3-8 急報
今日も今日とて訓練訓練。やはり体を動かすのは良いね。気分がすっきりするし、集中していると余計なことを考えなくて済む。
寮に引っ越すと言った初日は、ニーナ先輩の部屋に押しかけて泊めてもらった。何があったのか聞かれたけど、答えなかったから聞かれなくなった。心配してくれた先輩には申し訳ないので、祖父に頼んで有名菓子店のケーキを買ってもらってプレゼントしたよ。
ニーナ先輩の部屋からは翌日にはお邪魔して、空き部屋をもらった。母は寮で寮母さんと一緒に掃除をしたりして、祖父は騎士達に混ざっている。
そんな生活も慣れてきて、私が家出から1週間経った頃、またトーマスが会いに来た。昨日も一緒に夕食をしたのに、どうしたんだろう?
客室の扉を開けると、トーマスが私を見て勢いよく立ち上がった。
「シヴィル叔母様、大変なことになりました」
「何があったの?」
あの婚約のことでどんな騒ぎが起きたのだろうか。私はまた落ち着かなくなってきたけれど、顔色を青くして切迫した表情を浮かべたトーマスの方が、余程動揺しているようだった。
「トーマス、落ち着いて。座りましょう、話してくれる?」
「すみません。僕にも何がなんだか……」
言いながらトーマスが腰かけたので、私も続いて腰かける。トーマスによると、今日ギデオンお兄様から手紙が届いたようだ。今日届いたということは、3~4日前の出来事だろう。
「皇都のグレイ伯爵の屋敷で、グレイ伯爵、お父様、お爺様、ジョナサン殿下で会合をしたそうです」
「ジョナサン殿下まで?」
「ええ、グレイ伯爵の保証人代理だそうです」
代理ということは、この件に皇太子殿下まで出てきたってこと? なんかとんでもなく大事になってるじゃない!
これだけでも驚天動地の驚きだったというのに、本題はここからだった。
「シヴィル叔母様、すみません。事情は手紙に記してあったので読みました」
「いいわ、気にしないで。続きをお願い」
「はい。その会合で、グレイ伯爵は婚約破棄を、お父様はお爺様に爵位の継承を迫りました」
「なんですって!?」
解消じゃなくて破棄……。だから皇太子殿下という保証人をつけたんだ。辺境伯より上位の人の名前で破棄を迫るしかなかった、そのくらい父が婚約に固執していて、大事になったのね。でも、まさかギデオンお兄様が。皇都に行ったのはそれが目的だったの?
もうこれだけでも眩暈がしてきそうだったのに、まだ本題じゃなかった。流石のトーマスも頭を抱えていた。
「その会合の場で……お爺様はグレイ伯爵とジョナサン殿下を罵倒し、お父様に暴行を働いたそうです」
「嘘でしょ……」
「嘘なら、良いのですが……」
ついに私も頭を抱えた。一体何がどうなってそうなったの? いくら何でもおかしい。最悪ギデオンお兄様に対しては、身内だからなかったことに出来るかもしれないけれど、殿下を罵倒したなんて!
信じられない。いくらなんでもこんなことはあり得ない。貴族が皇族を罵倒するなんて、どんな事情があっても許されない、そんなこと子どもにもわかる。父がいくら興奮していても、そんなことするなんておかしいよ! マリーベル様の時みたいに、スキルとか呪いとか、父に何か異常事態が起きていたとしか思えない。呼び出された時、もっと冷静に父を観察していたら、気づけたかもしれないのに!
