4-11 スタンピード3
あちこち体が痛い。うわ、筋肉痛だわ、筋肉痛なんて久しぶり。あれ、なんで筋肉痛?
そこまで考えて、今は非常時だった事を思い出して跳ね起きた。もう既に日が昇っている。時計を見ると朝の9時だった。
ヤバイ、大寝坊しちゃった!こんな時に爆睡するなんて!
椅子の隙間に挟んでいた剣を取って、慌てて立ち上がると、隣で本を読んでいたニコール様が、「おはよう」と微笑んだ。
「おはようございますニコール様。これから出撃しますので」
「その必要はないわ」
「えっ?」
ニコール様は本を閉じて、にっこり笑った。
「終わったのよ」
「終わった……本当に?」
「ええ。あなたのおかげよ」
「よ、良かった……」
スタンピードが終息したと聞いて、一気に脱力した。フナフナと椅子にもたれ掛かると、ニコール様が私の髪をサラリと撫でた。
「余程疲れていたのね。よく眠っていたから、起こさなかったの。ここ、血が落としきれていないわ。終わったら帰ってゆっくり休んだ方がいいわ」
「はぁぁぁ……本当に終わったのですね。安心しました。お気遣いありがとうございます」
「いいえ。お礼を言うのは私達の方。シヴィル、守ってくれて、本当にありがとう」
ニコール様からのお礼の言葉を聞いて、不覚にもウルっと来てしまった。
別に褒められたくて、お礼を言って欲しくて戦った訳じゃない。
でも、私は私なりには頑張ったつもりだったから、そんな風に言って貰えたのが、凄く嬉しかった。
「さぁ、顔を洗って朝食にしましょう。私達も手伝ったのよ」
「ニコール様がお料理をなさったんですか!?」
「ええ。初めて。お料理って難しいのね」
よく見るとニコール様の指は傷だらけだった。包丁なんて握ったことがないはずだ。それでも何かしなければと、ニコール様も頑張ったんだ。
私は断りを入れてから、ニコール様の両手を握った。
剣だこの出来てる私と違って、白くて柔らかい手だ。こんな綺麗な手に傷を残しちゃダメよね。私はサクッと治癒した。
「ニコール様の努力の成果を味わえると思うと、光栄です」
「大袈裟よ。あら、治してくれたの?」
「ニコール様の玉のお肌に、傷などあってはなりませんから」
「ありがとう」
講堂ではまだ寝ている人もいた。貴族は基本朝が遅いし、昨日は眠れなかっただろうから、みんな疲れているんだろう。
講堂から食堂に向かう道すがら、騎士や魔術師が敬礼してくれる。それはまだわかるんだけど、何故か学園生にも頭を下げられる。
なんだ?
首を傾げる私の横で、ニコール様が愉快そうに笑っていた。
そして食堂に入ると、学園生や貴族がたくさんいた。厨房を覗くと、調理スタッフに混じる学園生や貴婦人の姿も見える。
凄い、みんな頑張ってくれてたんだ。
感動していると、ニコール様が「皆様!」と、声を張った。ん、どうしたんだろ?
注目が集まると、ニコール様は胸を張って、私の方へ腕を広げた。
「桃髪の聖騎士のお目覚めですわ!」
その瞬間、その場にいた人達が立ち上がって、一斉に拍手し始めた。
「ホワイト様ー!」
「かっこよかったぞ!」
「ありがとう!」
「素敵でしたわ!」
「守ってくれてありがとう!」
一斉に浴びせられる拍手と、感謝の言葉。そんな事されたら、もう堪らなくなる。つい涙腺が緩んで、涙が零れて、慌てて俯いた。
「そんな、別に、頑張ったのは、私だけじゃ……」
「ええ。みんな頑張ったわ。本当に頑張ったの。でも、一番頑張ったのは、シヴィルよ」
「もう、そういうの、やめてください……」
「あらあら、シヴィルは照れ屋さんなのね」
「あはは、泣いちゃった!」
「可愛い!あはは」
ついに手で顔を覆ったら、からかわれてしまった。こんな大勢の前で泣いてからかわらるなんて、恥ずかしすぎる。
でも、不思議と嫌な気分じゃなかった。
みんなに注目を浴びながら、気恥しい気持ちで朝食をとっていると、騎士がやってきて私を呼んだ。
「すまないが、救護を手伝ってくれるか?聖女も聖者も、全員ダウンしてしまって」
「大変!これを食べたらすぐに参りますわ!」
「助かる!」
不作法だけど倍速でご飯を食べきって、ニコール様や食堂にいた人達に挨拶すると、すぐに救護所になっている公民館へ向かった。
私も大概平和ボケしたみたいだ。戦いが終わっても、その後の方が大変なんだって。まだ非常事態は終わってないのに、呑気に照れながらご飯食べてる場合じゃなかった。
学園を出て、行政区の中にある公民館に入る。教室位の広さがある部屋の床には、多くの人が並べられている。
ここでも学園生や貴族が忙しく働いている。
「聖女シヴィルです!重傷者から優先的に診ます!誰か案内してください!」
声を上げると、すぐに貴族の若い男性がやってきた。その人も草臥れた様子で、シャツには誰かの血がついていた。
重傷者はまとめていたようで、見るからに重傷の人達が横たわっていた。
私はササッとトリアージして、受け取った手袋をはめる。
「私にはどうしたらいいかわからない。都度指示が欲しい」
「はい、お願いします」
まずは背部を損傷している人。後ろから噛みちぎられたみたいだ。右腰背部がごっそりなくなって、内蔵が露出している。
「ここに水を流して下さい」
「わかった」
洗浄よし。次は透視下で、どうにか内蔵を修復したいんだけど、その為には体液不足。地元なら点滴するけど、中央の教会は点滴とかないんだよね!遅れてる!
