でたとこクエスト 低位妖魔の使い道
うむ。またもや説明臭い回になってしまった。
「――――――で、だ。俺としては、これの有効な使い道を、みんなで模索していきたいと思うんだが?」
形だけの笑顔を貼り付け、俺は順繰りと3人へと視線を移して行く。
3人は俺と目を合わせないよう、俺に視線を向けられるたび、つい。と、目線をあらぬ方へと逸らす。
もちろん、俺がグリモワールから取り出して、ちゃぶ台の上に転がしているソレも、必死に視界に入れないようにしているのは、明白だった。
ちゃぶ台の上で、一本釣りで釣り上げられたカツオの如く、ビチビチ跳ね回っている、真っ黒な人魂らしき物体は、さっき俺がチュートリアルで捕獲した低位妖魔である。
妖魔は俺のグリモワールから伸びる、魔力だか霊子だかの鎖で雁字搦めにされており、「むぉぉ」とか「ひぃぃ」とか人間じみた呻き声を上げている。
そんなちゃぶ台の惨状には、頑なに目を遣ろうとはせず、虚ろな表情で俯き、正座しているのは俺以外の3人だ。
どうして、こうなったのかというと、事の起こりはこうである。
俺がチュートリアルを終えて、白い不思議空間から、いつもの部室へと戻ると、いつものように駄弁る3人の姿があった。
聞けば、3人ともチュートリアルを済ませて来たというので、俺は何気なく「捕獲した低位妖魔、どうした?」と聞いてしまったのだ。
思えば、それが良くなかった。
「うん? ああ、ちゃんと上納したよ?」「わたしもー」と答える女子2人。
そうだよなー。フツー出来るよなー。
俺の方が、多分レアケースなんだろうな。
と、軽く落ち込でいると、憲吾から意外な答えが帰ってくる。
「俺はスロットに装備してる。何かスキル付いてたから」
軽くドヤ顔である。
あん? 何だとー。俺は上納すら侭ならんとゆーのに、事もあろうか、スキル付きだとー?
「へ、へー。どんなスキルだよ?」
俺は平静を装い、聞いてみる。
「おう、それがよう。結構使えそうなスキルでな? 『咆哮』ってスキルなんだが、これって、敵に恐慌の状態異常を付与するらしいんだ。まだ使ったことないから、どの程度、役に立つか分からねーけど、俺の能力、がっつりパワータイプで相性良さそうだったから、スロットに装備してんだよ」
あーなるほど、敏捷値の高い敵に使用して、パニックになってる間に接近して「撃破ー!」ってカンジか?
確かに使えそうではあるな。
くそー。いいなー。憲吾のリアルラックに嫉妬してしまふ。
と、内心でギリギリ歯軋りしている俺に、雪乃が花が綻ぶような笑顔を浮かべ、嬉しそうに報告してくる。
「ねぇねぇ。聞いて? ギー君。わたしね。妖魔上納したら、レベルが上がって、スキルが使えるようになったんだよ? 『快癒丹』っていう回復アイテムが作れるようになったの。怪我したら治してあげるね?」
「へ、へー。雪乃スゴイじゃないか」
俺はその上納すら出来んのよ。
「ああ。わたしも、レベル上がったよ。わたしはスキルじゃなくて、魔法。『風刃』って言うの。ま、ショタ神さま曰く、わたし達の使う魔法っぽい力って、全部、固有らしいけど」
「ま、そうだろうな。俺たちがショタ神に飲まされたオレンジ色の粒、あれが、ショタ神の言う『神なる威』とやらを俺たちの中から、引き出したんだろうし。
それまで存在しないも同然だった能力が、こっちの魔法と同系統って方が、不自然だしな。ユニークっていうのも納得できる気がする」
もし、魔術というのが、魔力を対価に超常の存在へと働きかけ、小規模な『奇跡』を起こす術だとすれば、俺たち異世界人は、自分の内に宿る力で、自ら奇跡を起こすということになる。
それはもう、こっちの人間にすれば、チートというより他はないだろう。
となると、もしかしてアレか? 因子を作ったとかいうトライシオン=カデナは、グリモワールを仕込むことで俺たちの力を制御しようとしてるんじゃねぇか?
だって、グリモワールを通して、しかも妖魔を糧にしてしか、俺たちの力は成長しないんだろ?
