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でたとこクエスト 初戦闘②

ようやく、外に出ます。

 憲吾は妖魔が空けた校舎の大穴から、おもむろに空中へと一歩を踏み出した。

 刹那の自由落下。

 ドズンと音すら立てて、地面へと難なく着地する。


 その鈍重な様子から予想するに、憲吾は見た目以上に重いようだ。

 もしかすると、肉体が丸まま鉄にでも置き換わっているのかもしれない。



 憲吾は、地面へと落ちた拍子に仰向けになって、未だジタバタしている妖魔へと、特に急ぐ様子もなく、一歩一歩地面を踏みしめるように歩を進めている。




 俺は憲吾の援護に向かうよりも先に、雪乃を抱えたまま、一縷と合流することにした。


 一縷はアマカゼオボロの影響で、髪と目の両方を翡翠色に染め上げており、その背には蜉蝣カゲロウを思わせる、薄羽を備えていた。


 こちらに気付いた一縷が、俺が無事でいることに、ホッしたような表情を浮かべる。

 だが、それも束の間、俺が抱える雪乃がぐったりと動かないのを見て、表情を堅くした。

 それでも雪乃の呼吸が穏やかなことに気付くと、一瞬、泣き出しそうな表情かおをしてから、俺を「キッ!」と睨んだ。

 柳眉をハネ上げ、怒りの声を上げる。


「ギー! あんたが一緒にいて、なんで雪ちゃんが怪我してんのよっ!!!」


 一縷が俺の手の中から雪乃を奪うようにして、抱きかかえた。


「お、俺のせいかよっ!? 俺だってなぁ、咄嗟のことで――――――」


 そう叫んでから、気付いた。

 そうだ。阿鼻姫は俺より早く、妖魔の接近に気付いていた。

 俺があの時、無駄口を叩いていなければ。いや、それ以前に、俺が阿鼻姫ほどに、妖魔の存在をきちんと感知できてさえいれば。

 雪乃は怪我せずに済んだんじゃねぇか?


「くっ!」俺は思わず呻くと、我知らず拳を強く握っていた。 


「すまん。俺のせいだ。一縷、雪乃のこと頼む」


 俺は2人から目を背けると、逃げるようにしてガラスの砕け散った窓から身を翻した。





 憲吾は焦燥に駆られていた。

 ギーと雪乃が無事なのは鎮土チンド微塵姫ミジンヒメを通じて解ってはいたものの、だからと言って、妖魔への怒りは到底納まりが付くものではなく、一瞬とはいえ、憲吾は湧き上がる怒りのままに行動してしまっていた。


 何せ、兄妹同然に育った幼馴染に手を挙げられたのだ。

 しかも、一歩間違えれば、二人は死んでいたかもしれない。

 そう思えばハラワタが煮えくり返るのも当然だろう。

 事実、憲吾はこれまでの人生で感じたこともないほどの怒りを感じていた。

 とはいえ、怒りに身を任せていたのでは、話にならない。

「駄目だ。もっと冷静になれ。怒りに呑まれるな」

 憲吾は内心でそう繰り返す。

 怒りに曇る思考をどうにか立て直すだけの冷静さが、憲吾の脳裏には、いつも根を張っているのだ。


 それは、一縷のことがあるからだった。

 憲吾と一縷は昔からウマが合う。

 特に怒りを感じるポイントが驚くほどに似ているのだ。

 憲吾はいつも、怒ると手の付けられなくなる一縷に、危うさを感じていた。

 だが、それは同時に憲吾にとって、救いでもあった。

 いつも、憲吾のことで、自分のことのように怒りを露わにする一縷は、憲吾の良き理解者でもあったのだ。


「一緒になって怒ってくれんのは嬉しいが、あそこまでブチ切れられるとな。俺だけでも冷静でいねぇと収拾付かねぇだろう?」


 かつて、苦笑交じりにそう語ったことがあるが、それがどういった場面でだったか憲吾は覚えていない。

 要するに、何が言いたいかと言うと、憲吾は幼い頃から怒りを飼い馴らすのに苦心してきたということだ。


「ちっ。早まったかな? 怒りに身を任せた結果が、こんなデカブツとタイマンかよ!」

 内心でボヤく憲吾。


 いや、違う。これで良かったのだ。

 確かに怒りに任せた行動とはいえ、あの場にいた4人の内、戦えるのは自分しかいなかったのも事実だ。

 一縷は2人を失ったかもしれないという恐怖と怒りに囚われていたし、儀一も雪乃ももしかしたら、すぐには動けないほどのダメージを負っていた可能性もあった。

 

