。
そういえば、パイはよく作ってるけど、スポンジケーキは泡立て器がないから、あんまり作ってなかったなあ。
お箸で出来なくもないんだけど、ベーキングパウダーもないから、膨らみがイマイチで私が納得出来なくて、作ろうと思わないんだよね。
泡立て器の話をしたら、魔力で同じように撹拌出来るっておじいちゃんに言われる。
私は泡立て器が欲しかったんだけど、結局、魔力操作にちょうど良いからって、今度は泡立てる練習を魔力でやることになった。
相変わらずおじいちゃんはスパルタだ。
水餃子を食べた後、私はバターの樹液を集めに、ガートルードさんはケーキに合う果物を探してきてくれることになった。
「くーちゃん、この皮袋持ってて。」
「わかった。」
「よいしょっと。もうちょっと。あ、そうだ。」
岩ヘビのくーちゃんがモンスターを倒してくれるから、私がやるのはバターの樹液の回収だけ。
皮を剥ぐとバターの樹液が溢れ出すので、それを素早く掬い取る。
これが結構大変なんだけど、今回は思いついて魔力操作で樹液を集めてみた。
「表面をクルクルと撫でる感じで、バターだけ、バターだけ。」
アイスをスプーンでクルリと掬い取ってるイメージだ。
バターが結構流れ落ちちゃったけど、慣れたら集めるのは簡単だった。
「みのり。器用。」
「上手くいって良かった。くーちゃん、ありがとう。私、まだバターを集めるので精一杯だから、くーちゃんげ袋を開けてくれて助かったわ。」
思ったよりずっと早くバターが回収出来たので、くーちゃんとケーキの材料になりそうなものを探すことにした。
森をよく知るくーちゃんは、魔力調整を助けるハーブの群生地や美味しい木の実を教えてくれる。
さっきのバターのモンスターなんかも、くーちゃんの鼻にかかればすぐに見つかる。
くーちゃんの案内で野いちごみたいな実を見つけた。
少し酸っぱいけど、蜜と煮たらおいしいジャムになるんだよね。
これはガートルードさんが好きだから多めに摘んでいこう。
バササッ
急に暗くなって、空を見上げる。
赤い巨体が家に向かって飛んでいくところだった。
「みのり。」
「うん。お客様みたい。戻るね。」
「送る。」
「ありがとう。」
くーちゃんにお礼を言って乗せてもらう。
多分、おじいちゃんへ用事だと思うけど、赤いドラゴンにはこの前魔力に耐えられずに倒れた時に薬を貰ったから、ちゃんとお礼を言いたい。
急いで帰ると、おじいちゃんとガートルードさんの前に、二人より一回り小さい赤いドラゴンが座っていた。
ルビーのような光沢のある鱗が光を反射してとても綺麗だ。
「ただいま。」
「おお。みのりや〜。おかえり〜。こっちにおいで。こやつはティティ・ルビーじゃ。ティティ・ルビー、この子が娘のみのりじゃ〜。ティティ・ルビーは異世界のもんを保護したことがあっての〜。みのりの薬を作るために赤んとこが寄越してくれたんじゃ〜。」
「初めまして。みのりさん。ルビーとお呼び下さい。」
「は、初めまして。ルビーさん。みのりと言います。よろしくお願いします。」
いきなりの説明に混乱しながらも、とりあえず挨拶を返す。
私の薬って、この前送ってもらって、私もう治ったんだけど?
「みのり。この前、髪の色が変わったでしょう?他にも色々変化があるかもしれないから、赤のところに記録がないか聞いてたのよ。そしたら、反応は個体差があるから、それを診れる専門家を寄越すって言われてね。で、実際に異世界から来た子たちを保護したことのある彼女が来てくれたわけ。ルビーは薬に関しては赤の里で一番知識があるのよ。しばらく滞在して、みのりに合うものを調べて、調合もしてくれるって。話を聞いてすぐに里から出発してくれたんですって。」
混乱してる私を見て、ガートルードさんが詳しく説明してくれる。
私のためにそんなすごいドラゴンがわざわざ来てくれたことに驚いた。お礼言わなきゃ。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いします。思ったよりずっと元気そうで安心しました。」
「そうじゃろう?みのりは魔力調整の訓練も飲み込みが早くての〜。」
「魔力を使うのが上手いのよね。おかげで今のところ安定しているわ。」
「まあ。どのような訓練を?」
そこから私が魔力操作で料理の材料を用意してる話になって、実際にケーキを作るところを見てもらうことになった。
ルビーさんにもケーキを食べてもらうには小麦粉が足りないので、小麦粉を作るところから見てもらう。
気になってチラッと見ると、ルビーさんは目を点にしていた。
上手く使えてると思うんだけど、変かな?
緊張しながらも、おじいちゃんの指導の元、湯煎で温めながら卵をもったりするまで魔力で攪拌して、蜜を加えてから小麦粉をさっくり混ぜていく。
バターを混ぜたら土鍋に入れて、さらに大きな鍋で蒸す。
今回は私の魔力だけを見るために、おじいちゃんにオーブンみたいに焼いてもらう方法は使わない。
蒸してる間に野いちごのジャムを作り、お皿を準備する。
蒸し上がったらジャムを添えて蒸しパンケーキの完成だ。
ベーキングパウダーがないから、あまり膨らんではいないけど、前に作った時よりは美味しそうに仕上がったと思う。
早速幸せそうにケーキを味わうおじいちゃんとウキウキとケーキに手を伸ばすガートルードさんを横目に見ながら、ルビーさんにもケーキを勧める。
なんだか呆然としてるように見えるけど、とりあえず、次のケーキを作らなきゃね。おじいちゃんにはあれじゃ足りないし。
「美味しい!甘くて柔らかくて…。キャシーが食べたいって言ってたのがわかるわ…。」
ルビーさんがケーキを食べて驚いている。
キャシーって、前に保護した異世界人?