それに、良く考えたら、グリモワールっていらないよな。ただ妖魔を殺すだけなら、タナトスの呪いの対象外である、俺たちに、霊体を壊す能力を授けるだけで十分なはずだ。
とはいえ、そうだと断定するには材料が少なすぎるのも、また事実。
「うむぅ?」と、思案する俺へと憲吾が声を掛けた。
「で? お前はどうなんだよ? なんか良いスキルとか獲得してねーの?」
うっ。お前、せっかく、現実逃避してたのに、ヤなこと思い出させるなよ。
「あー、あんまり言いたくないかなー」
「いやいや、聞かせろよ。お互いの戦力知っとかねーと、色々と問題だろ?」
それは、そうなんだが、言ったら絶対笑うだろ? お前。
と、まぁいい機会なので俺以外の3人の能力をザッと説明しておくのも、いいかもしれない。
まず、憲吾の具現化した能力は、大山津見の眷族にして大地の神、鎮土ノ微塵姫である。もちろん地属性。
次に雪乃が、巌谷ノ小波姫。泣沢女の眷属にして、泉の女神。もちろん水属性。
最後が一縷。属性は風で、名前を天ツ風朧。俺たちのパーティ、唯一の男神だ。
ま、属性被りがないのは、良いことなのか、悪いことなのか、判断は難しいところだ。
「ホレホレ。教えろよ? 隠されると余計気になるじゃねーか?」
シツコイなこいつ。まぁ仕方ねぇか。隠してどうなるモンでもないし。逆に知られたからって、どうにかなるモンでもないしな。
それにコイツらなら、親身になって相談に乗ってくれるだろう。
俺はそう判断すると、正直に俺が直面している問題を包み隠さず話したのだった。
その結果、憲吾と一縷に爆笑され、雪乃に変な気を使わすハメになった。
「ぎゃははははははは! 何だその理由! 口の肥えた金持ちン家のプードルか!?」
「あー、何か分かるわー。阿鼻姫って、何となくギーっぽいって言うの? 多分、自業自得よねー」
何だ? お前ら言いたい放題か?
「やーいやーい」「バーカバーカ」「大丈夫だよ。ギー君。どうにかなるって!」
小学生みたいに、俺を囃し立てる2人に、雪乃の慰める声が混ざる。
ぐぬぬぬ! 幾ら俺が寛大でもこんだけコケにされて黙ってられるほど大人じゃねぇぞ?
ブチ切れた俺は「うらっしゃー!」と、雄叫びを上げると、その場に立ち上がり、手を頭上へとかざし、すかさず「グリモワール起動!」と叫んだ。
俺の求めに応じ、目映い光と共に、俺の手の中へとブ厚い本が具現化する。
俺はそれをちゃぶ台に「ビタン!」と叩きつけた。
その時の俺が、何を思って『そんなことをしたのか』は、今の俺には理解できない。
いや、というよりも、なぜ『そんなことが出来ると思ったのか』という方が正しいかもしれないが。
ともかく、俺は「ビクッ」とした3人には構わず、グリモワールの装丁である、髑髏の口へと腕を突っ込んだのだ。
むにゅぅ。という感触と共に俺の肘から先がグリモワールに飲み込まれる。
俺はグリモワールの中で、ジタバタと暴れる何かを捕まえ、それを「せいや!」と引っ張り出すと、ちゃぶ台の上へと叩き付けたのだった。
そして、冒頭へと戻る。
「いやいや。そんなことより、お前、素手で妖魔掴むって、んな非常識な」
正座したままで、憲吾が言う。
「非常識だと? それ言い出したら、今こそ正に非常識の真っ只中だろう? 妖魔が手で掴めるからって、何だ憲吾? 人の可能性は無限大なんだよ! 人は空を飛びたいと思えば飛べるし、幽霊だろうが妖魔だろうが、掴めると思えば掴めるんだよ! 『飛ばねぇブ○はただの○タだ』って格言があんだろ? お前も飛んでみるか憲吾?」
「ソレは格言じゃ――――――、や。いいです」
俺に無表情を向けられ、憲吾が沈黙する。
「むー。でもさ。どうしようもないじゃん? 上納が出来ないんなら、売るか絶対封印か、保留の3つしか、選択肢ないんだし」
一縷が口を尖らせる。
「それは、なんだか負けた気がするんだよ。どうにか阿鼻姫のヤロウにコレを受け取らせたいんだよっ! 俺は!」
ビチビチしてるのを指差す俺。
「それをか? お前、それ送られて正直どうよ?」
憲吾が鼻の頭に皺を寄せて言う。
「うっ!? 痛いトコ突きやがる。脳味噌、総筋肉のクセに」
「誰がだコノヤロー!」
「じゃ、可愛くデコッたり、したらどうかしら?」
「いやいや。ここは美味しく調理すべき」
「おおー。それいいかもな」
一縷の提案に賛同する憲吾。
「ほら、ここの一階、調理実習室だろ? 調理道具なら揃ってるし、探せば調味料ぐらいあるだろ?」
「カレー粉塗りこんで、しっかり火を通せば、大概の肉が食べられるようになるって、伝説の傭兵の人が言ってたような気がする」
いやいや。一縷さん。テレンス・○ーは伝説の傭兵ではないよ?
「あー、もういいよ。悩んでた俺がアホみたいじゃねーか。大人しく絶対封印しとくよ」
俺はちゃぶ台でビチッてる妖魔を摘まみ上げると、髑髏の口へとグイグイと押し込んでやる。
すると「シュポン」という小気味良い音とともに、グリモワールへと妖魔が収納された。
俺はグリモワールを開き、絶対封印の項目を探すと、早速、実行する。
その途端、妖魔を示すアイコンがしゅわーと、消えて、同時に「ポーン」とグリモワールが鳴った。
見ると、こんな一文が表示されていた。
『初封印に伴い、グリモワールの機能が解禁されます』
続いて、
『インベントリを獲得しました』
と、出た。
俺のグリモワールを、覗き込んでいた憲吾が「おおー」と、感嘆の声を上げ、女子2人の目が「キラーン」と光った。
アイツら。絶対、俺に荷物とか、全部押し付ける気だ。
これを機に、何かと雑用を押し付けられることになるのだが、儀一はまだそのことを知らない。
コイツら、全く外に出る気配がないな。