 まずはこのデカブツを3人から遠ざけるのが最優先だった。

 結果オーライとはいえ、冷静さを取り戻した今の憲吾でも、恐らく同じことをしただろう。

 ただ計算違いだったのは「こいつ! 意外に手強ぇ!」ということだった。




 目の前の妖魔がいきなり立ち上がったかと思うと、その勢いのまま、両腕を大きく天へと伸ばした。

 そのまま、憲吾へと勢い良く両腕が振り下ろされたかと思いきや、やおらバランスを崩した妖魔は尻餅をつき、その衝撃に地面が小さく揺れる。

 その揺れに足を取られまいと、反射的に踏ん張ったところへ、巨大な手の平が頭上へと落ちて来た。


 それを避け損なった憲吾は「ヘベッ」という悲鳴を上げ、手の平の下敷きにされてしまう。

 妖魔は「キャッキャッ」と、楽しそうな声を上げると、地面を出鱈目にバンバンと叩きまくる。


憲吾はどうにか立ち上がりはしたものの、赤ん坊特有の無軌道な動きに翻弄され、それこそ反撃の糸口を掴めないまま、憲吾の体は徐々にダメージを蓄積させていく。


「くっ! この身体、頑丈で怪力なのはいいが、ちょっとにぶ過ぎる!」


 そう毒づく憲吾は、油断から、ついには妖魔に捕まってしまう。

 巨大な手に鷲掴みにされた憲吾は不意に持ち上げられ、浮遊感に「うわあああ」と情けない声を上げてしまう。


 目の前へと妖魔の唇が迫り、憲吾は「おい! まさか! そんな、ウソだろ?」と、声を上げるや、ちゅるんと、妖魔の口の中へと吸い込まれる。

 上半身だけ。

 下半身は今なお、巨大な手に握られており、憲吾は噛み付かれると思って、身を固くした。


 ―――――が、予想に反して、れろん。と、巨大な舌で嘗められただけだった。

 レロレロレロレロ。巧みな舌使いで、妖魔は憲吾を蹂躙していく。

 主に心を。

 憲吾は吸われていた。

 特に何をという訳でもないが、ただ、赤ん坊が、おしゃぶりを吸うように、憲吾はただ吸われていた。

 吸われているものを、敢えて表現するとすれば、やはり自尊心だろうか?

 何せ、憲吾は文字通り、玩具にされているのだから。



 ――――――あはははははは。何やコレ? 何やのこの状況? ウチらめっちゃ吸われてるやん? あはははははは、あかん。ウチめっちゃツボッたー。


 と、憲吾の脳裏で腹を抱えて笑い転げているのは、鎮土ノ微塵姫だった。

 幼児体型の、どことなく一縷を彷彿とさせる少女である。

 茶色の髪と快活そうな瞳。ピンピンと跳ねるクセッ毛に、八重歯が覗く。そして、特筆すべきは、その額に生える、一本角だろう。

 そんな彼女は巫女服に袖を通し、注連縄を腰の後ろで蝶々結びにしていた。


 手前ぇ! 微塵子ミジンコ、笑い転げてねぇで、どうにかしやがれ!

 憲吾は心の中で、そう唸る。


 ――――――そんなカリカリせんでもええやんか。痛くも痒くもないんやし。それに最初の目的は十分に達成してるしなー。


 最初の目的? ああ。このデカブツを3人から引き離すってやつか?


 ――――――そうそう。ウチらがここで、吸われれば、吸われるほど時間稼ぎになるって訳や。


 いや、そうかもしれんが・・・・。カッコ悪いだろうがっ!


 ――――――まぁ、そやな。カッコ良い、カッコ悪いで言うたら、ものすごいカッコ悪いわな。でもおいしい、おいしくない、で言うたら、断然おいしいんやで?


 んなこと、ドヤ顔で力説すんな! その発想はいずれ死を招くぞ? いや、マジで? いつか絶対、痛い目見る。

 つーか、んなことより、微塵子ミジンコ。俺をヨゴレの道に巻き込むんじゃねーよ!


 ―――――ええー! そう言わんとー。一緒にボケ街道邁進しよーやぁ?


 断じて断る!


 ―――――むー。そこまでイヤがられたら、しゃーないなー。じゃ、ちょっと助言な。そやなー。スキルでも使うてみれば?


 スキル? 咆哮か!

 完全に忘れてた。

 でも、この妖魔、見るからに鈍そうだが、効くのか? 咆哮?

 いや、試してみれば分かることか。他にいい方法も思いつかないしな。



 俺はそう判断すると、早速、実行へと移す。

「グリモワール起動」

 宣言と同時、俺の目の前に簡易ウィンドウが開く。 

 どうやら、音声入力でもイケるらしい。

 多分、両手が塞がって使えない状況でも、使用できるようにとの措置だろう。


 ともかく、俺は「スキル『咆哮』発動!」と、手短に口に出してみた。

 ウィンドウから、さらに別窓が開き、瞬く間にスキル覧から、1つしかない『咆哮』が選択されると、『咆哮、発動します』という、文字がポップアップして、それと同時、俺の喉から魔力交じりの雄叫びが発せられた。


「グルォォォォ!」

 という、肉食獣にも似た声。

 それに、ビクッとした妖魔が、俺のことを「ぶえ」と吐き出した。

 いや、気持ちは判らんでもない。

 口に咥えて遊んでた玩具がいきなり大きな声を出したら、誰だってびっくりする。

 とはいえ、何となく屈辱的な気がするのは、なぜだろう。

 いや、十分におしゃぶり扱いも屈辱的ではあるのだが。

 ま、いいか。

 俺は妖魔の太ももの上へと着地する。

 ここからなら、腹殴り放題だ。

 覚悟して貰おうか?




 ――――――おー、ほら見てみぃ。憲吾。空から援軍が来てくれたわー。 阿鼻姫ちゃん! しゃぶられた甲斐があったなぁ憲吾?


 という微塵子の声に、思わず空を見上げれば、ギーが妖魔へと向かい、窓から飛び降りて来るところだった。


 遅ぇぞ! ギー、お前がチンタラやってるから、俺はイロイロなもん喪失くしちゃったじゃねぇかよ!?


 俺は内心で泣き言を言うのだった。


基本、シリアスが書けません。

真面目に戦え。頼むから。いや、自分で書いててなんだけど。


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