第三十一階層:神鳥朱雀、絶望への序曲
(玄武、そしてリッチ…強敵が続いたな。次は青龍か。どんな化け物が出てくるんだか。だが、今の俺なら…!)
この時はまだ、俺の考えが甘かったことを、すぐに思い知らされることになる。
俺は新たな聖剣〈エクスカリバー〉と、攻撃魔法、そして回復魔法という新たな力を確かめるように拳を握りしめ、白虎が守護していた〈四神の試練・朱雀への道標〉を、第三十階層の最奥に現れた新たな扉の鍵穴へと差し込んだ。
カチリ、と軽い音を立てて鍵が回り、ズウウウン…という地響きと共に、朱色の神鳥が精緻に描かれた巨大な扉がゆっくりと内側へ開いていく。
第三十一階層への階段は、これまでのものとは異なり、まるで炎そのもので出来ているかのように、揺らめく深紅の光に包まれていた。熱気を感じるが、不思議と火傷するような熱さではない。むしろ、心地よい温かさすら感じる。
階段を登りきると、そこは一本の巨大な通路が真っ直ぐに奥へと続いているだけだった。〈四神の試練・朱雀への道標〉が淡い光を放ち、まるで進むべき道を示しているかのようだ。奇妙なことに、これほどの深層にも関わらず、道中には一体のモンスターの気配すら感じられない。静寂が、かえって不気味な緊張感を高めていた。
(本当に何もないのか…? まるで、嵐の前の静けさだな)
あまりに単調な一本道が続くため、逆に警戒心が増す。壁に手を当てながら進んでいると、ふと、一部の壁の感触が他と異なることに気づいた。〈セレスティアルルーンマップ〉にも表示されていない、巧妙に隠された扉だ。幸運(LUK):Sの恩恵か、あるいは俺の警戒心が偶然見つけさせたのか。
扉は重く、力を込めるとゆっくりと開いた。中は小さな石室で、中央に簡素な石の台座があり、その上に一冊の羊皮紙でできた古びた魔導書が置かれていた。
名称: 〈清流の魔導書 - アクアショット〉
分類: 魔導書/攻撃系初級呪文書(★★☆☆☆)
主な効果: 読むことで“アクアショット”の詠唱式を脳裏に刻み、以後呪文詠唱が可能になる。
MP消費: 55
詠唱時間: 2.2秒
効果: 純粋な水の弾丸を高速で射出し、対象に水属性ダメージを与える(基礎水ダメージ:180)。炎や熱を持つ対象に対して特に有効。小規模な鎮火効果も持つ。
追加効果: 習得時:「水属性親和」への理解が僅かに深まり、水系魔法の制御が容易になる(永続)。
(水魔法! しかも初級とはいえ、攻撃魔法か! 朱雀の弱点は水のはず…! これが、天の助けじゃなくて何だと言うんだ!? まさに、九死に一生を得るための蜘蛛の糸だ!)
震える手で魔導書を握りしめる。俺は早速その場で魔導書を手に取り、精神を集中する。温かい光と共に、水の流れをイメージさせるような清涼な知識が脳裏に流れ込んできた。
試しに手のひらに意識を向けて「アクアショット」と念じると、掌にピンポン玉ほどの大きさの水の球が生成され、弾けるように霧散した。威力はまだ未知数だが、確実に習得できたようだ。
(よし、これで少しは戦えるかもしれない…!)
一条の光とも言える希望を胸に、俺は再び朱雀への道を進む。
やがて通路の突き当たり、天にも届きそうなほど巨大な、燃え盛る炎でできたかのような巨大な鳥居が見えてきた。鳥居の向こうには、広大な空間が広がっているのが分かる。そこが、朱雀の神域だろう。
俺は一度立ち止まり、息を整える。〈エクスカリバー〉の柄を強く握りしめ、決意を固めて炎の鳥居を潜った。
瞬間、世界が一変した。
そこは、燃える溶岩が川のように流れ、大地は黒曜石のように輝き、空には三つの太陽が灼熱の光を投げかける、まさしく焦熱地獄のような空間だった。しかし、不思議と息苦しさはない。むしろ、体中の魔力が活性化するような、高揚感すら覚える。
そして、その空間の中央、巨大な溶岩の火口から、一羽の神鳥がゆっくりと姿を現した。
全身は永遠に燃え続ける紅蓮の炎そのものでできたような羽毛に覆われ、その翼は一度羽ばたけば世界を焼き尽くさんばかりの威容を誇る。長く優美な尾羽は陽光を反射して七色に輝き、その鋭い嘴と爪はあらゆるものを貫き、引き裂くであろうことを予感させた。そして、その瞳。それは、世界の終末と再生を見つめてきたかのような、深遠かつ慈愛に満ちた、しかし同時に燃えるような激情を宿した深紅の輝きを放っていた。
〈神獣・朱雀〉。その姿は、絶望的なまでの美しさと、絶対的なまでの破壊力を同時に感じさせた。
俺はゴクリと喉を鳴らし、鑑定を発動する。
名称: 〈神獣・朱雀(Suzaku / Vermilion Bird)〉
分類: 神性存在(★★★★★★)
HP: ???/???
MP: ???/???
