4-10 スタンピード2
時間はわからないけど、多分もう深夜だった。皇都の第3をはじめ騎士団が来てくれていたので、疲れたし流石に一旦下がった。
外壁の上にジャンプすると、周りの人に大層驚かれた。
「騎士ホワイト殿!お怪我は?」
「ありませんわ」
「血塗れではないか!」
「これは返り血ですわ。どなたかお水をかけて下さいませんか?」
「いいとも」
近くにいた貴族のおじさんが、生活魔法で頭からザバザバ水をかけてくれるので、顔をゴシゴシ擦った。
水を拭って目を開けると、足元には血溜まり。髪もまだ赤黒い。
「これはシャワーを浴びませんと……」
「そうですわね。あぁ、生臭い……」
髪を絞ると血が熔けた水がビシャビシャと落ちる。目に悪い。
見回りの学園生が気づいてくれて、すぐにシャワー室の手配をしに行ってくれた。
濡れた上着を脱いで、絞りながら歩いて進むと、通りすがりに騎士や魔術師達が立ち止まり、敬礼で迎えてくれた。
彼らは私がそこを去るまで、敬礼で見送ってくれた。
私が歩く度に血が滴るので、学園の中に入るのは少し躊躇われたが、1年生の女の子が、後を着いて掃除すると言って、モップ片手に着いてきてくれた。いい子だなぁ。モニカちゃんと言うらしい。落ち着いたらお礼しに行こう。
シャワー室から出ると、扉の前にはルサルカお姉様とソフィアお姉様が待ち構えていて、半泣きで抱きついてきた。
「1人で行くなんて!」
「シヴィルのお馬鹿!心配したのよ!」
心配し過ぎてご飯も喉を通らなかったそうだ。悪い事をしてしまった。
私は叱られて謝りながら、抱きしめる2人の背中を撫でた。
ひとしきり2人を落ち着かせていたら、手紙鳥が飛んできて、私の前で開いた。グレイ伯爵からで、コバルト団長からの呼び出しだ。
団長に報告に行ってくると2人に言って別れた。
本部となったVIPルームに入室すると、皇帝陛下や宰相閣下をはじめとした、錚々たる顔ぶれが揃っていた。ちなみに義父もいて、目が合うと「よくやった」と言いたげに頷いてくれたので、私も頷き返した。
「報告せよ」
「はい、報告致します。現在確認出来た魔物の威力分布は、ゴブリンや角兎などのDランクが約4割、風魔狼や灰銀狐などのCランクが3割、残りは豚巨人や鬼などのBランク。数体のAランクである月光熊を確認しております」
「BランクやAランクもいたか」
「ご安心を。高ランクの魔物は、既に討伐済です」
「状況は」
「全体数はおよそ2500」
「2500!?」
「当初の報告の倍以上では無いか!」
会議室はざわめき出すが、団長が先を促した。
「森から後続が現れましたので。ですが、最後に見えた範囲では、後続は絶っているようです」
「つまり、現在平原でたむろしている魔物を駆逐すれば良いと」
「はい。そして現在既に、7割以上の討伐が完了しております」
報告に、会議室でホッと安堵の息が漏れる。みんな不安だったんだな。それもそうだよね。待ってるだけなのも、きっと怖いし辛い。
「そうか、任務ご苦労。よくやった」
「騎士団及び魔術師、貴族の皆様や学園生のサポートあっての事です。しばし休息の後、また前線に戻ります」
「そうか、無理はするなよ」
「無茶は致します」
「はっ、全く生意気な奴だ」
私と団長の会話を聞いていたお偉方も、少し空気が緩んだ。
「シーちゃん」
私をそんな風に呼ぶのは1人だけだ。
「はい、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「よいよい。疲れたであろう?」
「大したことはありません」
「怪我はないか?」
「はい」
「そうか。シーちゃん、スタンピードが終息したら、ご褒美をあげよう」
「ふふ、ご褒美を楽しみにしておりますね」
