でたとこクエスト 初戦闘①
初戦闘。でも外には出ません。
「何だか、お料理の話したら、お腹空いたねー?」
と、そう言いだしたのは雪乃だった。
いや、雪乃さん? 料理の話ったって、食材がアレでナニですよ?
それで食欲が湧くって、どんだけ食いしん坊さん?
「そういや、夕飯まだだったか?」
「祭りの屋台で、テキトーに買い食いするつもりでいたからな。つーか、お前は結構な量、買い食いしてたはずだろ?」
「あんなもん、食った内に入んねーよ」
なに、お前、太るの?
文芸部員のセリフじゃねーぞ? ソレ。
「とりあえず、何かないか調理実習室に行ってみない?」
一縷がそう言って、うんしょ。と立ち上がる。
あー、何だかんだで、一縷も腹減ってんのか?
「わたしも一緒に行くー」
「雪乃が行くなら俺も行くー」
「・・・・・・・・・・・・」
2人に続いて、俺も無言で立ち上がる。
「何だよギー。お前も『憲吾が行くなら、俺も行くー!』とか言え」
「イヤだ。何で俺がヤローのケツを、追っかけにゃならんのだ?」
「何だよ? ギー、調理室行かねぇの?」
「行くよ?」
「行くのかよ」
俺は、足で扇風機の電源スイッチを軽く踏んでOFFにし、すでに廊下へと出ている3人に追いつくべく、俺は慌て気味にバッシュへと足を通す。
解けていた靴紐を結ぶため、玄関口に座り込んだ、その時。
ハタと何かが頭に引っかかった。
ん? なんかオカシイような?
「どうしたの? ギー君?」
雪乃の声に、顔を上げれば、前屈みになった雪乃が俺の顔を覗き込んでいる。
息のかかりそうなほどの間近に雪乃がいて、俺は思わずドギマギしてしまう。
しかも、俺の位置からは、そのーなんて言うか、雪乃の胸の谷間が丸見えだった。
夏服のシャツを押し上げる、丸い二つの膨らみに、想像していた以上に深い谷間。白い肌に血管が透けて見え、俺は必死の思いで視線を外そうと試みる。
「ん?」と、訝しげな声を上げて、俺の視線の先を読んだ雪乃は「や」と短く驚いたような声を上げると、素早く俺から距離を取った。
そっぽを向いた俺は、自分でも頬が熱くなっているのが分かる。
「やー、ゴメンねぇ? ギー君? ボタン外れちゃってたー」
「いやいや、俺の方こそスマン!」
「てへへ」と笑う雪乃に、俺は拝むように手を合わせて、頭を下げつつも「ホッ」と胸を撫で降ろしていた。
あー、良かった。どうやら怒ってないみたいだ。
「2人とも何してんの? 置いてくよー?」
見ると、先を行く一縷が手招きしつつ、階段を下りていく。
そのすぐ後を付いて行くのは憲吾だ。
甚平に身を包み、足には下駄を履き、歩を進める度、カラコロと鳴る。
おおー。異世界に下駄と甚平か。風流だな。いや、風流なのか?
雪乃は「行こっか?」と、そう「にっこり」微笑むと、俺の手を取って、先を行く2人の後を追う。
しっとりと汗に濡れた、柔らかな雪乃の手。
雪乃の愛用しているデオトラントの匂いだろう。
シトラス系の爽やかな香り。
うぉぉぉ! 雪乃、何ですかアナター。超カワイイんですけど!!!
内なる俺がビタンビタンと架空の床の上を悶えまくる。
―――――――ハッピーそうだな? エロガキ。
俺の脳裏で声が鳴った。
思わず「ちっ!」と、内心で舌打ち。
ああ、お前が出て来るまではな。
―――――――そう邪険にするなよ? 俺とお前は一蓮托生、いや、文字通り一心同体なんだぜ?
残念ながら、そうらしいな。で? 一体何の用だ?
―――――――あ? おいおい、寝惚けてんのか? この阿鼻姫様がしゃしゃる理由は1つだろ?
まさか!? 妖魔か!?
―――――――油断するな! 窓の外、来るぞ!
