157話目
リナさんの言った通り、広島には寄らずに山口県に入ったころ、道路に何か黒いものが見えました。
「あれ、何か動いてますよ」
「私には黒い点にしか見えないんだけど」
「んー、遠くて匂いもまだ分かんないかな」
私にもまだよく見えない距離だったので、もう少し近づくことにします。こんな時、アオイさんなら見えるんでしょうけど、居ないものは仕方ありません。
「あ、熊ですね。野生なのかな?」
「ヴァリアント・・・じゃなさそうね。ただの野生の熊ね」
外見は特におかしなところは無かったので、普通の熊のようです。もしヴァリアントなら、大きさが違ったり体に特徴が何か出ているはずなので。
「どうしますか?」
「向こうも私達に気が付いてるみたいだから、逃げてくれるといいんだけど」
十メートルほどまで近づきましたが、熊は逃げる様子はありません。
「んー、逆にあたしたちを襲うつもりかもね。人間が居なくなったから、野生動物の行動範囲が広くなったから、こうして平野でも遭遇すると」
「熊って昔、全国的にニュースになったって聞いたことがありますよ」
「東京じゃ関係ないけど、山のある県なんかは被害が多かったみたいだね」
「で、熊と戦うの? それだったら私はパス。無駄な体力を使いたくないから」
熊がこちらを睨みつけるようにして顔を向けました。この中で一番弱そうなのが私だと判断したようで、私の方を見ています。なので私はリナさんと繋いでいた縄を外しました。
「私をご指名の様なので、ちょっと戦ってみます」
生身だった頃なら絶対に戦おうとはしなかった野生動物に、私は戦いを挑むことにしました。普通の中学生なら、熊の軽い腕の一撃でやられてしまうでしょう。
私はハルカさんに習った護身用の構えを取ります。熊には関係ないかもしれませんが、訓練で身についてしまったので、自然と構えてしまうのです。
「さあ、いつでもいいですよ」
私は熊にそう言いましたが、当然熊は言葉が分からないので、こっちの出方をうかがっています。このまま時間がかかるのは避けたいので、私から行く事にします。
「来ないなら、こっちから行きます!」
私は軽く走り、熊に近づきました。体長およそ180センチ。立ち上がれば普通の大人よりも大きな成獣。その熊が、近づいた私に右腕の爪を武器に振りぬきます。一般人ならそれだけで決着がつきそうな一撃を、私は左腕で軽く受け止めます。
「思ったよりも軽い一撃ですね」
「いや、あんたがおかしいから」
「うん。カエデが無傷で受けるのがおかしい」
リナさんとアヤヒさんがそういいつつ観戦していますが、気にしません。
「よっと」
私はその右腕を右手で掴み、そのまま持ち上げて叩きつけます。
「てーい!」
それほど本気で叩きつけたわけではないので、致命傷にはなりませんが、私にかなわないと思ったのか、熊は逃げていきました。
「私の勝ちですね」
「うん、分かってたけどね。あんな熊よりも巨大なワニや植物を相手に勝ってるんだし」
「とりあえず、道が空いたから進みましょう」
リナさんやアヤヒさんにとっては、結果が分かり切った勝負だったようで、そのまま何事もなかったかのように進むことになりました。




