4-15 ニキータ・フォルタレザの生涯
私はニキータ・フォルタレザ。サンタンドレ王国の公爵令嬢よ。
そんな私には、前世の記憶がある。そのせいかしら、この国の行く末が心配でならないわ。
今日も聞こえる笛囃し。そっと屋敷の窓を開けると、街の歓声が耳に届く。笛や楽器の音色と歌声。誰かがプロポーズをして、周りの人達が踊り出して騒いでいるようだった。
この国の民はいつもこう。打ち合わせも無しに、当たり前のようにフラッシュモブが湧いてくる……。
そんな国民性が、私は大好きなの。明るくて朗らかで、基本いつも笑っている、この国の人達が。
でも些か楽天家が過ぎるのよね。あの方達、今日はもうお仕事はしないのでしょうね……。はぁ。
楽しいのは良い事だけれど、祭りのために仕事を放り投げてしまったり、宴の為に消費の方が大きくなるのは必然の事で、この国は慢性的に貧しい。
怠惰な訳では決してないのだけど、お祭りの誘惑への耐性が低いのよね。なんなら普段は生活を切り詰めて、祭や宴に備えている。努力の方向性がおかしい……。
かといって、課税や労働を押し付けても意味がない。だって逃げられて終わりだもの。
はっきり言えば、この国は割と詰んでいたわ。
そんな時、お茶会で友人に歌とダンスを強請られた事で、私は劇団を作ることを思いついたの。
前世はよく見に行ったものだったわ。凝った衣装や舞台装置、音楽と歌、演技とダンス。今思い出しても夢のよう……。
そうよ、次は私が夢を見せればいいのだわ。見るばかりで演る事なんて考えもしなかったけれど、声をかければ絶対賛同者はいるわ!
だってこの国の人はみんなパリピだもの。食いつかないはずがないのだわ!
そうして私は劇団を立ち上げた。音楽や歌が得意な人達が、たくさん参加してくれたわ。小説家をシナリオライターとして雇い、芸術家の卵や見習い大工を美術係として雇い、貧しい家の令嬢や夫人をヘアメイクや針子として雇い、御用達の商会に渡りをつける。
我家のホールで散々練習して、宮殿での公演は大成功!
そこから劇団は全国ツアーをし、外務大臣の計らいで外交に着いて行けば、これも大成功!
私の劇団は、他の追随を許さない有名劇団になり、大陸中から引っ張りだこだったわ。
毎回必ず外交官も着いてくるので、パトロンもバッチリ。外交官が何もしなくても、自主的にお布施してくれる貴族だって多かったのよ。
お陰で、多少サンタンドレ王国は持ち直したわ。
その事に1番貢献してくれたのがアズメラ帝国で、私は皇太子殿下と婚約することになったの。
婚約には特に不満なんかなかったわ。それこそ求婚者なんて山ほどいたけれど、その中でも1番条件がよくて、1番好意的だったもの。タイプではないけれど、イケメンだったし?文句なんか、これっぽっちもなかったわ。
でも、選ばれなかったドルストフ帝国が、難癖をつけてきたの。もう婚約した後だったし、今更どうにもならないのに。
私だっておじさん皇帝より、歳の近いイケメンがいいに決まっているし、それなりに国益を齎した私を、国王陛下達だって、守ろうとしてくれたわ。
それでも、圧倒的な戦力差は、どうにもならなかった。あれよあれよという間に王都は包囲されたの。
私は公爵家から逃がされて、劇団員の子爵達と共に逃げ隠れていたの。私が発端なのだから、公爵家は真っ先に襲撃されるのは、火を見るより明らかだもの。
でも、途中道を塞がれていて、運悪く逃げ遅れてしまった。
男たちの大きな声がして、馬が止まり、馬車のドアが開けられた。
私は恐ろしくて仕方がなかった。きっと帝国に連れていかれるのだわ。もしかしたら、手に入らないならと、この場で殺す命令もあるかもしれない。最悪、この男達に汚される事だってあるかもしれない。良くて奴隷だろうけれど、それだって似たような末路だわ。
公爵令嬢らしく、虚勢を張って立ち向かいたいのに、震える体に力が入らない。子爵令嬢が泣きながら命乞いしている。
馬車の扉を開けたのは、燃えるような赤い髪に、射殺すような赤い瞳をした、歳若いけれど大柄な男だった。
怖い、怖い。殺される。誰か助けて!
必死に神に祈って、祈って、祈り尽くして、不思議に思って顔を上げた。
あら?なぜ、何もされないのかしら。
改めて見上げたその男は、私と目が合うと、途端に顔を赤くした。これはもしや、私に一目惚れしたわね!