皇帝陛下が満足そうに笑ったので、お偉方の皆様にも挨拶して、本部から退室した。
その後を、グレイ伯爵が追いかけてきた。
「シヴィル、ホントに大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。私が頑丈なのは、グレイ伯爵もよくご存知でしょう?」
「そうだけどさぁ」
「それよりグレイ伯爵は大丈夫なのですか?何時間も魔術を使い続けていたと聞きましたよ」
「平気。今は交代してもらってるしね」
「そうですか。お疲れ様です」
「君もね」
会話が途切れて、少しの沈黙。グレイ伯爵は何事か考えたが、結局は「ゆっくり休んで」と言って去っていった。
お言葉に甘えた私は、しっかり食事をとって、お姉様達と一緒に講堂の椅子で仮眠をとることにした。
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こーゆーの柄じゃないんだけどなと、頭を掻きながらイザイアは魔術で移動する。
移動した先は外壁の上だ。いきなり現れたイザイアに、周りが驚いているが気にしない。
しかし周りはそうはいかず、現れたのがイザイアだと知ると、一気に湧いた。
「イザイア・グレイ伯爵だ!」
「グレイ伯爵が来てくれたぞ!」
灰燼の魔術師の孫、終戦の英雄。周りがうるさいが無視。
近くにいた騎士を捕まえる。
「この辺まるっと片付けちゃうから、人下げてくれる?」
「はっ!かしこまりました!」
その騎士は走って上司に相談し、すぐに号令がかかって外にいた騎士達が戻ってきた。退却する騎士達の為に、魔術師達が援護しているのを眺める。
「これでやっと終わるんだな!」
誰かの声に、心の中で頷く。
終わらせる。もう今終わらせる。シヴィルは十分頑張った。また前線に戻るなんて言っていたが、どう考えてもオーバーワークだ。
応援が来るまでシヴィルは1人で戦っていた。応援が来ても休まず戦い続けて、もう10時間以上になる。応援が来たものの、報告では魔物の大半はシヴィルが討伐したと聞いた。明らかに働きすぎだ。
「いい子におやすみしてりゃいいのに、全く」
魔術書を開くと、膨大な数の魔方陣が浮かび上がり、多角形の積層に構築されていく。
「極大・轟雷魔術陣、起動」
現れた分厚い黒雲から、光の帯が轟音と共に下される。
激しい地鳴りと共に一面が昼間のように眩しくなり、人々は目を背ける。
その光が終息する頃には、平原にあれほど溢れていた魔物たちは、屍の山を築き上げていた。
途端に湧き上がる歓声、イザイアへの止まない賞賛。それらをやっぱり無視して、イザイアは魔術で学園に戻った。
「コバルト団長ー」
「グレイ伯爵!今の音はなんだ!?」
「ちょろっと魔術で。もう魔物全部やっつけたんで大丈夫でーす」
「は?」
「ふぁぁ、流石に眠いんで寝まーす。おやすみなさーい」
「ちょ、待て待て!」
お構い無しに本部を出る。後ろから「こらー!」と聞こえてきたが、やっぱり無視。
最初からイザイアが出撃するというのもあったが、流石に今日は要人が多すぎた。どう考えても自分が守りに入らざるを得なかった。
学園の敷地は広い。この範囲に結界を張れる魔術師は中々いない。
だが、第1皇子の取り巻きで従兄弟のソロモンが、複数人で結界を張る魔術を運用してくれたおかげで、イザイアが動けるようになった。そうなれば動かない理由は無い。
とはいえ、興味のないことに自発的に動くタイプでもないし、騎士道精神とかもないのだが。
ならば何故動いたかと言うと、とにかくシヴィルを休ませたかった。
たったそれだけの動機で、イザイアはスタンピードを終息させたのだ。
魔力切れでふらつく足を何とか動かして、イザイアは与えられた長椅子の上に、ドサリと倒れ込んだのだった。