仕方ない。無理な施術で寿命を縮めるよりは、今あるものでどうにかするしかない。
なるべく綺麗に並ぶように、腸を接続。腎臓はなくなってるけど仕方がない。もう1個残ってるし!腎盂はカット!大綱と腹膜は修復するしかない。筋肉、皮下組織、皮膚も修復。
はい終わり!次!
あ、いい事考えた!
「お手数ですが、どこかで魔石をいくつか調達して貰えませんか?小さいもので構いませんので」
「魔石を?」
「はい。治癒を促す術を込めます」
「わかった」
貴族男性がいなくなると、入れ替わりに学園生の男子が来てくれた。
そこからもう大忙し。水かけてもらって治癒して。貴婦人のドレスからレースひっぺがし、解いた絹糸で縫合してもらったり。刺繍がお得意な貴婦人と言えど、人を縫うのを見て絶叫してたよね。
腕がちぎれた人の腕は、誰かがちぎれた腕を持ってきてくれてたらしく、くっつけられた。
でも、足をちぎられた人は、ちぎれた足がなかったから、傷を塞ぐだけ。
これが地元なら、贅沢言えば師匠の治療院だったらと、何度思ったことか。
でも野戦病院って、多分こんなものだよね。
そうこうしていると、貴族男性が戻ってきて、魔石を渡してくれた。大きな袋にぎっしり入っててビックリした。
「こんなに、どこから?」
「街の商店を回ったら、どこも快く渡してくれた。街を守った騎士を助けるのは当然だと」
「……優しいですね」
「あぁ」
また泣きそうになった。涙腺って、1回緩むとガバガバになるよね。あれどうにかして欲しい。
早速魔石に自動修復スキルを付与して、患者さんの上に置くように頼んだ。特に重傷者には良質の魔石を積んでもらった。
意識のある人には握ってもらって、しばらく身につけておくようお願いした。
そうして最後の患者さんの治癒が終わった。両腕を突き上げて体を伸ばした後、屈伸をしながら立ち上がった。
「オルセン子爵令息、ありがとうございました」
「いいえ!お役に立てたなら良かったです!」
手伝ってくれた学園生も、疲れた様子だけど笑顔だ。
「アンバー伯爵夫人、誠に申し訳ありません。ドレスは必ず弁償致しますので……」
「おほほ。いいのよ。また夫に買わせるわ」
ドレスのレースを強奪したご婦人である。ホントすいません。
そして最後の貴族男性なのだけど、バタバタしてて鑑定しなかったから、名前聞くまで気づかなかったよ。
「ゴールディ公爵閣下、色々とお手を煩わせてしまいまして、申し訳ありませんでした。ありがとうございました」
まさかのゴールディ公爵ですよ。若き当主とは聞いてたけど、釣り書送ってきた大物と、こんな所で会うとは思わなかったよ。
公爵パシリにしちゃったよ。不敬だよ!
よく見たら、ほとんど黒髪に近い濃い茶髪に黒目じゃーん。まんま皇族の血筋じゃーん。気づけよ私。
「気にしないでくれ。君のお陰で助かった。聖者達が全員倒れた時は、途方に暮れたからな……」
思い出したのか、遠い目をする3人。派遣された聖者が全員ダウンしてしまったら、どうしたらいいかわからないもんね。
「そこで君のことを思い出してね。疲れているのは重々承知で、申し訳ないことをした」
「いいえ。お声掛け頂いて良かったですわ」
そっか。私が聖女って事も知ってたのか。いやいや公爵のファインプレーだと思いますよ。
「いずれまた」
「はい。お疲れ様でした。私はこれから本部に参りますので、皆様もお休みを取って下さいませね」
「シヴィルさん、今度お茶会に来てちょうだいね」
「いいのですか?是非!」
「ホワイト先輩、また学園で」
「ええ、お疲れ様」
朝から一緒に仕事したからか、なんか仲良くなっちゃった。
私は3人と患者さんに別れを告げて、本部へ向かった。