私は立ち上がり、トーマスにも立つように促した。
「先に帰っていて。私もすぐに戻るわ。一緒に皇都に行きましょう」
「でも、僕は領地の事が……」
「少しくらいセバスチャンが代行してくれるわ。騎馬で行けば、明後日には帰って来れるでしょう。留守番していてもいいけれど、気になって仕事どころではなくなるでしょ? 私としても、トーマスが居てくれたら心強いわ」
「確かに、そうですね。わかりました。馬を用意してお待ちしています」
「お願いね」
急ぎ支度を整えた後、3日休みをもらって家に帰り、トーマスと共に屋敷を出発した。途中の町で馬を交換して走らせ続け、皇都のタウンハウスに到着したのは、夜も更けてからだった。
ヘトヘトのトーマスを支えながらタウンハウスに入ると、奥様付きの猫耳侍女ビビが、大慌てで駆け寄ってきた。
「トーマスお坊ちゃま、シヴィルお嬢様! 大変ですにゃ! 奥様がお倒れに!」
「えぇっ!」
「あぁもう、次から次へとなんなのよ!」
トーマスの事は近くにいた侍従に任せて、私はビビについて奥様の寝室へ向かった。奥様はベッドで横になっていた。顔色も悪く、少し瘦せたみたいだ。一応診察してみるが、明確な異常はない。
「ストレスに起因する自律神経失調症だと思うわ。ゆっくり休ませて差し上げて、目が覚めたら栄養のあるものをお願い」
「わかりましたにゃ! シヴィルお嬢様が来てくれて、助かりましたにゃ……」
余程心配していたのか、ビビは安心したらしく涙ぐんだ。そんなビビには悪いけど、私はここに来た目的がある。
「ビビ、お父様は?」
「だ、旦那様は……」
「ギデオンお兄様に手紙を頂いたから、事情は知っているわ。お父様の様子も診たいの」
「……こちらですにゃ」
ビビは渋っていたけれど、先導して歩き出した。てっきり奥様と同じフロアに部屋があるのかと思ったけれど、ビビは階段を下りて、地下へ向かっていく。
「ビビ、待って。どこに行くのよ」
「最初、旦那様がすごく暴れて……侍従も何人か怪我をしたものですから、奥様の指示で地下室に」
ビビが生活魔法で火を入れたランタンを灯して、レンガ造りの暗い階段を下りていく。黴臭く埃の漂う地下室一室の前で、ビビが足を止めた。そのすぐ後に、また二つ足音が増えた。執事に連れられたトーマスも追いついた。
「シヴィル叔母様、こんなところにお爺様が?」
「そうみたいね」
ビビが木製の扉の鍵を開ける。この部屋は元から、誰かを幽閉するための部屋なのだろう。古いがベッドや便器などもある、まるで独房だ。そのベッドの上で、父が横になっていた。時間も遅いし、眠っているようだ。
あの時もこうしておけば、気づけたのだろうか。そう思いながら、かなり久しぶりに父に対して鑑定を使った。
状態:脳神経障害――障害部位:前頭葉――発症時期:18日前
:側頭葉――発症時期:1日前
「やっぱり……」
「何かわかったんですか?」
「お父様はご病気よ」
「そんな!」
「もう少し詳しく診察してみるわ」
静かに地下室に入って、そっと父の側によって覗き込む。脳を観察すると、前頭葉に萎縮が見られる。
疲れ目でふぅと息を吐くと、ふと父が目を開けた。
「……シヴィル?」
「こんばんは、お父様。ご気分はいかがですか?」
「問題ないが……」
父は不思議そうだが、普段通りの様子だ。きっと、自分がここにいる理由を既に父は忘れている。
「起こしてしまって申し訳ありません。折角ですから、質問にいくつか回答していただけますか?」
「あぁ、構わないが」
体を起こした父に、質問をいくつか重ねていく。今日の日付、自分の名前、仕事、生年月日。これは問題なかった。
「私が今から言う言葉を覚えてください。後でまた聞きます。机、花、馬車」
「覚えた」
「私が今から言う物を、順番を逆に答えてください。本、石、顔、空」
「空、顔……本?」
「さっき覚えてもらった言葉を言ってください」
「机……忘れた」
「ありがとうございます。質問は以上です」
「何なんだ?」
「今日はもう遅いので、明日お話ししましょう」
父にお休みの挨拶をして、トーマスと共に部屋を出る。父に聞かれないように地下室から出て、一階のリビングに行った。リビングには、父と奥様以外の家族は皆集まっていた。
「ギデオンお兄様のお手紙を受けて、居てもたってもいられず。夜分遅くに申し訳ありません」
「いや、構わない。母の様子は?」
「ストレスと過労でしょう。休養すれば問題ありません。それより問題はお父様です」
父の事を出すと、ギデオンお兄様は苦々しく顔を歪めた。その右頬は腫れあがってガーゼが当てられている。私はギデオンお兄様に歩み寄って、そっとガーゼを剥がして右頬に触れ、その傷を治癒した。
「ギデオンお兄様、先程お父様を診察してきました。診察の結果、お父様は極めて稀な難病であることがわかりました。正直、私にも治癒できるかわかりません。あまりにも症例が少なく、私もこの目で見るのは初めてです」
「旦那様が難病……」
「父は病気だったのか?」
「はい。脳の、前頭葉の著しい障害、遠慮できず横暴な態度、何度も同じ行動、主張を繰り返す強迫性障害、反社会的行動、短期記憶障害。これらは発症後すぐ現れる、この病の特徴的な症状です」
「病名はなんという?」
病と聞いて、どこか安心した家族もいれば、ショックを受けている家族もいた。私も病気で良かったと思う反面、こんな病気になるなんてとショックな部分がある。この病気は前世日本では難病指定の不治の病だ。
「お父様の病名は、前頭側頭型認知症です」
遅滞予告
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