阿鼻姫の警鐘とほぼ同時、外から飛来した凄まじい質量が校舎の外壁へと激突したかと思うと、そのまま壁を粉砕した。
俺と雪乃がいた廊下が音を立てて、圧壊する。
俺はそれよりも一瞬早く、阿鼻姫と感応し、雪乃を抱え、後ろへと跳躍していた。
耳を圧する破砕音。もうもうと立ち込める粉塵に、視界を奪われる。
手の中の雪乃は、どうやら気を失っているらしい。
右のこめかみから、少し出血している。
雪乃の上下する胸に、ちゃんと呼吸をしていることを確認して俺は一先ず安堵した。
それも束の間、粉塵を割って、何かがこちらへと伸びて来る。
それは手だった。
黒く変色し、俺を鷲掴みに出来そうなほど、巨きくはあったが、それは赤ん坊の手を思わせた。
ぷくぷくとした短い指に、手首には肉が盛り上がり、輪が出来ている。
その手から逃れるため、俺はさらに後ろへと下がる。
クソッ! 雪乃を抱えてちゃ戦えない!
雪乃の怪我を治療しようにも、俺たちの中で回復が使えるのは雪乃だけだ。
焦燥が募る。
それに、一縷と憲吾の2人は無事か?
――――――ふん。気配すら探れねぇとは情けねぇな儀一? 心配しねぇでも2人とも無事だ。んなことより、一縷がブチ切れたぞ?
げっ!? マジか!?
2人が無事だったことは嬉しいが、一縷がブチ切れてるってのは頂けない。
俺たちの内、切れたら一番手の付けられないのが、何を隠そう一縷だった。
雪乃の場合、あの性格だから、怒ること自体、稀だったし、憲吾は切れても、どこか冷静だ。
ただ、一縷は違う。
一縷はあの性格だから、幼い頃からよく近所の悪ガキ共とケンカになっていた。
いつもケンカ相手は自分よりも大きく、年上であることも多かった。
そして一縷は自分が、同じ年頃の女の子と比べても小さく非力だということを良く知っていた。
つまり、それは死に物狂いで相手にブツからなければ、相手を負かせられないということに他ならないのだ。
廊下を風が吹き荒んだ。
その風には凄まじい怒気が混じっていた。
阿鼻姫ならずとも、俺でもそれぐらいのことは分かる。
その風に粉塵が吹き払われ、妖魔の全貌が明らかとなった。
それは途轍もなく巨大で、黒く変色し、腐臭を放ってはいたが、紛うことなき赤ん坊だった。
どうやら、校舎の2階へと足を掛け、3階のここへと上半身を突っ込んでいるらしい。
それは、「あうー」と声を立て「まんまー」と泣いた。
まんま? 腹でも空いてんのか、それとも母親でも呼んでんのか。
いや、たまたまそう聞こえただけだろう。
と、その時、朗々と声が響いた。
「天地に遍く風の精霊よ。我が元へ集いて、刃と化せ!」
天ツ風朧と感応した一縷が『風刃』を解き放つ!
力ある言霊に応え、翠の風が『異形の赤ん坊』の周囲へと逆巻き、その身を切り刻んだ。
空気中へと、黒いコールタールを思わせる、妖魔の体液が煙る。
「ぎゅぎぃ!」と、妖魔が哭いた。
風刃の効果が切れると、それと入れ違うように、妖魔の前へと「のそり」と歩み出たのは、鎮土ノ微塵姫と感応した憲吾である。
憲吾はその全身を、南部鉄器を思わせる濃密な黒に覆われており、その黒い体表を緋色の描線が走り、幾何学模様を描き出している。憲吾の額には大きく隆起した角を思わせる突起が1本突き出していた。
「落ちろ」
憲吾は静かにそう宣言すると、妖魔の額へとチョップを叩き込んだ。
いつものように、大した力を加えているとも思えないが、その凄まじいまでの衝撃に、壁から引っ剥がされた妖魔は地面へと落下することになる。
いや、あの。阿鼻姫さん? 憲吾も十分、ブチ切れてますが?
――――――ああ。みたいだな。そうなると、俺の出番はねぇかもな?
今回、コメディ成分が不足しがち。
少しでも補うべく・・・・・・こんなのを1つ。
いつもの部室、黄昏刻。
雪乃「ねーねー。一縷ちゃん?」
一縷「何? 雪ちゃん先輩?」
雪乃「ちょっと前にトライシオン=カデナって人いたじゃない?」
一縷「あーいたねー。そんなの。人じゃないけど」
雪乃「あれってさー。語尾にナリナリ付け過ぎじゃない?」
一縷「あー、契約の時? 確かに。コロッケ大好きかってぐらいに付けてねー」
雪乃「で、話は変わるんだけど」
一縷「何?」
雪乃「わたしに『キテレ○大百科って知ってる?』って聞いてみて?」
一縷「? 良く分からないけど、いいよー。
『雪ちゃん先輩、○テレツ大百科って知ってる?』」
雪乃「知らないナリー」
一縷「知ってるじゃん!」
2人して爆笑。なんか「わー!」となり、抱き合う2人。
ギー「いや。何だ、この会話!?」
劇終