この機を逃すまいと、私はその男に魅了をかけた。結果から言うと、効果覿面だった。
私と子爵令嬢は、エスコートされて馬車を降りた。
「このご令嬢は俺の嫁にするから、お前ら手出しすんな。こっちのご令嬢にも丁重にな」
「いやドゥシャン。どう見てもそのご令嬢が依頼のターゲットなんだけど?」
「わかってら。よーし、皆撤収!一旦風の国まで逃げるぞ!」
「うわ、本気だ……」
聞けば彼らはドルストフ帝国に雇われた傭兵らしかった。過去にドルストフ帝国貴族に、彼の父兄は謀殺されたらしく、本当は味方する気はなかった。
でも、金払いが非常に良かったので、どこかで足を引っ張った上で逃走するつもりで、要するに嫌がらせで従軍したとの事。
そこでプラプラ辻を歩いていたら、みすぼらしい馬車がやってきた。働いてるフリをして適当に足止めしとこうと思っただけなのに、メインターゲットの私を拉致出来たのだもの、彼にしてみればドッキリ大成功よね。
傭兵達はみんな優しかった。聞けばほとんどが、亡国の貴族の末裔や没落貴族らしかった。
「アンタにゃ悪いけど、サンタンドレ王国は滅亡する」
「……そうね」
「俺はアンタに惚れた。俺はアンタを嫁にしたい。でも、どーしても嫌だってんなら、アズメラ帝国の皇太子んとこに連れてってやる」
拉致した割には優しくしてくれたし、いつも私を尊重してくれた。
ぶっきらぼうで無作法だけど、旅の中でその優しさに触れて、私は彼に惹かれ始めていた。
本当はアズメラ帝国に行くべきだ。あの国は私を守るためにたくさん騎士を送ってくれたもの。その礼は果たすべきだわ。
けれど、私がアズメラ帝国に行ったら、今度はアズメラ帝国とドルストフ帝国との戦争になるかもしれない。大国同士の戦争だ、その規模や被害は計り知れない。
せっかく逃げ延びたサンタンドレ王国の人達も、復讐の為に命を散らすかもしれない。
そんな事を引き起こすのが、私はとても恐ろしかった。
だから私は、彼と逃げることを選んだ。
彼は私と子爵令嬢を風の国の仲間に預けると、まんまと報酬を貰って戻ってきた。
傭兵達は大盛り上がりで、風の国で待っていた傭兵の家族達も喜んでいた。
私と子爵令嬢は、風の国にいる間に、彼らの妻や娘から家事を教わった。戦い方も、市井での生き方も。
そして時期を見てアズメラ帝国へ移った。
アズメラ帝国へ移ってからは、穏やかな生活だった。
私は前世平民だったから、市井の生活にも割とすぐに順応した。
騎士になった夫、歌手としてレストランで働く私。可愛い娘も産まれた。とっても幸せだった。
一緒に逃げた子爵令嬢も傭兵の1人と結婚して家庭を作ったの。彼女も幸せそう。
もしあの日、彼に出会わなかったら、私はどんな人生を歩んでいたのかしら。
ドルストフ帝国兵士に捕まって、皇帝の妃にされていたかしら。
彼らが道を塞いでいなかったら、逃げ切れてアズメラ帝国の皇太子と結婚したかしら。
それとも、どこかで死んでいたかしら。
いずれにしても、今とは全く違う人生を送っていたはずだわ。
でも今は、夫に愛されて、夫を愛して、可愛い娘がいて、友達もたくさんいて、私の歌を聴いてくれるお客様がいて。
貴族としての重責もなく、ただただ穏やかな日々。
贅沢は出来ないけれど、私は今幸せだと、心から思えるのよ。
だから、世界が私を悪女だ、傾城だと罵ったとしても、私は胸を張って言ってやるわ。
私はドゥシャンのもの。ドゥシャン以外の男が私を手に入れようなんて、100年早いのよってね。
ふふ、悪女らしいでしょ?
こういう所は結局、私もサンタンドレの人間よね。我ながら享楽的ねって呆れちゃうけれど、こんな自分も嫌いじゃないの。だってサンタンドレ王国民は、みんなこうだもの。
サンタンドレ王国が滅亡して、10年以上の月日が経った。
あの地はもうドルストフ帝国領だ。私が二度と足を踏み入れる事は無い、私の祖国。
元サンタンドレ王国民は、今でも隙あらばパーリナイしようとするから、領を治める貴族は、ついつられて堕落したり、うっかり騙されたりして、手を焼いてるんですって。
他人の金で開くパーティほど楽しいものは無いと、国王陛下が言い張るような国なのよ。わかってないわねぇ。ドルストフって、誘惑慣れしてなさそうですものね。
サンタンドレ王国民は、押さえつけたらすぐに逃げ出してしまうし。
好きに騒いで好きに生きる、享楽と誘惑で人をダメにする。それでこそサンタンドレ王国民よ!おーっほっほっほ!
明らかに相性が悪いのに、祖国に手を出すなんて馬鹿な事。
その内、思ってもないしっぺ返しがあるでしょうよ。
確証なんてないわ。でも信頼してるの。サンタンドレ王国民の気質をね。
ふふ、楽しみだ事。
私のこの享楽が叶うのは、私の死後数十年後の事。
まさかいい歳こいて酔っ払って死ぬなんて思わなかったけれど、せめて孫の顔は見たかったわ!




