4-8 ジョナサン・スカーレット・アズメラの誤算
ジョナサンside
本来、乙女ゲームにこんなイベントはない。1年の時は出会いイベントとか、好感度アップイベントがメインだ。
それが2年になるといきなり殺伐としてくる。
ゲームでは、春に狩猟訓練みたいなのがあって、そこで騒動が起きる。狩猟訓練で森に入ったら、俺を亡きものにしようとした兄貴の企みで、魔物の群れに襲われる。その過程でヒロインが覚醒するイベントだ。
このイベントでは俺が重傷を負って、ヒロインが最上級の光魔法を使えるようになる。
ヒロインが強くなるのはいいけど、俺がその為に死にかけるとか普通に嫌だし。それで助けてくれたヒロインに好感度爆上がりってイベントだから、回避一択なのは言うまでもない。
兄貴とは仲良しだし、兄貴が今更俺に魔物をけしかけるなんて、今は疑ってもいない。けど、去年も今年も来年も開催しません、狩猟訓練なんか。
でも、せっかく学園で学んでるから、自分の力を試す機会が欲しいって陳情が、生徒会に来てると兄貴から聞かされてはいた。強制力マジ怖い。
だから敢えてシヴィル嬢の提案に乗った。時期をずらした別イベントなら大丈夫って思いたかったし、学園生の要望にもそれなりに応えられるし。会場は学園の闘技場だし、俺は放送席にいるから安全だし。
はてさて、どうなる事やらと、挑んだこの武闘会。
今のところ成功と言っていいだろう。準備は大変だったけど、おそらく狩猟訓練程じゃないし。多少ミスやトラブルもあるけど、初めてのことだし、それは次回に活かしたらいい。
シヴィル嬢の夫は探せなかったが、もう最終戦だ。これが終われば、後は打ち上げだなーなんて、俺は呑気に構えていた。
それは突然だった。激しく打ち合っていたコバルト団長と、シヴィル嬢が突然、打ち合いをやめて南の方を向いた。続いてイザイアが立ち上がって、何かの魔術を使った後、マイクを掴んだ。
「いきなりで悪いですけど、武闘会は中止だ。お客様と参加者は、ここを動かないで下さい」
「おい、イザイア?」
俺が困惑している間にも、闘技場にいるコバルト団長が騎士に指示を出して、シヴィル嬢もどこかに消えた。
なんだ、何が起きた?動揺する俺に、マイクを切ったイザイアが告げる。
「南の森からスタンピードが発生しました。もう半刻もしないうちに、学園都市は魔物に囲まれます」
やはり強制力には逆らえないのか、そう思って絶望しそうになったけど、どうにか堪える。
「すぐに……」
「大丈夫です。クインシー殿下と皇帝陛下には、使い魔を送りました。シヴィルが先行して、コバルト団長が騎士の指揮をとってくれています。これから学園全体に結界を張ります」
「そうか……」
イザイアは俺と違って有能だ。シヴィル嬢もコバルト団長も。ホントに助かる。
落ち着いてようやく会場を見渡せば、客席はざわめいていた。
突然の武闘会中止、半透明の結界が出来たことで、何が起きたか分からなくても、何かが起きたことはわかる。
でも、何もわからないと不安になって、人はパニックになる。
それを宥めるのは、皇族だ。俺の責任だ。強制力のリスクを頭に入れながらも敢行した、俺がやらなきゃいけない。
俺はマイクを掴んでスイッチを入れた。
「参加者及び来賓、観客の皆、落ち着きたまえ。今現在、この学園は、グレイ伯爵の結界に守られている。竜でも来ない限り、今この学園は、世界一安全だ」
少しずつざわめきが落ち着いてくる。イザイア様々だ。
「落ち着いて聞いて欲しい。この学園の南の森から、スタンピードが発生した」
落ち着けとは言ったが、会場からは悲鳴と怒号が響き渡る。当たり前だ、ここにいる大半は、非力な貴族なのだから。
やはり言うべきではなかったかと後悔したが、落雷のような声が響いた。
「黙れ!静粛にせよ!殿下のお言葉であるぞ!」
近衛騎士団副団長ブライアン・ビリジアが、地声で怒鳴り散らして、黙らせてくれた。俺は目礼で感謝を伝えると、ビリジア副団長も目礼を返した。
俺は改めてマイクに向かう。
「スタンピードと聞いて、不安になる気持ちは理解出来る。だが案ずるな。自らここから出ない限りは安全だ。ここは結界に守られている。既にコバルト団長が騎士を指揮している。シヴィル嬢は先行して討伐に向かった。我々は耐え忍べば良い。だがその為には、皆の協力が不可欠である」
最初は俺だけの問題だと思ってた。でも違うんだ。スタンピードってのは、そんなレベルじゃない。
俺だけ生き残っても、俺や特定の個人が頑張っても意味が無い。スタンピードは災害なのだから。
「この場にいる皆に命ずる。貴族としての矜恃を忘れるな。みっともなく喚くな。それは我らが神アズメラが許さぬ。己の本分を全うせよ」