属性: 炎/風/陽
弱点: 水属性攻撃(炎の力を抑える)、闇属性攻撃(陽のエネルギーを打ち消す)、封印術(神性の力を封じる)
行動特性: 業火翼撃、陽炎転身、紅蓮爆唱、朱雀の祈火、鳳翔天輪
備考: 四神の南方を護る天帝の使い。永遠の炎と陽光を司る神獣であり、その出現は再生と破壊の象徴とされる。「朱雀転生」により、HPが一度0になっても炎の中から再び蘇り、攻撃力と回復力が飛躍的に強化される。
(HP、MP計測不能…! やはり弱点は水か! あの魔導書は天の助けだったかもしれない)
朱雀は、その深紅の瞳で俺を静かに見据え、やはり精神に直接語りかけてきた。その声は、燃え盛る炎の轟きのようであり、同時に神聖な賛美歌のようでもあった。
『定命の者よ。汝が魂の輝き、確かにこの眼に映じたり。されど、我が神火の前に、その覚悟、試させてもらおうぞ』
言葉が終わると同時、朱雀は翼を大きく広げ、天を焦がすほどの炎をその身に纏い、一気に舞い上がった!
「業火翼撃!」
ゴオオオオッ!という轟音と共に、**巨大な炎の翼が、まるで全てを薙ぎ払う紅蓮の津波のように俺に迫る!
「くっ…!」
俺は咄嗟に〈エクスカリバー〉の「聖光爆裂斬」を最大出力で放ち、炎の津波と衝突させる! 凄まじい爆音と熱風が吹き荒れるが、聖なる光は朱雀の神火に容易く飲み込まれ、俺は爆風で大きく吹き飛ばされ、溶岩の大地に叩きつけられた。
(なんて威力だ…! 聖属性ですらこの程度か! エクスカリバーの必殺技が…!)
受け身は取ったが、全身が悲鳴を上げている。朱雀はさらに、その身体を陽炎のように揺らがせる「陽炎転身」で俺の物理攻撃をことごとく回避し、ヒュルルルルッ!と空気を切り裂く音と共に、天空からは無数の炎の輪「鳳翔天輪」を雨のように降らせてくる。俺はSランクの敏捷性を最大限に活かし、降り注ぐ炎輪を紙一重で避け続けるが、その熱量だけで体力が奪われていく。
(このままじゃジリ貧だ! 水魔法を試すしかない!)
俺は距離を取り、習得したばかりの「アクアショット!」を朱雀に叩き込む! 清流のような水の弾丸が、朱雀の炎の翼に命中する。ジュワッ!という音と共に水蒸気が上がり、僅かにだが炎の勢いが弱まったように見えた。
(効いてる! でも、威力が…!)
初級魔法では、神獣の炎を鎮めるには力不足か。だが、朱雀は一瞬、鬱陶しげに翼を震わせた。それでも、絶望的な相性の中で、唯一有効打となり得る可能性の光だ! これに賭けるしかない!
その隙を見逃さず、俺は「ライトニングボルト」を連続で放つ! 雷属性は弱点ではないが、動きを止められれば…!
しかし、朱雀は雷撃をその身に受けながらも怯むことなく、逆にその身に宿す炎をさらに凝縮させ始めた。周囲の気温が異常なまでに上昇し、空気が歪む。
(まずい、大技が来る!)
「紅蓮爆唱!」
ズガアアアアン!!という耳を聾する爆音と共に、**朱雀の全身から、溜め込まれた神火が一気に爆裂! 広範囲に熱線と爆炎が迸り、俺は回避する間もなくその奔流に飲み込まれた!
視界が赤く染まり、全身を焼かれる激痛。鎧が溶け、肉が焦げる臭い。これが…神獣の力。これが、絶望。
HP: 1200/11700 | MP: 3500/7800 | 状態: 重度火傷、瀕死、激痛
(だめだ…強すぎる…! 全く歯が立たない…これほどの差があるのか…!)
朦朧とする意識の中、俺は最後の力を振り絞って〈ヒール〉を自身にかけるが、焼け石に水だ。MPも尽きかけている。
朱雀はゆっくりと降下し、その深紅の瞳で俺を見下ろす。その瞳には、憐憫も、嘲りもない。ただ、絶対的な力を持つ者の、静かな威厳だけがあった。
(これが…俺の限界…か…)
俺は歯を食いしばり、震える足で立ち上がろうとする。だが、体は言うことを聞かない。
(まだだ…!まだ諦めるわけにはいかない! このまま終わってたまるか!)
俺は〈エクスカリバー〉を杖代わりに何とか立ち上がり、最後のMPをかき集めて「アクアショット」を数発放つ。それは朱雀の炎のオーラに触れた瞬間に蒸発したが、ほんの僅か、ほんの一瞬だけ、奴の炎が揺らいだ気がした。
(水が…少しでも効くなら…!)
だが、朱雀はそんな俺の抵抗をあざ笑うかのように、再びその身に炎を集め始めた。先程の「紅蓮爆唱」よりもさらに巨大な、破滅的なエネルギー。
(もう…MPがない…ポーションも…尽きた…)
万策尽きた。それでも、俺はボロボロの体を引きずり、〈エクスカリバー〉を構える。
「来いよ…化け物め…!」
それが、俺の最後の虚勢だった。
朱雀が翼を大きく広げ、凝縮された太陽そのもののような炎の塊が、俺目掛けて放たれる。避けられない。防げない。絶対的な死。
脳裏に、あの幸福なキャンプの光景が蘇る。父さんの不器用な笑顔、母さんの優しい眼差し。
(ああ…父さん、母さん…ごめん…俺は、まだ、何も…)
薄れゆく意識の中、最後に見たのは、世界を紅蓮に染め上げる、朱雀の美しくも絶望的な炎の奔流だった。その一羽ばたきが、俺の視界を真紅に染め上げ、全ての感覚を奪っていく。**ミィィィ……と、まるで魂が抜け出るかのような甲高い音が耳の奥で響いたのを最後に、**俺の意識は、深い、深い闇の中へと落ちていった――。




