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王女の覚悟と、届いた思念

騎士コーディリア・セレスティアは、死の淵を彷徨っていた。全身を切り裂かれ、血の温もりが失われていく。盗賊たちの下卑た笑い声が遠のき、意識が闇に沈みかけた、その時だった。

ふわり、と。

世界が、温かく、そして清浄な光に包まれた。


「…ん。あれ、私は…何故生きている?」

コーディリアは、はっと目を開けた。先ほどまでの体の痛みが嘘のように消え、力さえみなぎっている。おびただしい量の血を流したはずなのに、貧血の兆候すらない。

(おかしい。何故だ?)

そう考えていると、確かに目の前にいたはずの、少年のような男の姿が一瞬で消え去ったのを思い出した。影も、気配もない。しかし、そこには確かに誰かがいた。

(あれは、夢ではなかった…?)

そう考えていたら、「…わたくしは…?」と、背後の馬車の中からか細い声が聞こえた。


「姫様!」

コーディリアは咄嗟に馬車に駆け込み、その光景に息を呑んだ。

胸元を深く切り裂かれたはずのライラ姫が、ゆっくりと身を起こそうとしている。その服には剣で貫かれたかのような大きな穴が開き、肌が露わになっているが、そこにあるべき傷も、その痕跡すらも、綺麗さっぱり消え失せていた。

「姫様! ご無事ですか!?」

コーディリアは、よろけるライラ姫の肩を支える。

「コーディリア…何が起きたのでしょう…」

まだ、先ほどの恐怖と衝撃の後遺症が残っているのだろうか、ライラの声は弱々しかった。

「姫様。私にも良く分からないのです。私も盗賊に屈し、切り伏せられていたのですが…何か光に包まれたかと思うと、傷がいえていたのです」

コーディリアの言葉に、ライラも自身の胸を見る。確かに、あの盗賊の首領格の男に剣で胸元を深く切り裂かれたはずだ。あの時の、肉を裂く鈍い感触も、命が冷えていく感覚も、まだリアルに思い出せる。でも、とライラは思う。

(確か、消えゆく意識の中、あの盗賊たちが、一人の少年にいとも容易く倒されていくのを…感じていました…)

「…あれは、夢ではなかったのですね…」

ライラがぽつりと呟く。コーディリアは「あれとは?」と聞き返した。

「貴女が盗賊にやられた後、わたくしもあの首領格の男の刃に倒れました。ですが、薄れゆく意識の中、私たちを助けてくれた方がいたのです。その方が恐らく…この奇跡を…」

しかし、瀕死の重体を負った自分やコーディリア達を、一瞬にして、しかもこれだけの人数を同時に治癒するなど、そんな魔法は今まで聞いたこともない。

「…神の使者、なのでしょうか?」

「分かりません。しかし、私も少年のような者はいた、と感じてはおります」

二人がそうやり取りをしていると、同じく回復した他の者たちも、姫の安否を確認するように馬車に集まってきた。


ライラの胸元の服は剣で裂かれ、肌が大きく露わになっていた。それに気づいた彼女は、咄嗟に両手で胸を隠す。

その様子を見たコーディリアは、はっと我に返り、集まってきた護衛たちに鋭く命じた。

「馬車の中に入るな! ライラ姫はご無事だが、男は近づくな! メイド! メイドはいないか!」

コーディリアはライラをかばいながら馬車の扉を閉め、外に出る。

一人になった馬車の中で、ライラはふと思い出し、ドレスの内側に潜ませていた「暗号手帳」を確かめる。それは、無事だった。安堵の息をついているところに、メイドたちが替えの服を持って慌てて馬車に入ってきた。


着替えを終え、気品ある姿に戻ったライラは、毅然とした足取りで馬車から降りる。

そこには、コーディリアとメイド、そして生き残った他の護衛が数名、不安げな顔で立っていた。周囲を見渡しても、王都を出発した時の半数にも満たない。恐らく、自分たちが意識を失っている間に、あるいはそれ以前に、他の者たちは命を落としたのだろう。

そのことを思うと、悔しさと悲しさで唇を噛み締めたくなる。だが、ライラは顔を上げ、何かを決意したように、その背筋を凛と伸ばした。

コーディリアは、そんな姫の意図を正確に汲み取り、皆に聞こえるように声を張り上げた。

「皆の者! 傾聴せよ!」

護衛たちが、一斉に姫の前に跪く。コーディリアも、その横に立ち、控えた。


「…皆さん」

ライラは、胸のあたりでそっと手を組みながら、集まった者たちに語り掛ける。

「私は国を憂い、アストレアの民を救うため、自由都市リューンへ助けを求め向かっていました。しかし、何者かの刃に一度は倒れました。私たちの旅は、ここで潰えたはずでした」

彼女の声は、先程までのか弱さが嘘のように、澄み渡り、そして力強い。

「しかし、神の思し召しか、あるいは名も知らぬ使者の御力か、私たちはこうして生かされました。この命、ただ生き永らえたわけではないはずです」

ライラは神々しく空を見上げる。

「神は、天は、私たちにアルカディア大陸を、そして我らが祖国アストレアを救えと、そうおっしゃっているのでしょう!」

その言葉は、絶望の淵にいた護衛たちの心を強く奮い立たせた。

「さぁ、行きましょう! この命、この奇跡、全てを民のために! アストレアを救うために!」

姫の宣言に、護衛たちは「おおーっ!」と雄叫びを上げ、その士気はかつてないほどに高まった。


挿絵(By みてみん)


コーディリアも、姫のその神々しいまでの姿に心を打たれ、奮い立ちながら、先ほどの謎の少年のことを思い出していた。

(彼が、神の使者なのだろうか…圧倒的な力、そしてこの奇跡。この先どこかで、再び会うことがあるかもしれない…)

その姿、その気配、決して忘れぬよう、コーディリアは心に強く焼き付けていた。

ライラもまた、薄っすらとではあるが、意識の狭間で見た救い主の姿を、必死に思い出そうとしていた。


その頃、ゼロは盗賊のアジトを壊滅させ、リューンへと向かう道すがら、一人焚火にあたっていた。そこで不意に背筋を駆け上がった悪寒に、ぶるりと身震いしていた。


(ん!? なんだこの悪寒!? 風邪でもひいたか…?)


それは、遠く離れた場所で、王女と騎士が彼に寄せた強烈な思念が、時間差で届いたことによるものだと、今のゼロはまだ知る由もなかった。



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