わかるやつはわかったはずだ。わからないやつは大人しく、そのまま縮こまってくれればいい。
少しすると、ジジイのいるVIPルームにお偉方が来て、その後貴族も押し寄せて会議になった。
このスタンピードが解決するまでの間の、学園に備蓄された食料の配分、警備、寝るところ、とにかく話し合った。
ちらりと会場を見ると、高位貴族のくせに会場で怯えてるやつもいる。今この場で意見してくれる、ド田舎の準男爵もいるってのにさ。ホワイト辺境伯もいるし、南部貴族が多い。次いでコバルト侯爵を筆頭に北部貴族か。流石だ。有事に南北はマジで頼りになる。
次は参加者が騎士を押し切ってやってきた。自分達も武力に加えて欲しいと。それはコバルト団長に任せた。
貴族女性もやってきたので、寝床と食料の調査を頼む。
学園生もやってきて、彼らは客の見回りに回した。
「食料は?」
「持って3日かと」
「スタンピードの規模は?」
「およそ1000です」
「応援は?」
「既に早馬を。早ければ2時間ほどで第3が到着します」
「動員できた第3の人員は?」
「不明ですが、恐らく100ほどかと」
「……厳しいな」
「中央でスタンピードなど、数百年ありませんでしたからな」
「これが南部なら違ったのでしょうが」
「それを言うても詮無きことよ。第1や第2は?」
「そちらにも要請しております。後方支援に第4も」
「うむ。では宿泊するスペースの確保にはヤーロー男爵、食料はブラウン伯爵、ブール準男爵。分配は宰相に頼む」
「御意」
会議がひと段落すると、役割を与えられた貴族達が去っていった。ふと会場を見ると、いつの間にかざわめきを取り戻している。大体が、今後どうなるのか、いつ終わるのかと話しているだけだが、一部は帰ると騒いだり、もっといい部屋に通せと騒いでいる貴族もいる。
思わず眉をしかめた俺の横から手が伸びて、ジジイがマイクを握った。きぃんと音が響いた。
「アズメラ帝国皇帝、ホレイショー・グリーン・アズメラである」
ジジイの声が響いた途端、会場はしんと静まり返った。
「先程のジョナサンの言葉を忘れたか。矜恃を忘れるな。喚き散らすことは神が許さぬ。我らは地神の子である。大いなる大地のように、揺るがぬ心を保て」
立って暴れていたやつもいたが、ジジイの言葉に恥じ入るように座り始めた。
怯えて泣いていた貴婦人達も、震えながらも涙を拭って、顔を上げた。
大丈夫そうだな。この国の民は神の影響なのか、元々おおらかで落ち着いた気性の人が多い。怖くても不安でも、冷静になれたら大丈夫だ。
「応援は呼んである。人手も物資も、本日中には届くだろう。だが、そなたらの安全のためにも、スタンピードが終息するまでは、ここで過ごしてもらう他ない。身の回りの世話をする者はおらぬ。不自由を強いる事になるが、それぞれ協力しながら耐えて欲しい。なに、折りよくここには帝国最強の騎士と、将来有望な者たちが集っている。そう長くはならん。婦人らは茶会でもして、夫の愚痴を肴に待っておれば良い」
少しは安堵したのか、小さな笑い声が漏れだした。
「とはいえ、人手が足らんでな。協力出来る者は本部まで足を運べ。事が終われば協力者には、余から褒美をとらす」
この一言で、貴族達が目の色を変えた。現金な奴らだな……。
「共にこの難局を乗り越えようぞ。帝国に栄光あれ」
「帝国に栄光あれ!」
「皇帝陛下に栄光あれ!」
一気に湧いた貴族をしばし眺めて、ジジイはマイクを離した。
「皇帝陛下、お言葉をありがとうございました」
俺だけじゃ収められなかった。それは悔しいけど、仕方ないかなとも思う。俺はまだ、ただの皇子だから。
「うむ。精進せよ」
それだけ言って、ジジイは放送席を離れていった。普段はクソジジイだけど、やっぱり皇帝なんだよな……。ジジイはすげーなと思う。
さて、未熟な自分に落ち込んでる場合じゃない。俺も、俺の出来ることをしなければ。
夕陽が落ち始めた南の森の方を見ると、森の手前の平原に、土埃が立っているのが見える。スタンピード、魔物の大襲来が、ついに目の前までやってきた。
そこに今、シヴィル嬢は1人で突っ込んで行った。いくら強くたって、無理無茶無謀にも程がある。
距離を縮めようとするニコールに対して、シヴィル嬢は嬉しそうではあったが、常に護衛騎士としての立場を優先していた。彼女は俺達学生気分の学園生と違って、任務でここにいることに責任を持っていた。
ゲームのお花畑ヒロインとは全く違う。
普通に良い奴で、令嬢としてもしっかりしてたし、コイツならニコールを守れるって安心出来た。シヴィル嬢は、信用出来るやつだ。だから──。
「生きて戻れ」
そう呟いて、俺も放送席を後にした。




